第二十三話 初日解明
服の袖を巻き、アイスコーヒーを二つ乗せた銀のトレイを片手で持ちながら三番テーブルまで歩く。
周りの席は満席で入り口の外には長蛇の列が並んでいた。
凄い人気になったものだ。
「こちらご注文のアイスコーヒーになります」
「うわ……ありがとうございます!」
軽く笑みを見せコーヒーを置きまた仕切りの裏に戻って指示を待つ。
開店から現在四十分が経過したが、未だに客足が止まることはなく男女問わず次々と人が流れ込んでくる。
橋本の言った策略通り俺が校内外の女子生徒達から、月冴も同じく校内外の男子生徒達から、そして直継が何故かマダム達に好かれているため店の売り上げは鰻登りとなった。
それなりに大変だが、影姫みたいな妖たちと戦うよりはこっちの方が圧倒的に楽だ。
少し過大評価し過ぎたみたいだな。
「お前と月冴の人気凄いな」
直継が両手に大きな紙袋を持ちながらやってくる。
きっとマダム達に手渡されて引き下がれなくなりそのまま受け取ったのだろう。
俺も数分前そうだったからよくわかる。
「お互い様だろ?」
「そうか?」
「ああそうだ」
「……そうだよな」
わかりやすく直継は肩を落とした。
多分こいつの心の中は今「こんなおばさんたちの相手をするよりも若い女の子たちと話した方が絶対的に良い!」とでも思っているはずだ。
直継には済まないが、どうやら女子学生人気は俺の方にあるらしい。
別に出来るものならそれを渡してやってもいいが、俺もマダム達に言い寄られるのは少し困る。
というか普通に困る。
「二番オムライス!」
「うい」
「俺が行こうか?」
「いや、売り上げのためなら俺は身を粉にしても働くつもりだよ」
身を粉にするって、そんなんなら素直に嫌だと言って俺に任せれば良いものを。
直継は他人にあまり頼らない気質があるからな。
月冴と言い甘夏と言い、本当にこの家には困ったものだ。
少し蝶ネクタイを緩めスマホで時刻を確認する。
大体後三十分。
こんなところでさぼるのはやめて仕事をしなければ。
頼まれた料理を両手に持って指定のテーブルへと向かう。
えーと四番テーブルだから……あそこか。
その四番テーブルには見知った顔があった。
フードを被っているが、もじゃもじゃで顔全体を覆い鼻だけ出ている大男といつもの黄色いカッパではなく黄色のジャンバーを着た少女、その向かい側によく似合った袴を着たイケオジが座っている。
手前からもじゃもじゃさん、かっぱ、菊一さん。
きっと月冴と直継の様子を伺いに来たのだ。
「こんにちは」
「あ、火月!」
「神代君。そうか、君はあの二人と同じクラスだったな」
「はいそうです」
もじゃもじゃさんは相変わらず何も喋らない。
この人は何も喋らないから何も素性を知らないんだよな。
月冴の家では菊一さんの付き人兼お世話係みたいなことをしていた。
しかし情報はただそれだけ。
極度のコミュ障だったりするのだろうか。
そうだったとしたら慣れていくまではゆっくりと関わった方が良さそうだ。
「当店一番人気のナポリタンとオムライス、アイスコーヒー二つです」
「美味しそう!」
かっぱはフォークを取り勢いよく麺を巻き食べ始める。
食器の使い方も器用になったものだ。
最初は持ち方さえもわからなかったのに、菊一さんが面倒を見てくれているおかげだろう。
そんでもってじゃもじゃさんの方はどこでコーヒーを飲んでるんだ?
そしてこのオムライスは誰が食べるものなのだろう。
菊一さんももじゃもじゃさんも食べるようには見えない。
後で食べるのだろうか。
店側からしたら冷めてしまうので早く食べて欲しいものなのだが、相手は身内であっても客であるのでそんなことは言えない。
そう、俺が考えていると声が飛んでくる。
「おや、火月君も一緒なのかい?」
声の方向にはポニーテールの美少年。
今度はやとりが俺の前に現れる。
変わらず男だとは思えない華奢な容姿。
前とは違ってシャツ姿だがこいつは一応警察官だ。
側から見たら絶対にわからないだろうな。
やとりは菊一さんの横に座り、スプーンを持ってオムライスを掬う。
大きな一口でパクリと。
喜んでくれたようで何よりだ。
「ねえ、あれ神代君のお兄ちゃんかな?」
「そうじゃない、めっちゃかっこいいし」
かっこいいってどれのことを言っているんだ。
さすがにもじゃもじゃさんと菊一さんじゃなくてやとりの方だとは思うが、やとりと俺は一ミリも似ていない。
というかこいつと兄弟だと間違われるのはなんか嫌だ。
そんな彼女たちの小さい発言から周りの視線が俺たちの方へと向き始める。
針小棒大。
全く違う情報が大きくなってしまった。
これはまずいかもしれない。
スマホが四方八方から向けられ完全に注目の的にされてしまっている。
これはまためんどくさいことになった。
わかりやすく営業妨害行為だ。
このままでは人がいても客が入ってこない一方になってしまう。
なんとかしなければ……と考える暇もなく、しきりから月冴が顔を出してきた。
そうだ、月冴が俺とやとりはただの他人であることを打ち明けてくれさえすれば俺に対する注目も無くなるのではないか?
「お、かごめちゃん」
「お爺ちゃんたち、来るなら言って下さいよ」
「ごめんごめんすっかり忘れていた。あははははは」
何呑気に笑ってんだこの人は。
今の状況に気づいていないのか全く。
やはり月冴家の男どもは空気を読むことになっていない。
もう少し古水と甘夏を見習った方が良い。
「やとりさんお仕事の方は?」
「僕は今日休みのつもりで来たんだよ」
「つもりってなんだ、それ今日は仕事ってことじゃないか」
「そうとも言うね」
いつも通り楽観的なやつだな。
本当に極夜の件のことはやってくれているのだろうか。
いくらまだ極夜が動いていないとしても、何かしらやっていなかったら俺はこいつを許せないだろう。
まあだが、こんなところでそのことについて話す気はない。
別に休むなと言うわけでもないからな。
さて、月冴が来たおかげでなにか変わったか?
「もしかして、あの人神代君のお兄さんじゃなくて月冴さんのお兄さんなんじゃない?」
そんなわけないだろ。
明確に「やとりさん」と言っていたじゃないか。
内心そう考えながらも、オムライスに集中なやとりを引っ張り上げ仕切りの方に無理やり連れ込む。
口をもぐもぐさせ何か言いたげな表情だ。
だが、それはこっちも同じ。
「お前、勘違いされていることに気づいているよな」
「むんむみむま」
口に詰め込みすぎて喋れないのか。
隣にあったコップにお茶を入れやとりに差し出す。
「……ぷはぁ。急に引っ張ったらどっかに入っちゃうよ」
「それはすまなかった。で」
「……言わなかったのは知らなかったからで」
「知ってたよな」
俺は笑顔を停止させないようにしながらやとりの頬を摘み左右に引っ張る。
意外と柔らかい、少し病みつきになってしまいそうだ。
数秒するとやとりは俺の腕を叩き始めたので俺は手を話した。
頬が赤くなって少し面白いな。
「もお痛いじゃないか」
「理由」
「……はぁ、君には敵わないね。理由は言わないだけ……面白いと思ったからだよ」
なるほど、こいつも面白いと思った方に舵を切ってしまうタイプのやつなのなか。
右手に入った力を頑張って押さえその場でため息を吐き腕の力を抜く。
今更やとりに何か言っても意味がない。
こいつは俺の言葉をひょろりひょろりと避ける会話術があるからな。
この上なく面倒くさい。
「まあいい、今日は仕事は無いんだったな」
「まあね、僕の部署には僕一人しかいないから」
なるほどそういうことか。
やとりの部署は妖専門の部署で今はこいつ一人しか所属していない。
そして指図するやつも存在せず特殊な部署ということもあり、休みも取り放題でこいつは今絶賛サボり中というわけだ。
本当に極夜のことを調査してくれているんだよな。
信じて良いのだろうか。
「それで、僕に何かあるんだろ?」
「ああ、あと三十分後に俺は休みになる」
「一緒に回りたいのかい?」
「そうだ」
予想外の回答だったのかやとりは口をあんぐり開けて固まった。
そんなに間違った内容は言っていないはずたんだがな。
顔の前で手をブンブン振っても声をかけてもやとりは固まっている。
そこまで驚いたのか。
俺でもそういう発言ぐらいする……多分だがな。
「言ったからな、忘れるなよ」
それだけ言ってあほずらのやとりを置いてまた俺は持ち場へと戻って行った。
色々と特殊なやつだ。
部署で一人になってしまったのもそれが原因とかではないよな。
そう考えてしまうと少し申し訳ない気持ちになる。
「火月さん!」
「今度はなんだ」
「なんか、私と火月さんが姉弟ということになっちゃったみたいで」
どういう考えをしたらそんなことになるんだ。
俺は額に手を当て、急速に稼動していた脳を減速させた。
もう考えるのはやめよう。
俺が何かしても人の思考はそう簡単には変わってくれはしない。
俺の仕事効率は低下した。
* * *
蝶ネクタイを取り外し、それと一緒にウェイターエプロンも脱いで机の上に置いた。
結構疲れたな。
接客業はやはり重労働だ。
世の中の皆様に感謝しなければならないなと頭の中で考えながら教室をそそくさと出る。
さて、天文部に向かわなくてわな。
「火月さん」
「月冴か、おつかれ」
「お疲れ様です……火月さん、この後暇ですか? 暇だったら私と……」
「すまん、この後ちょっとやることがあるんだ」
「そうなんですか……」
わかりやすく肩を落とす。
月冴にはすまないがこの後の用事は外すことはできない。
だが、なんとこの六月祭は今日含め二日ある。
そう悲しむことはない。
「明日はずっと付き合うよ」
「本当ですか?」
「ああほんとだ、そんじゃ」
月冴は急いで向かう俺に手を振って嬉しそうにまた教室の中へと戻っていった。
なんとかなったな。
俺はまず一階に降りて昇降口を横切り、実習棟の方へと早足で行く。
途中色々な女子生徒達から話しかけられたりはしたが、なんとか切り抜け実習棟に着いた。
想像通り実習棟二階からは異質な雰囲気と刺激臭。
がすると思っていたんだが、意外にも普通で化学室の中は甘い匂いで漂っていた。
どうやら化学部は匂いについて発表を行っているらしい。
ではこの前の魔女会はなんだったんだ。
……考えないでおこう。
もう一つ階を上がる。
天文部の使う暗室は電気が付いていた。
「お、きたきた」
「お疲れ様です」
そこにはやとりと甘夏、そして日野の姿がある。
どうやら甘夏は天文部員らしくもちろん日野と面識があり、昼頃は使わないので貸してくれたらしい。
意外な縁があるものだ。
「日野さんありがとうございます」
「いやいや、この前は見逃してもらったしそれに甘夏の知り合いなら大歓迎だよ」
寛容な部長さんだ。
好かれる理由がよくわかる。
最初の印象はあれだったが巻き返したな。
だが、ここで話したい内容はあまり人に聞かれたくないものだったので日野には少し外してもらった。
日野にはいつか何かお返しをしないとな。
「それで、僕はどうすればいいんだい?」
「お前は胸ポケットのそれを出してくれさえすればいい」
「ああなるほどね」という顔をして頷く。
さすがに駄目かもしれないと思ったが、言ってみるものだ。
こいつは別に自身が警察であると誇っているわけでもない。
やはりこいつを警察官として見るのはやめるべきだ。
「私はどうすれば?」
「甘夏は質問役、適当に時間をして稼いでくれれば良い」
自身ありげな顔で頷く。
やとりならともかく甘夏ならちゃんとやってくれるだろう。
と、そろそろ時間だ。
いくら犯人だと言っても時間は守らないとな。
二人を連れて、俺はある場所へと歩き出す。
実習棟裏の外。
滅多に人が来ない場所だ。
着くともう既にそいつらは待っていた。
甘夏と初めて出会った日、俺を取り囲んでいたあのギャル女たちが。
「すみませんね遅れちゃって」
「別にいい、それより何かあるなら早くして」
やけに素直だな。
だが、そちらからそういうのなら話は早い。
「俺たちと甘夏のクラスを荒らしたのはあなたたちですよね」
「そうよ」
「やけに素直ですね」
思っていたことを甘夏が言葉に出す。
こんなあっさりと答えが返ってくるとは思ってもいなかった。
前のこいつらなら「違う」「証拠がない」とかなんとか言ってきっとしらばっくれていただろう。
どういう風の吹き回しなんだ。
それにこいつらの雰囲気、さっきから何かに怯えているような言動だ。
もしかしたら何者かに脅されやらされているという可能性もある。
問い詰める方は甘夏に任せ俺は一人で思考を始める。
まずあの犯行を行ったのはこいつらで間違いないはずだ。
あんなの一人でやろうとは思うわけがないからな。
そして狙われたのは俺ら二年B組の教室だけではなく一年B組甘夏のクラスもだ。
俺たちほどの損害は無かったが入り口前のお墓が五つほど壊されていた。
では、この行動になんの利益があるのか。
ギャル女たちからしたは俺たちへの腹いせで済む話だが、こいつらがそれをすぐ認めるのもまず行うのもやはりおかしい。
何かメリットがなければいけないはずだ。
メリットになることか……そういえば、この六月祭では先生の評価も関わっているとか言っていたな。
先生がこいつらを使って犯行を起こしたと考えれば話はつくが、こいつらを操れる先生、心当たりが無いと言うわけではないが……うーん、まあ取り敢えず脅してみて考えるか。
「やとり、あれ出せ」
「はいはい」
「け、警察手帳……あんた警察だったの?」
思っていた驚き方と違ったのかやとりは誇らしげな顔からハリセンボンと化す。
これに関しては俺もギャル女たちに同感だ。
こいつは全く警察官に見えない。
だが、こいつは飾りではなく一応本物。
しっかりこいつらも驚いてはいる。
「器物破損、業務妨害にその他もろもろ、結構つくね」
「そ、そうなんだ」
やっぱりまるで自分のことじゃないかのように無関心すぎる。
これは何かあるに違いないが内容がはっきりとしない。
ここからどうするべきか。
今からあの黒幕を引っ張ってくるのは大変だ。
ここに呼び出せさえすれば楽なのだがな。
はあ、こうなるなら最初から頭を使っていれば良かった。
そう考えているとスマホを出していたやとりが突然電話を取り、俺たち二人の手を取って、
「すみません、少し用事ができたみたいです」
と言って強引に俺たちを引っ張り出した。
「何するんですか」
「まあまあ見てて」
実習棟の入り口近くで隠れながらギャル女たちを監視する。
すると、近くにあった非常階段から俺も甘夏も知る人物が顔を出す。
同じく甘夏と出会った日、俺と甘夏を目の敵にした高齢の女性教師だ。
やはり操っていたのはあの婆さんだったのか。
目の前では白と黒が混ざった髪の毛をぐしゃぐしゃにしながらギャル女たちに暴言を飛ばしている。
「あんたらこの映像があることはわかっているのよね」
「……はい」
「ならちゃんとやりなさいよ「私たちがやりました」ってさっさと認めて終わらせなさいよ」
「この映像」もしかしてあの時の監視カメラの動画か?
やとりにそれを伝えると、相談する前に歩き出してしまう。
「信用にならない」とは思わなかった。
今のこいつはいつになくやる気みたいだ。
「やっぱり聞いていましたね」
「あ、あなたさっきの」
やとりは胸ポケットに入れていた警察手帳をもう一度ドヤ顔で見せつける。
とてもじゃないほどにうざったらしいが、やはりそれの効果は大きいみたいだ。
狼狽える先生を横目に俺は後ろへと周り先生の持つスマホを取り上げる。
やはりあの時の動画だ。
「何すんのよ、それは!」
「早く認めないと脅迫罪になりますよ」
やとりがそういうと先生は動きを止め、全身の力が抜けたのかその場に足を崩した。
あっさり認めたな。
話を聞くに、この先生は動画でこいつらのことを脅迫、加えて手駒にし自身の評価を上げようとしていたらしい。
人間甘い蜜があったらどうなるかわからないな。
その後、俺たちは警察沙汰にするつもりもなかったのでやとりの警告だけで終わらせ、先生が取った代金を少し頂戴して先生を帰した。
一万円、俺と甘夏二人で分ければ打ち上げ代にはなるだろう。
「本当にありがとうございました」
「良いですよ、更生してくれたようですし」
甘夏のこの感じ、まだ許しきっている訳ではなさそうだ。
だがそこまででは無い。
きっと時間が経てば少しずつ許していくだろう。
安堵のため息を吐きながら雲がよく動く空を見上げる。
さあ、店の方はどうなっただろうか。
明日が最後、もう少しだけ頑張るとするか。




