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第二話 転校初日はおしくらまんじゅう

目を覚ますとそこは俺の家だった。

外は明るく、カーテンを開くとそこには青空が広がっている。

どのくらい寝ていたのだろう。

あれはただの夢だったのか?

……とにかく頭が痛い。

机の上のデジタル時計には六時の文字と四月十五日の文字があった。

あの日から二日後、なんと今日は転校初日だ。


長く考えていると部屋の扉がゆっくりと開く。

そこには今年小学六年生になった小さな妹神代千早(かみしろみはや)が寝巻き姿で立っていた。


「火月にい起きた!」


千早は俺の顔を見た途端嬉しそうに駆け寄ってくる。

手には花柄の入った鉛筆を一本力強く握り持っていた。

こいつは出された宿題をその日にはやらず、次の朝にやるという習性がある。

つまりきっとさっきまで宿題をしていたのだろう。

めんどくさがりなのか真面目なのか、俺にはよくわからん。


それから俺は千早にここ二日の話を聞いた。

どうやら、あの後俺は意識を失い少女のお父さん? 

だと思われる人物に家まで運ばれたらしい。

千早が玄関を開けると、そこには大柄で髭もじゃの男と目を奪われてしまうような美人のお姉ちゃんが立っていたそうだ。

きっと美人なお姉ちゃんというのは昨日、じゃなくて二日前に出会ったあの少女のことで間違いないだろう。

そして、それからは二日間眠り続け今に至るというわけだ。


だとしたらあの出来事は夢ではなく正真正銘の現実か。

だが俺にあったはずのあの力はすっかり消えてしまっている。

手をグーパーグーパーしても何も起こらないし何も感じない。

そうだ、ペンダント……も無くなっている。

あの時落としたのか。


「千早、その美人なお姉ちゃんは他に何か言ってたか?」

「他に何か? えーと確か『また会えます』ってお兄ちゃんにって言ってたよ」


「また会えます」実に意味深な言葉だ。

そう思いながらもベットを抜け出し俺は一階に降りて朝食を取る。

朝食と言っても味の薄いコーヒーだけだが、あまり腹の減らない俺にとっては十分な食事である。


「『東京都武蔵野市でマンション崩落、電線の断線により一部停電』だって」


千早はデレビアナウンサーが言った内容をオウム返しした。

テレビの中継で映ったマンションはもちろん昨日俺たちがいたあの薄陽れたマンションだ。

原因は単なる建物の劣化、誰も怪我人は出ていない。


「怖いね急に崩れちゃうなんて」

「そうだな」


俺が二日前変な力を持った化け物に襲われてその拍子で壊してしまったなんて到底言うことはできないな。

まあ、言っても信じてはくれないと思うが。


「そういえばあいつはどうしたんだ?」

「お姉ちゃんなら朝練があるとかでもう学校に行ったよ」

「……そうか」


まだ時刻は七時半。

少し早いが、俺も転校初日ぐらいは早く登校しよう。

そう思った俺はコーヒーカップを洗い身支度を済ませた。

玄関に行くと確かにあいつのスリッパが一つ置いてある。


「火月にいもう行くの?」

「ああ、転校初日ぐらい早く行こうと思ってな」


スニーカーに足を入れ鞄を持ち上げる。

実に久しぶりの感覚だ。

何とも懐かしい。


「そうだ、今日の晩御飯は何がいい?」

「何でも、強いて言うならお前の好きなものかな」

「じゃあオムライスにするね!」


千早は嬉しそうにヘンテコな踊りを踊り始めリビングの方に戻って行く。

オムライスというだけで喜びすぎじゃないか?

まあ、それが子供の感覚か。


「俺はもう行くからな、千早もいくら学校が近いからってあんまり遅く出るんじゃないぞ」

「はーい!」


俺は少し立て付けの悪い家の扉を開けて外に出た。

すると、予想外にも外には昨日出会った少女が春の風に髪を揺らしながら立っている。

少女は俺を見つけると笑顔で挨拶をした。


「火月さんおはようございます」

「お、おはよう」


少女の姿は前とは違い、俺と同じ学校の制服を着ていた。

きちんと整った長い黒髪にヘアピンをつけ紺色の上着と内側の白いシャツがいかにも清楚と言う感じを醸し出している。

理事長の娘とかいうめんどくさい設定じゃないよな。

俺は恐る恐る少女に話しかけた。


「足は大丈夫なのか?」

「はい、この通り何ともないです」


足といえば俺の足もいつの間にか自由に動かせる様になっている。

あれだけ酷かった怪我が完治、これもまた彼女みたいな妖術師が何かしたのだろうか。


「あの、この前はすみませんでした」

「それはこっちのセリフだよ、きっと俺がいなかったらあんな状況になってなかったからな」

「そんなこと……」

「あるよ、だから君は何も悪くない。もうそれでいいだろ?」


少女は申し訳なさそうな顔をしながら頷く。

次に思い出したのか目を見開いた後鞄からあるものを取り出した。


「これも、すみません」


少女の手には見覚えのあるヒビの入った翠のペンダントがあった。

あの時なにかの拍子で割れたのか。

俺は受け取りまた首にかけた。


「ありがとう」

「あの、直そうと思ったんですけど」

「いいよこんなもの」


俺の対応に歯切れの悪い顔をする。

少し冷たかったかもな。

でも、俺にとってはそういう物なんだ。

それに今はこんなことを思い出している場合じゃない。


「なあ、君は一体何者なんだ?」

「そのことですが、学校に向かいながら話しましょうか」


俺たちは学校に向かって歩き出す。

少女は俺と違い、自転車を押しながらついてきた。

あっちで自転車登校は当たり前の様なものだったからどこか懐かしさを感じる。


「よし、ではまずどこから聞きたいですか?」

「そうだな……やっぱりまず君が何者かについて聞きたい」


俺は少女の詳細について聞いた。


クエスチョン①

あなたは何者ですか?


「私の名前は月冴(つきさ)かごめ』と言って、火月さんと同じ扉江高校の二年生です。それと一応妖術師をやってます!」


一応でつける役職ではないと思うが、今はツッコまないことにしよう。

同学年とまでは読めなかったが俺と同じ扉江高校であるのは間違いないみたいだ。

そうか、だから俺を千早に引き渡す時「すぐにまた会える」なんて言ったのか。


クエスチョン②

昨日のあの化け物はどういった存在なんですか?


「あれは『(あやかし)』見ての通り化け物でそれを退治したり鎮静するのが私たち妖術師のお仕事です。まあ、大体は退治になってしまうんですけどね」

「その妖術師ってのは月冴の他にもいるのか?」

「はい、もちろんいますよ。でもその話は今日の放課後でもいいですか?」

「放課後? わかった」


今日の放課後、今言うことのできない内容なのか、それとも無駄に引き延ばしているだけなのか。

まあ別に放課後の用事などないのだからいいが。


クエスチョン③

妖術とはなんですか?


「妖術は妖力を使用して繰り出す技、それも人によってその妖術は違います。例えば私はこうやって……」


月冴は揺れ落ちる葉っぱを一瞬にしてカチコチに凍らせた。

言わなくてもわかる。

月冴は氷結の妖術を扱う様だ。

後に聞くと、妖力の量は人それぞれであるらしい。

そう言われても、自分自身の妖力量など見当もつかないな。


「俺の妖術は何なんだ?」

「わかりません、火月さんはまだ妖術を使っていませんからね」

「え、でもあの時」

「あれは妖術ではなく、ただ妖力の塊を飛ばしただけです」


「どうやったらわかるのか」という質問をすることはなかった。

聞く意味がない、俺は金輪際妖力を使う用事などない。

ましてや、俺が妖怪を退治する理由はない。

正直俺は殺されかけたのに未だあの妖怪という存在すら疑っている。

「これは大きなドッキリだったり」なんてな。


そうやっているうちに俺たちは学校の前にある校門まで近づいていた。

昨日の静かな雰囲気とは真逆に、昇降口の前は多くの学生たちで賑わいを見せている。

それと、周りから異様に視線を感じる気が、もしかしてあの件がバレたのか?


「なあ、なんか視線が凄くないか?」

「そうですかね、いつも通りだと思いますよ?」


そうか、これがいつも通りなのか。

俺よりも前からここに通う月冴が言うんだ、今はそう思うしかない。


「火月さんは確か今から職員室に行くんですよね?」

「ああ、閑野先生に呼ばれてる」

「閑野先生、良い先生ですよね!」


あの変わった人が良い人、やはり俺以外には普通なのだろうか。

いや、あの感じで他の生徒と普通に接することはまずないだろう。

だって最初から慣れた様に俺のことを扱ってきたのだから。


その後、俺は月冴と別れ職員室に向かった。

職員室はあいもかわらず暖かい。

教室も暖かいと良いな。

しかし立ち耽って呑気にしている俺とは違い教師陣は忙しそうにしている。

さて、閑野先生はどこだろうか。


「登校おめでとう、緊張してるかな?」

「……せめて俺と向かい合ってからそれを言うようにしてくださいよ」


また独特の雰囲気、やっぱりこの人は苦手だ。

俺が先生の方に向き直すと先生はは腹を抱えて笑い出した。

何が面白いのかさっぱりわからない。

この人笑いのツボがおかしいんじゃないか?


「はぁーやっぱり君は面白いね。君は緊張しない、いや緊張しているか『わからない』と言った方がいいかな?」

「……先生は俺のことを他の人に話したんですか」


「どうして?」と言わんばかりに頭を傾ける。

どうやら本当に先生は何も言っていないみたいだ。

ということは今朝の視線は月冴とよくわからないやつである俺に向けられたものということか。

確かに月冴は人に好かれそうな雰囲気がある。

それに対して俺は無愛想だからあのペアでいたら大勢に見られるのもおかしくないだろう。


「何でもないです」

「うーんよくわからないが、まあいいや。じゃあ教室に行こう」


職員室を出て廊下をまっすぐ進む。

異様な静寂の中に俺と閑野二人だけの足音が響き渡る。

壁は真っ白に塗装され汚れなど一つもない。

流石、New school。


「自己紹介の文章ぐらいは考えてきたかな?」

「そんなもの、俺には必要ないでしょ?」

「そうかな? 君は結構人気出ると思うよ〜」


閑野は白衣のポケットから手を出し人差し指で髪の毛をくるくるし始めた。

雑誌で髪の毛を巻く癖のある人は退屈している、もしくは集中しているのどちらかだと見たことがある。

その情報が本当なら、多分今の彼女は「退屈」と言ったところだろう。

退屈されても俺には関係ないけどな。


「さあ、着いたよ」


扉の上には「二年B組」と書かれた表札がある。

閑野の後について教室内に入ると当たり前だが生徒たちの視線は俺に注目した。


「今日からこの二年B組の仲間になる神代火月君です、拍手ー」


少しの静寂の後に一人が拍手を始めた。

その人物は目をキラキラとさせ俺の方を凝視している。

そう、月冴だ。


月冴が拍手をすると他のやつらも徐々に拍手をし始め正に拍手喝采となった。

なんだこの感じは、とてもやりにくい。


「はい、自己紹介して」

「……えーと、神代火月です。よろしくお願いします」


案の定生徒たちは口をぽかんと開けながら固まっている。

そりゃ急に自己紹介なんてしたらそうなるよ。

俺は大きなため息をついて先生の方を睨みつける。

相変わらずニヤニヤと。

何でこの人はこんなに楽しそうなんだ。


「よし、火月席につけ……ああお前の席は月冴の隣だ」


意味深に開いた窓際の一番後。

先生が生徒を観察するには結構やりやすい席だ。

俺が席に着くと閑野は何もなかったようにホームルームを開始した。

淡々と用事を話し、内容から今日は半日授業であると知った。

何も気にしていない先生に対して、周りの生徒はちらちらと俺の様子を伺っている。


「火月さん、驚きました?」

「そりゃもちろん」


月冴は何故か嬉しそうに笑う。

まさか偶然あった妖術師さんが俺の隣なんて驚かない方がおかしいに決まっている。

月冴が今朝楽しそうに学校のことを話していたのはこれが理由なのだろう。

だが、慣れていない人間が隣よりも見知ったやつが隣の方が幾分かはましだ。


その後、俺はここに転校してから初めての授業を終え時間は放課となった。

もちろん休み時間は質問とお誘いのオンパレードで、それは放課後となった今でも続いている。

月冴はと言うとメールに「遅くても大丈夫です」と言葉を放ってから集合場所の位置を送ってくるだけだった。

どうせなら一言何か言って俺のことを救ってほしい。


「ねぇ、神代君聞いてる?」

「……ごめん、何の話だっけ」

「部活はどこに入るのかって話だよ。そんで、実際どうなんだ?」


部活か、あっちにいた頃は一応バスケ部に所属していた。が、今は部活に入る気なんて毛頭ない。

父親が家にいない今、妹達の面倒を見れるのは俺だけ、部活なんてしていたら色々と手一杯になってしまう。


「えーとまだ考えてないかな、でも……多分どこにも入らないと思うよ」


俺は苦い顔でそう言い、席を立ち上がった。

そろそろ行かないと月冴に申し訳ない。

再度集合場所の位置を確認する。

そこは学校から少し離れていて電車で経由しないといけない場所だ。


「じゃあ俺はそろそろ……」

「なあ、気が向いたらでいいからサッカー部に入ってくれよ! うちは初心者でも大歓迎だぜ!」

「わかった、考えて」

「あ、ずるい! 私たちはダンス部で〜可愛い子とか〜」


まずい流れだ。

周りの奴はやっけになり言い合いをしながら俺を勧誘してくる地獄絵図がそこにはある。

どうしよう、誰も俺の話など聞いてくれない。

お互い自分のフィールドで戦いあって俺の声など聞こえていないみたいだ


時刻はちょうど午後一時半を指し、窓の外では陸上部が笛の音と共に走り出す姿が見えた。

本当にそろそろ行かないと遅刻になってしまう。

どうしよう、無視してでも切り抜けるか。

いや、こんなに囲まれたらそんなのできっこない。

そうやって俺があたふたしていると、何処からか二人の生徒の声が群衆を抑制した。


「お前らそこまでにしてやれ、神代が困ってるだろ」

「そうそう。あともう十二時半だけど部活はいいの?」


突然現れた二人の生徒がそう言うと、さっきまで俺に向かって質問攻めをしていたやつらが慌てた様に鞄を背負って何処かへと走って行き、他の奴らもそれについてどんどん教室から出て行った。

あれだけうるさかったのに嘘みたいだ。


「本当にせっかちなやつらだぜ」

「ありがとう、助けてくれて」

「いーの、私たちも君には行ってもらわないと困るし」

「それはどういう?」

「あ〜もう面倒なことを、今のは忘れてくれ。それより俺は『藤原直継(ふじわらなおつぐ)』一番右前の席だ。そんでこっちは」

「『古水御代(こすいみよ)』だよ! 私は二年D組、よろしく!」

「よろしく」

「さ、急いでんだろ早く行ってこい」


俺は頷き、直継と古水に感謝を伝えた後駆け足で学校を出た。

まだ今日の半分を過ぎただけなのに結構疲れている。

これからの学校生活、ちゃんとやっていけるのかとても不安になった今日この頃だ。

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