第十八話 アル者ナイ者
左手に商品の沢山入ったレジ袋をカゴに入れた自転車。
右手にペンギンのキーホルダーがはみ出したレザーの鞄を持ちつっきーはどんよりとした曇り空など気にせずニコニコと自転車を押しながら前に歩く。
今は放課後。
たこ焼き屋の食材担当でもある私は同じく食材担当になったつっきーを連れて食材の買い出しに来ていた。
なぜ私が食材担当に選ばれたのかは明確であり、私は提案を快く快諾し今に至る。
しかし、さすがに私たちだけでは少し重い。
「つっきーごめんね」
「大丈夫ですよ、私こうやって喋りながら歩くの好きなんです」
両手でガッツポーズを取る。
なんともつっきーらしい回答だ。
「こうも重いなら火月も連れてくればよかったよ」
「そうですね、でも火月さんは前のかっぱちゃんの件で疲れているでしょうから」
かっぱちゃんとは月冴家で預かっている妖怪の女の子のことである。
確か以前火月とあまなっちゃんが依頼でそのまま保護した子で、今は月冴家のお手伝い係の様なものになっていたはずだ。
最初、菊一さんは保護することにあまり乗り気ではなく渋々といった感じであったが、先日家に行った際はまるで孫が出来たかのように浮かれ楽しそうにかっぱちゃんと遊んでいた。
菊一さんって意外とそういうところがある人だ。
あの人もつっきーと似て意外とドジと言うかポカポカしていると言うか、あの家族には硬い感じがない。
まあそれが良い所なのかもしれないが一応当主の立場である人たちなのだからもっとしっかりしてもらいたいところでもある。
私は微笑み、少しだけ先を行くつっきーの側へと駆け寄る。
つっきーとはそこまで話す仲では無かった。
出会ったら少し話して終わり、お互いのクラスのことで用事があったのならそのことについてメールして終わり、そんな物事だけでお互いを利用していた関係だった。
けど今はこうやって一緒に買い物に行ったり休日遊んだりする関係だ。
これも火月が来たから、火月は私と違って人を変える凄い人物だと思う、それはまた嫉妬してしまうぐらいに、そう思う。
「あ、そう言えば。つっきー、火月と水族館に行ったんだって?」
「な、なんでそれを?」
「学年中で結構話題になってるよ〜私のクラスまで来てるし」
つっきーは顔を赤らめ頭から煙を出しているみたいに動揺し始めた。
効果は抜群みたい。
やはりつっきーは火月のことになると途端に弱くなる。
あの完璧超人の月冴かごめを惑わさせる時は火月の名前が効果的であることを覚えておこう。
どこかで使えそうな気がするからね。
「ちょっと、なんでそんなにうふうふしてるんですか」
おっと、私のうふうふしてしまう悪い癖が出てしまったみたいだ。
でも女の子が色恋沙汰にうふうふするのは一般常識のようなもの、間違ってはいない。
だからうふうふは悪いものではない……と思う。
私はまだうふうふとしたまま、わかりやすくムスッとするつっきーの肩をつっつくように肩で押した。
「ニヤニヤして、そういう御代ちゃんこそ直継さんとはどうなんですか」
「な、直継とは別に幼馴染ってだけで別に何もないよ!」
「本当ですか〜?」
つっきーもわかりやすく動揺する私をニヤニヤした顔で見ながら頷く。
くっ、すっかり油断していた。
私も最近直継と話すようになってそういう話題を言われることが多くなった気がする。
別に、直継のことを好意的に見ているとかはない。
ただ……ただ少し、よく笑うようになった直継を見て嬉しくなったから、それだけ。
昔は私の前だけでしか本当に笑わなかったのになと、そう思っているだけだ。
「はい終わり。やっぱり私は月コンビの方がワクワクするので水族館の話を詳しく聞かせてください」
「え〜」
その後、私たちは色々な話をして時間を潰しながら歩き、目的地の商店街に着いた。
昔より人の減った商店街はシャッターを閉める店も多い。
飲食店業なんてキツいのなんの。
今は私も仕事をして家計を手伝っている。
そんなことを考える理由は私の目の前にあった。
シャッター店の間に建てられた和風の飲食店は店前に「キャベツも衣も増量中!」の売り文句を掲げ引扉を開けっぱなしのままにしている。
なんとも我ながら不用心な店だ。
急に強盗とか入ってきたらどうするつもりなんだ、まったく。
「ここですか?」
「うん、定食屋『たみさ』私の家だよー」
そう、何を隠そう私の家は定食屋だ。
紹介して客足の少ない店の中に入ると厨房にはタバコを吹き雑誌を読み回すお父さんの姿があった。
「お父さん、お客さんのいる時はそれやめてっていったよね」
「なんだ、帰ってきたのか、おかえり」
せっかく友達を連れてきたのに、なんとも威厳のない父親だ。
恥ずかしい。
私は父を無視して厨房の中に入り冷蔵庫を開ける。
そこそこ入ってはいるが少し整頓すれば全て入りそうだ。
がさごそ冷蔵庫の中を漁っていると横に煙を黙々として顔を出す。
「お父さんタバコ臭い」
「あーそのツナ缶は捨てるなよ、それとそこの焼き鳥缶も」
全部あんたのつまみじゃねえか。
そう思いながらも力の入った手でどんどん食材を詰め込んでいく。
母とは違いやる気のないお父さんは再び席についた。
火月ほどやる気がないわけではないけれど、お父さんのやる気は一般人と比べたら天と地ほどの差がある。
自由でユニークな父だが、やる時以外も頑張って欲しいものだ。
「あのー御代ちゃん」
「あーつっきーはそこら辺に座ってて、今飲み物出すから」
「それはありがとうなんだけど……お父さんが」
お父さん?
それならさっきまで雑誌を読んでいたはずだ。
冷蔵庫から頭を出しさっきまであの人が座っていた場所の方向を向く。
「寝るなー!」
「ふがっ」
「またお客さんがいるのに寝て、無銭飲食でもされたらどうする気なの!?」
「その時はその時だろ」
何言ってんだこの人。
無銭飲食が常識的になったらうちの家は破産して生活することが困難になるに決まっている。
本当にうちの大黒柱なの?
自分の家の大半が私の妖術師としての給料で賄っていることになっていることを知らないの?
私は怒りで震える手をプルプルと振るわせながらも冷蔵庫からオレンジジュースを出しつっきーに差し出す。
お父さんは引き続き寝続ける。
無精髭で頭に巻いてあったタオルを顔に掛けるその姿はまるで試合後のボクサーのよう。
試合どころか会計すらもしていないけど。
料理は上手なんだけどな……はぁ、まったく。
「ふふ」
「どうしたの?」
「いや、仲が良いなと思いまして」
「仲って話じゃないよ、これはただの日常」
「それが家族っぽいんですよ」
笑うつっきーに置いてけぼりにされた。
このお叱りというか注意のどこが家族っぽいのだろう。
普通のごく一般的な飲食店ならこのぐらいの注意日常茶飯事であろうに。
そう疑問に思うが私は腹の中にそれをとどめた。
言ってはいけない気がした。
だってつっきーの家は……それがないから。
「あんた帰ってきたの」
「お母さん……熱は?」
「大丈夫よ、こんなの一日あったら治るわ。そっちはお友達?」
「月冴かごめです」
足から頭まで舐めるように見てからお母さんは頷いた。
何を思っているかは長年の付き合いなのだから何となくわかる。
お母さんは寝ているお父さんを思い切り叩きながら私の方へと歩み寄りつっきーの顔を両手で摘むと笑いながら、
「やっぱり御代のとは違うねー、また来なよ」
と言って揉みほぐした後そのまままた暖簾の奥へと消えて行ってしまった。
私とそんなに違うかな。
つっきーのと私のを比べてみる。
確かにつっきーのの方が柔らかいかもしれない。
でも、そんなに差があるかな?
「あの御代ちゃん……?」
「あ、すいません」
一時間程してつっきーは家に帰って行った。
別にお金など考えなしに料理を出したのだが、つっきーは律儀にもテーブルナプキンの下に代金だけ置いていたみたいだ。
本当につっきーらしいけど、友達なんだからこういうものはだらしなくしてほしい。
この感じじゃつっきーに到底出来るとは思えないけど。
さて、あとはこの二日の休日が終われば今度は六月祭当日。
委員長の話によれば今年も学年で売り上げランキングを競うみたいだ。
つっきーには悪いけど、定食屋の娘として易々と負けるわけにはいかない。
私は心の中で強く意気込みガッツポーズをし、エプロンの紐をギュッと強く締めて二人がいる厨房に再び戻った。
* * *
自転車のジリジリと鳴る車輪の音を無意識に耳で感じながら私は帰路についています。
あと二日経ったら六月祭。
どこのクラスを回ろうか、本番の経営はうまくいくのか、色々考えて私は歩いています。
周りには仕事帰りに子供と買い物をするお母さんたちや買い物袋をひしめかすお婆ちゃん。
そろそろ夕食の準備に取り掛かる時間ですね。
確かお鍋には昨日作ったカレーがあったはず。
今日はそれでよしとしましょう。
葵祢ちゃんもお爺ちゃんもカレーライスは好物ですからね。
目の前に本屋さんが見えます。
家に帰ってもお茶を啜りながら再放送されているミステリードラマを見るだけなので少し寄ってみることにしました。
久しぶりに寄った本屋は少し本の匂いで酔ってしまいそうになりましたがすぐに慣れて、お店の一角にあった文庫本のコーナーに向かいました。
一度全体を見渡して、気になる本を手に取って適当にページを開いてみる。
内容は、殺人事件で亡くなってしまった母親を助けだすために時間を戻す能力を使って犯人を探し出すというものでした。
冒頭は主人公が喧嘩別れで家から登校するところから始まっています。
私は次のページを開くとある文章に目を止めました。
「これが最後の会話だった」
こういった物語にはよく使われる一文ですが私には深く刺さりました。
今思い返してみれば私は最後に両親と話した会話の内容を覚えていないのです。
思い出したくても考えると目の前が真っ赤になって何もかも見えなくなってしまう。
私は、きっと自分で忘れたがっているのだと思います。
何もかも嫌なことから逃げて信頼する人に全て縋って。
今も火月さんや皆んなに頼りっぱなしで私自身は何もしていない。
私は、本当に何をしたいんでしょうか。
「大丈夫ですか?」
「え?」
そう声をかけられた時にはもう本には斑点模様があり私の視界もぼやけて滲んでいました。
私は、泣いていたのです。
受け取ったハンカチで目元を拭き、私はその人物を認識しました。
私よりも少し背の低い少女で、灰色のブレザーに肩掛けの長い棒を背負っていました。
扉江高校の生徒さんではないことはわかります。
「あの、えっと。その本好きなんですか?」
「あ、え?」
「私好きなんです、その作者さんが作る小説」
私は本と少女を視線で反復横跳びし少し考えました。
きっとこの子は気を遣ってくれていたのでしょうね。
「ごめんなさい。本は良く読むんですけど、この作者さんの本は初めて読みました」
「そうなんですか、おすすめですよ!」
泣いていた理由など聞く仕草など見せず少女はスマホを取り出して誰かに連絡をしてまた私の方へと向きを返します。
その誰かに似た目は優しく語りかけるようにして私の方を見つめてきました。
「あの……もしかして扉江高校の人ですか?」
私は滅入る気持ちを抑えながら小刻みに頷きます。
「そうですか、じゃあ先輩だ」
「先輩?」
「はい、私北武中の三年生なので」
一瞬だけ時が止まり次に解かれた瞬間私の顔はホテ上がる。
今、中学三年生って。
待ってください。
ということは私、高校二年生にして今中学三年生のこの女の子に同情されてしまっていたということですか?
いやいや、私はこう見えてもこの子よりも年上ということで。
待ってください……泣いているところも見られているではありませんか!
「どうしました先輩?」
「いやいや何でもないです。あと先輩はやめてください、私は月冴かごめと言います。そうですね……」
「つっきー先輩でどうです?」
つっきー先輩。
先輩と呼ばれることに変わりわないけど、堅苦しく先輩と呼ばれるよりはましでしょう。
少し気に入った気もします。
今気づいたのですが、肩にかけているのは竹刀袋のようです。
剣道部なのでしょう。
女の子で武道を習っている人たちは本当に凄いです。
私も妖術師として武道を習っていたこともありましたがあれは精神が強くなくてはいけないもの。
きっとこの子も精神の強靭な人なのでしょう。
だからこうやって見ず知らずの人が泣いていても無視せず歩み寄りこうやって安心させてくれる。
私も見習わなければなりませんね。
「はい、つっきー先輩です」
彼女はニコッと笑ってまたスマホで時間を確認した。
用事があるようです。
「すいません、私買い出しを頼まれているのでこれで」
「ああ、色々とありがとございました。おかげさまで気持ちが少し楽になった気がします」
「それなら良かったです。そうだ! メール交換しません?」
「もちろん良いですよ」
快く彼女の提案に承諾し私はQRコードを読み込んだ。
グルグルと矢印が回る。
「あとはメールで、さようなら!」
「はい、さようなら」
彼女はそそくさと店を出ていきました。
本当に良い人でした、今度は喫茶店でも行ってゆっくりお話をしてみたいです。
メールも交換したことですし、今度誘ってみましょう。
私はそう浮かれた気持ちで未来のことを考えながら、更新の完了したスマホを見る。
「……嘘、でしょ……」
そこには目を疑うものがあったのです。
未来を夢見ることは誰にでもでき、すなわちそれは即席の目標みたいなもの。
しかし、その未来を叶えるためには今を頑張るほかはないく努力したものだけが夢を叶えられる。
私の中にあったこのようなあまい考えは今この瞬間分裂するようにしてもう一つの意見が生まれました。
それは簡単なこと。
「どう足掻いても努力しても、未来は変わらない」ということです。
私はどうしたら良いのでしょう。
また、人を、火月さんを頼ってしまいそうです。




