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第十九話 淀み

時間は流れ、気がつけば六月祭までもう残り三日。

正確に言えば土日の休日があるので準備する日は今日だけとなっていた。

だが、焦らずとも委員長たちのおかげで準備は滞りなく順調に進みあとはただその日を大船に乗ったつもりで待つだけのみとなっている。

流石の計画力だ。

まるで一寸先を見ているみたいに正確な計画性。

俺も見習いたいものだな。


しかしあと三日、本当に俺はウェイターエプロンを着て注文を取りに行かなければいけないのだろうか。

勝つのは恥じらいではなく謎の劣等感。

まあ言うて六月祭は二日間だけしか開催されない。

適当にやっていれば勝手に時間が流れてすぐ終わるはず、去年だって適当にやった……そういえば去年は何をしたんだったか。


前の学校は文化祭を六月には行わず十月の上旬に行いっていたため、逆にここの文化祭の位置には体育祭があった。

あの時は地味に肌寒く天候は曇りであったことを覚えている。

そんなことは覚えている、なのだが何をしたかは思い出せない。

何かを作って売ってはいた気がする。

何だったか……そうだチュロス、チュロスを地域の業者から取り寄せて売っていた気がするな。

段々思い出してきたぞ。

確かあの日は俺が後半で休憩時間になったすぐ、校内放送で財布が盗まれた話をされて体育館に集合させられた。

犯人は三年の科学担当の教師。

どうしても金を集めなければいけなかったらしい。

因みに俺の財布はその時部室に忘れたままだったので盗られることはなかった。

もちろんなんとなく盗まれる気がしたからである。

意外と俺の記憶力は悪くないものだ。


「神代君、ちょっと来て」


俺のことを呼ぶ声がする。

目で追っていた雨粒が葉から落ちるのを見届けて、頬杖をつく体を起こし怠い体から重たい息を吐き出しながら立ち上がった。

隣には月冴と直継、あとその他複数人の男女生徒が俺の方を見て立っている。

おまちかね見たいだな。


「言われたら早く来いよ」

「いいじゃないか、別にそこまで急いだ用じゃないんだろ?」


直継はむすっと顔をしながらダンボールからあるものを出し俺に見つけてくる。

それはもちろんウェイターエプロンとメイド服だ。

おまけに、銀のトレイを添えて。

今思えばまだ試着も何もしていなかったな。

採寸はしていないがいいのだろうか。

月冴の方を見ると月冴は恥ずかしそうに前髪を触った。


渡されたウェイターエプロンを手に持ってみる。

スーツのようにサラサラしていていい感じ。

さすが、我が扉絵高校手芸部のやつが時間をかけて作ったほどのものだ。

このクオリティでこの物を作れるならそれを売るべきだったんじゃないのかと思いたくなるほどそれは技巧が施されていた。

しかし本当に採寸なしで良く作れたものだ。


「早く着替えてみてよ男子」

「なんで俺たち男子だけなんだよ、女子も着替えればいいじゃないか」

「私たちのは当日のお楽しみ、今はあんたたち男子の番でしょ」


男子たちは「はいはい」と言い仕切りの裏で脱ぎ始めた。

珍しく素直なものだ。

やはり月冴のメイド姿を拝むためには女子たちに強くは言えないみたいだな。

本当は着たくはないが、今ここで着なかったら何か言われるのは目に見えている。

ここは、俺も空気を読んで素直に着ておこう。


「おお!」

「結構似合ってるじゃない!」

「そ、そうかな〜?」


キモいにやけ姿が隠せていないぞ直継。

そうツッコミたくなったが気持ち悪いままで良いと思ったのでやめておいた。

確かに着てみてこれといった不便はない。

あるとすれば蝶ネクタイが少しキツイぐらいだがこれぐらいなら許容範囲内だろう。

恐るべし我がクラスの手芸部。


「岡田、どうやってこれを?」

「それはあそこの鈴ちゃんに」


目線の方を見ると黒縁メガネを白く光らせる鈴と呼ばれる女子生徒がこちらに向かってグッドポーズをしていた。

俺的には採寸なしにピッタリの着衣を作れたその理由に関してはグッドになれないが……まあ知らなかったことにしとこう。

手袋を引き指先を先に合わせる。


「火月さん、写真撮ってみました」


月冴から渡された写真で見る限りどこにも変なところは無さそうだ。

店員と言うより少しホストみたいに見えるな。

写り方が悪いのだろうか、別にさほど気になることではないのだけれど自分的にはこの襟が主張してしまっている気がする。

なにかこう、やはり負けた気分だ。


「やっぱり神代君は何でも似合うね」

「そうかな」

「うんとっても似合ってるよ! ねぇ、一緒に写真撮ってもいいかな?」


女子生徒は俺の側に近寄りスマホでカメラを開いた。

別に写真ぐらいならいいだろう。

盗られて困ることもない。


「撮るよ、はい! チー」

 

その安心とは裏腹に女子生徒を超えた先には何か危ないものが湧き出ている月冴の姿がある。

これはまずい。

直継も気づいていないのか他のやつらと共に平然としていた。

この状況の重大さに気づいていないとは、空気を読むことに関してもっと勉強した方がいいんじゃないのか。

それならこの状況のヤバさにも気づくことができるはずだ。

俺は焦り震える手で女子生徒のスマホの電源ボタンを押す。


「ごめん、俺写真は嫌いなんだ」

「えー。そうだよね、神代君くらいならそういう仕事もしてるか……」


そういう仕事って何のことだ?

あまりわからぬままその子はお礼だけ言って持ち場へと帰っていった。

月冴も他の生徒に呼ばれ何処かへと向かっていく。

はぁ、こんなことに精神を使うのはこっちに来て月冴と出会ってからだ。

前までは全部気にせず過ごせていたのに今は本能が生命の危機を感じているのかやっきになって月冴のことを落ち着かせようと動いてしまう。

月冴にはそういう妖術が他にもあるのかもしれない。

まさに雪女だな。

やはり月冴に逆らうのはよしておかなければ、命が幾つあっても足らなそうである。


「も、もう着替えていいか」

「神代君はもう大丈夫だよ」


詰まった息を吐く様に蝶ネクタイを緩めて直継の席に座る。

さっきはたった二日間だけと言ったが今の気分で言えば二日間もあるのかよという気分。

本当に何事もなくやっていけるか心配にもなってきた。

いざとなったら直継を盾にして逃げることにしよう。

そうしよう。


再びため息を吐くのと同時に卓上のスマホが振動と共に動いた。

誰からのものだろうか。

ゆっくり見るとスマホの画面には「かごめ」と書いてある。

もしかしてさっきのことで何かあるのかもしれない。

恐る恐る内容を覗く。


「似合ってましたよ!」


……なんだ、月冴のやつ、近くにいたんだから口で言えばいいものを。

その行動にクスッと笑いながら俺も先の赤くなった指で月冴へと返信をした。



* * *



滅入る気持ちを抑え重い足取りで俺は校内に足を踏み込んだ。 

六月祭の最後の準備日だからなのか校内には意外とまだ生徒たちが残っている。

どこのクラスも忙しそうだ。

お菓子とポンドの匂いが入り混じり誰かが誰かを呼ぶ声が遠くから聞こえてくる。

青春……今の俺にとって程遠いものだな。


階段を登り角を曲がって教室へと向かう。

逆に二階は静かで夕陽の光も相まって異様な雰囲気を醸し出していた。

二年生は皆帰ってしまったのだろう。

先生たちの話を聞くにどうやら今年の二年生は他の学年とは違い真面目で優秀みたいだし。


そう思い込んで教室の扉を開くとそこには見知った顔が一つ。

橋本だ。

こちらに目をやらず、ただ黒板を見つめている。

扉を開ける音はしているはずだから気づいてないといことはない。

だが、現状こちらを見る素振りを見せはしない。

まあ見せないならそれでいい、あいつは俺のことを嫌っているようだし、俺は別にスマホを取りに来ただけだからな。


直継の席からスマホを取り出す。

やはりここに忘れていたのか、家に帰る途中で気づいて良かった。

画面をタップして時間を確認する。

千早からメールが来ていた。

ジャガイモとニンジン買ってこいとな……今日はカレーライスか。

既読だけしてポケットにスマホを突っ込んだ。


相変わらず橋本はこちらを見ずにいた。

黒板を見てそんなに考えることがあるのだろうか。

何も書かれていない黒板を見て何か思うことなどあるのだろうか。

そんな疑問を抱えながらも俺は扉に手をかけた。


「……橋本、帰らないのか?」

「……」


橋本は何も言わない。

そんなに嫌われているのならもうこれ以上何か言うのはやめておこう。

言っても逆効果だろうからな。

橋本を横目に再び教室の扉に手をかけた。


「おい……」


殺気と気持ち悪い息が混ざった濁声が俺の肩を止め教室中を包み込む。

体が不思議と冷めたくなり扉に手をつけたまま動かない。

俺は今気迫で押しつぶされているのか。


勢いよく後ろに振り向くと橋本は黒板の前から俺の目の前へと移動していた。

音もないのにどうやってここまで、だってさっきまであそこにいたんだぞ。

俺が視線を外した瞬間で移動したのか?

いや、そんなこと普通の人間が音もなく出来るはずがない。

様々な思考が頭の中を巡らせていると、


「お前、月冴さんのことが好きなのか」

「……は?」


あまりにも予想外な橋本の発言にさらに様々な思考が頭の中を巡る。

俺が月冴のことを好き?

何でそんなことを今聞くんだ?

俺は今橋本に襲われかけているんじゃないのか?


「俺は、別にあいつのこと……」


強く舌打ちをして俺の首元に腕を伸ばしてくる。

その顔は怒りでは無く眉をひそめ不快感を表すような顔だ。

段々と俺の首元に近づいてくる腕を寸前で押さえ俺は橋本に眼を飛ばす。

こいつの目はハイライトどころか完全に澱み切り人の目はしていない。


なるほどそうか、近くに来てやっとわかった。

こいつは妖怪に取り憑かれている。

でも完全に体を乗っ取られている訳じゃない。

意識、というか恨みの念だけが残っているみたいだ。

だが妖怪に取り憑かれていた橋本を妖術師が三人、学校内に俺含め五人妖術師がいて気付かないわけがない。

じゃあいつからこいつは取り憑かれて。


「ふっ、まあいい。昔話をしよう」

「昔話?」

「ああ」


橋本は手を退けると180度後ろに振り返り机の淵をなぞりながら淡々と話し始めた。


「俺には好きな人がいた。清廉潔白で成績優秀で何でもこなし誰からも信頼される人、正に完璧超人だ」


それが月冴のことだと言いたいのだろう。

言われなくても思いつくのは月冴しかいない。


「一年の頃一緒のクラス委員長になった時は嬉しかったな〜続投でさ、俺はほぼ毎日話してた。その時感じたんだ、『あ、この人は俺のことを好きなんだ』って感覚をね」

「はあ」

「でも、彼女は二年になって変わったんだよ。彼女は、委員長にならなかった。俺が先に手を挙げて彼女がその次に手を挙げることは誰もが想像していたはずなのにな、何故かわかるか?」

「さっぱりわからんな」

「そうだよな、お前は被害者側じゃないんだから」


俺は橋本のその発言に少し怒りを感じながらも黙り続けた。

何を言いたいのか全くわからない。

俺はどちらかと言えば被害者側のはずである。


「理由はすぐわかったよ。一ヶ月後、東京から離れた田舎育のやつが転校してきた、そいつは顔が良く頭がいいとか低脳みたいな理由からチヤホヤされて瞬く間に人気者になった。そしてそいつはクラスの中でも月冴さんと特に仲良くなっていたんだ。俺よりも一年遅く知り合ったやつが、だ」


彼の言ったことを頭の中で整理する。

つまりこいつは元々月冴のことが好きだったが、急に現れた俺に隣を奪われて嫉妬心を燃やしこうして俺に対して今怒りをネチネチとぶつけてきているということか。

何というか、嫉妬心だけでこうなるものなのか?

頭の中でふと月冴のことを思い出す。

確かにあの事件の原因も弁当を一緒に食べたいからという嫉妬だった。

……嫉妬心というものは恐ろしいな。


「……それで、結局俺に何が言いたいんだ」

「お前を落とす」

「なるほど、落とすか」

「だって俺よりも一年遅かったのに、一年遅かったのに何故か月冴さんはお前と仲良くするようになった! どう考えてもおかしいだろ!?」

「はぁ。お前な、誰だって仲良くしたい相手がいるもんだろ? 月冴はただ転校してきた俺を珍しがってか優しさなのかはわからんが、気遣って話しかけてくれているだって……」

「黙れよ横から取ってきたくせに!」

「あのな……」


ドンっと大きな音をたてて白のテーブルクロスが掛かった机の上を思い切り叩き怒りの表情でこちらに向きかえった。

教室の窓からは生ぬるい風が吹きクリーム色のカーテンを仰ぐ。

時刻は五時半。

周りは吹奏楽部が吹くトランペットの音と文化祭前でもグラウンドで練習をする野球部の音だけ。

そろそろ、警戒した方がよさそうだな。

俺は腰に手をやる。


「さてどうする、殴り合いでもするか?」

「はは、それもいいな……でも、残念ながら殺るのは俺じゃないんだ」


橋本の不気味な笑みに更に俺は身構えた。

橋本自身が飛んでくるのか妖怪本体が寄ってくるかの二択。

こいつのことは目で確認できているから警戒すべきなのは憑りついているはずの妖怪の方か。

俺の後ろは壁。

だが詳細の分からない相手に油断をするのは危険だ。


静かに時間が過ぎ俺と橋本は見つ合い止まる。

こちらが警戒していることに気づいているのか橋本は隙を見せる様子はない。

ほんとしっかりした奴だ。


「返してよ」


俺の耳からか細い女の声が響く。

いつの間にか後ろを取られた。

背後を向く。

そこには何もいなかった。

次に瞬きをすると、グラウンドからホイッスルの音が聞こえたのと同時に俺の体は宙に舞いだしていた。

左手はジンジンと痛み見ると強く握られた赤い跡がついている。

さっきまでいた教室からは橋本の姿が一つ。

あいつがただの筋力で俺を投げ出したわけはない。


「してやられたな」


空中から落下してなお無駄に冷静な俺はそう呟きながら瞼を下ろした。


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