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第十話 過去に対しての解答


「来たか、まあ座れ」


堅物そうな爺さんは白いちょび髭を触りながらそう言った。

目の前には青緑色のソファーと丁寧に湯気の立ったお茶が入れられた湯呑みが二つ。

俺は何も言わずにまずはそのソファーの上に座る。

なにか、ここには見覚えというものがあるような気がする。


「君があの子の言っていた子かな」


あの子というのは多分月冴のことだ。


「はい、神代火月です」

「ほぉ……君、こういうのには慣れているのかな?」


こういうのには慣れている?

まあ確かに、閑野先生から早々質問攻めされたり、警察からの事情聴取を既に二回も受けているから慣れているのかと問われたら慣れている方になるのだろう。

……そうか、ここは何処かに似ていると思ったが学校にあった応接室に似ている。

民族的な置き物はないが、雰囲気が何処となく似ている。

偶然に通ったのだな。


「まあ、人よりかは慣れていると思います」


そう俺が言い返すと爺さんは頷き目の前のソファーに大きく腰を掛けた。

大黒柱という言葉がよく似合う男だ。


「俺の名前は『月冴菊一(つきさきくいち)』かごめのお爺ちゃんだ」

「月冴から聞きました、前主なんですよね」

「その通り、俺は月冴家の元当主、三代目だ」


てことは月冴が四代目ということになるのか。

この人が前主だということには納得できる。

貫禄に関してもちろんのこと、月冴や古水からも感じる妖力の漏れのようなものがこの人からは感じない。

完全に自分の力を抑え切っているようだ。

また、俺の中に疑問が増える。


「そんで、早速だが君に質問をしてもいいかな」


ニヤリと笑い、袖を引っ張ると右ももの上に肘をついた。

なるほど、最初に感じた違和感の答えが理解できた。


「良いですよ。でも、その質問をする前に腰に下げている物を置いてくれませんかね」


菊一さんは俺の目をじっくりと見つめた。


「なんのことかね」

「しらばっくれても見たらわかりますよ」

「そうか……はは、わはははは!」


急に笑い出して何が面白いんだ、俺からしたら初めて会ったしかも友人のお爺さんが物騒な人でだいぶ気が引けているのだが、この人は初対面の相手に武器で脅しをかけている野蛮人だということに気づいていないのか?


「どうしてわかった」

「どうしてって……さっきまでそこに置いてあった物が無くなれば誰でも気になりますよ」

「なるほど……面白い、合格だ」

「合格とは?」

「ああ、これは俺の試験みたいなもんでな、家族になるもんたちにはこうやって」


菊一さんは俺の頬すれすれに刀の刃先を向ける。

ピクリとも動かさず、切先だけを見つめて。

鋼色が俺の目に反射する。


「毎回やるんですか?」

「まあ、君には試す前に終わらせられたがな」


立ち上がり、後方の刀掛けに刀を置く。

まとめると、どうやら俺は前主「月冴菊一」によるドキドキはらはらな家族試験に参加させられ、見事にその試験を成功させることができたようだ。

菊一さんは「何故わかった?」みたいなことを言っていたが、あんなもの誰でも気づくに決まっている。

……いや、普通の人は緊張とかして案外気づかないものなのか。

転入初日、閑野先生からも「緊張している自分に気づいていない」と確か言われたな。

俺も一応少しは緊張して言う気がするのだがな。

そうやってぐずぐずと頭の思考を溶かしていく俺を置き去りに菊一さんは俺の方を真剣に見つめる。

あまり月冴には似ていないような似ているような。

菊一さんがどっちのお父さんかはわからないが、面影は少しある気がする。

多分。


「さて、まず最初にお前は月冴のことをどう思っている」


俺はお茶を口に流しながら少し考えた。

月冴と出会ってもう一ヶ月ほど経ち色々わかったことはある。

勉強ができて、学校の中では人気者で、凄い妖術が使えてしかも名家の当主。

あいつは凄いやつだ。

でも、


「そうですね『おっちょこちょいで少し抜けている』とは思いますけど根が真面目で、俺よりも色んなことができて凄い人だと俺は思います」

「ほう……」


さすがに少しふざけ過ぎてしまっただろうか。

これは流石に怒られても仕方がない。


「同感だ」


同感だったらしい。

まあ、よくよく考えてみれば月冴が人によって態度を変えるようなやつには見えないから、きっと俺に接しているようにみんなにもそう接しているのだろう。

しかし、お爺ちゃんがそんなにキッパリと言ってしまっていいものなのだろうか、一応というか普通に親族だよな。

仲が良いということで完結すればいいか。


「あいつは昔から何でもできてな、父親と母親の良いとこ取りみたいなもんなんだ」

「なるほど、あいつの……じゃなくて、月冴の器用だったり勘が良いところは親御さん譲りなんですね」


月冴の親の話になった。

聞く瞬間は、今しかない。


「その、お父さんとお母さんは?」

「……なんだ、まだあの子から聞いていなかったのか」


さっぱりと笑う笑顔は消え、菊一さんは姿勢を正した。

膝に大きくガッチリとした手をつけ、背筋を伸ばす。

次には、きっとあの言葉が来る。


「あの子の両親はもういない」


思考通りの言葉に俺は口を閉じた。

月冴に現当主が自分であると言われた時引っかかったこと。

月冴があの歳で現当主、そして菊一さんが前主なら月冴のお父さんはどうなってしまったのか。

母親を亡くした俺にとってその答えを導き出すことは最も簡単なものだ。


「そうなんですか……」

「案外『想像通り』って顔だな」

「俺も母親を亡くしてるもんですから、なんとなく雰囲気でわかるんです」


机の上に置かれたお茶をもう一度啜る。


「二人には何があったんですか?」


その後、菊一は月冴の両親について話した。

ある日、二人は急いで仕事に出かけた。

その日は月冴の運動会があり急いでいたらしく、朝早くに家を出たらしい。

まあ朝早くと言っても八時頃だったらしいが、俺にとっては早朝だ。


仕事内容は簡単なもので、俺の受けた仕事よりも簡単な妖退治だった。 

しかし、その簡単な仕事が立て続きに続き、気づけば運動会は昼休憩の時間に差し掛かっていた。

菊一さん曰く、その時の駄々をこねる月冴にはかなり手を焼いたらしい。

来ることのない両親を待ち続ける月冴のことを。

死因は飲酒運転で暴走した運送トラックの衝突による事故死。

仕事終わり家に帰る途中、通っていた小道を出てすぐ猛スピードで迫るトラックに轢かれ即死だったらしい。

二人一緒に父親が母親を包む姿で轢かれ呆気なく死んだ。


そう、菊一さんは心にない笑みを浮かべながら説明した。

予想以上に酷な内容だ。

俺よりも、月冴の方が傷ついている。

そうやって考えたら俺はきっと生粋の善者になれたのかもしれない。

……中々にクソ野郎だな、俺は。


「すみません」

「良いんだ、君には知っておいてもらうべきことだからな」


沈黙の間俺は鼻の先を擦った。


「さて、次の質問だ。君は極夜を倒すという目標を持っていると聞いたが、これからどうしたい」


菊一さんはさっきの表情が嘘みたいに笑顔を作った。

さっきの話はさっさと流せと言っているように見える。

それで目標か。

俺が極夜を殺すという目標は今も変わりない。

それでその目標を果たすためにどうしたいのか、菊一さんはそう俺に聞いた。

さて、どうするべきなのか。

仕事を数こなす……能力を上手く使えない今一人で仕事は駄目だとこの前月冴に念を押されたばかりだ。

じゃあ能力の特訓ってことになるが、どうやればいい。


「まだ決まってないみたいだな」

「一応妖術を伸ばそうとは思っているんですが……」

「練習の仕方がわからないってとこか、なら丁度良い相手が欲しいな」


そう言うと菊一さんは立ち上がり、机の引き出しから何かを取り出してきた。

赤く、所々錆びたアンティークな古い小さな鍵のよつだ。

やはりこの屋敷には似合わない、この部屋のものなのか、それとも何処か別の所のものなのか……


「これを使って屋敷の北西側にある倉の中を調べろ、そこにある」


何とは言わない、多分わかりやすい物なのだろう。

何も質問することなくすんなりと受け取る。


「ありがとうございます」

「正直言って、今のままだと君は極度に勝てない。それはわかるな」


この人の言う通り今のままでは勝てない。

俺は大きく頷く。


「でも、これを使えばまだ極夜の腰程度までにはなれるだろう、だがそれも腰までだ」


つまり「後は自分の力量次第」そう菊一さんは言いたいのだろう。

本当に俺は極夜を殺すことができるのだろうか……違うな、

やらなきゃいけないんだ、自分の、ただの自己満足のために。


それから俺と菊一さんは少し話をした。

月冴はこの人のことを「昭和な人」と称していたが、そこまで頑固な感じてはなかった。

月冴から見たらこれが昭和な感じなのかもしれないな。

月冴は案外感受性の高い人間だ。

さて、話はこれくらいか。

俺は立ち上がり、ドアの方へと向かう。

そろそろ月冴を手伝わないと怒られそうだからな。


「もう行くのかね?」

「はい、直継と古水に勉強を教えないといけないもので」

「そうかそうか、それは大変なことだな」

「そうですね、正直大変です。お茶ありがとうございました」


俺はなんとか月冴菊一に認められることはできたらしい。

それが本心であるのかはわからないが、まあ表上は認められたということで良いのだろう。

つまり何が言いたいのかと言うと妖術師としてしか認められていないということだ。

まあ、あとは自分でなんとかすれば良い。

冷めたドアノブに手をかける。


「最後にもう一ついいか?」

「……なんでしょう」

「君は、極夜を倒した後どうするつもりかね」

「……それ、月冴にも言われましたよ」


笑顔で返す。


「そうか、ならあの子に言った内容とは別の回答で答えてくれ」

「そうですね……わかりません」


俺は菊一さんの返事を待たず部屋を出た。



* * *



縁側を抜け、青色の暖簾(のれん)を潜るとそこには畳と長机で勉強をする四人の姿があった。

奥には高そうな掛け軸と鮭を食べる熊の置物。

あの部屋からこちらに来るとまるで異世界だな。


「あ、火月にい」

「おお、終わったのか?」

「終わった……って、お前は何してんだよ」

「ただの屍のふり」


現実逃避か。

俺はため息を吐き一つ空いた横の席に座る。

一応お前の為に勉強会を開いたんだがな。

左前には甘夏が問題集をやっていた。

そういえば甘夏はここに住んでいるんだったか。


「甘夏は勉強できるのか?」

「はい、それなりには」


良かった、教える対象は増えると面倒だからな。

千早の方に目を配ると千早はちゃんと2Bで限界まで短くなった鉛筆を使い数学の宿題を解いていた。

小学六年生がこれで高校生二年生がこれか。

大したもんだ。


「おい、今なんか失望しただろ」

「多分それ『今』じゃなくて『さっき』だと思うよ」

「というか先輩はあんたにだけ失望しっぱなしでは?」

「なんでお前火月には先輩呼びなんだよ、もっと俺のことも敬えよ」


甘夏は再び問題を解き始める。


「あーもう、やればいいんだろやれば!」


わかりやすく釣れたな。

古水と甘夏のナイスなアシストによるおかげで直継のやる気に少し火が灯ったみたいだ。

そうだな、皆んな今やっているのは宿題みたいだし教えるのは後でいいか。

俺は再び立ち上がる。


「火月にいどこ行くの?」

「月冴の所だよ、元々は二人でお前らの昼飯を作る予定だったんだ」

「そうなんだ、私もこれ終わったら行っていい?」


千早の言葉に俺は頷き、先の廊下に見えた玉暖簾を潜る。

そこにはグツグツ鳴る鍋と何かを懸命に切る月冴の姿が一つ。

本当に主婦だな。


「月冴、何か手伝うことはあるか?」

「火月さん。うーんそうですね……そこの氷水の中にある卵の殻を剥いてもらえますか」

「わかった」


銀のボウルの中に茶色いの卵が数個浸してある。

冷たそうだ。

が、自分から言ったからにはやらなければいけない。

俺は右手を突っ込み卵を一つ取った。

角に卵を一二回ぶつけ、割れた場所から親指の腹を使ってメリメリと取っていく。

単純な作業だが意外にも綺麗に剥くのは難しい。


「手で押さえながら転がすと剥きやすくなりますよ」


ほう、そうなのか。

早速キッチンの上で卵を転がし剥いてみる。

確かに剥きやすいのかもしれない。

普段やらないからあまりわからないな。

一つ終わらせもう一つ取り出す。


いつもより会話が弾まない。

なんだか月冴の様子が少し変だ。

元気がないというか、何かを心配しているように見える。

らしくないのか、俺は落ち着きを取り戻すことができない。

我慢できない俺は月冴に質問をした。


「月冴、なにかあった?」

「……別に何もないですよ」


切った食材を鍋に入れ、今度は鍋を回し始めた。

その場には卵が剥ける音と鍋のグツグツという音しか残っていない。

気まずい、月冴と出会ってから初めて思った感情だ。

いつもなら明るい月冴が何か喋りかけてくれるのに今は何も言わない。


俺は無心で卵を剥きながら考える。

昨日までこんな感じではなかった。

だとすると原因は今日か昨日の夜になるが、イベント事で考えたらこの勉強会以外怪しいものはない。

だが、勉強会でここまでになるだろうか。

料理を作るのが面倒くさかった、それとも勉強会が当日になって嫌になった。

そんなこと月冴が思うわけない。

じゃあ勉強会以外の原因があるはずだ。

まさか俺が何か怒らせたのか?

いや違う、きっとこいつはこう思っているはずだ。


「もしかして、辞めるかもしれないとか思ってるのか?」


月冴は驚いた表情を見せ「はい」と一言だけ言った。

どうしてそんなこと考えたのだろうか。

俺はあいつを倒すまで辞める気なんてないのに。


「どうして、そう思ったんだ」


深呼吸をした後俺にこう説明した。

簡単に言うと、菊一さんは今まであの面接で合格者を出したことがない。

つまり月冴が合格だと言っても菊一さんが最終的に認めなかったら妖術師として認められたことにはならない。

なるほど、それでそんなに心配そうだったのか。

確かに俺も妖術師になることは当たり前だと思っていたからそんなことを心配される発想はなかった。

少し俺が落ち着きすぎていたのか。

だが、なんというか思った以上に可愛い内容だったな。

心の中で少し笑う。


「昨日お爺ちゃんに厳しく火月さんのことを言われて、そう思ったんです」

「そうか、でも菊一さんは月冴の言うほど怖そうな人では無かったぞ。それに、俺はその程度で逃げるような奴じゃないだろ?」

「わかってます、わかってますけど……」


だいぶ心配させていたようだ。

俺が心配されるなんてこと無いと思っていたんだがな。

まあこういう時は心配させた方の負けだ。

きっぱり謝ろう。


「すまんな、心配させて」

「……大丈夫です、私が信じていなかったから」

「いや、色々あるもんだ。そうだなあ……月冴来週の日曜日は暇か?」


月冴は唐突に出された俺の発言に見えないハテナマークを浮かべる。

それだけ言って理解してもらうつもりはない。


「来週の日曜日ですか? その日ならお仕事が午後にあります」

「じゃあ、その日の午前どこかに行かないか? もちろん仕事も手伝う」

「そうですか、ありがとうございます」


持っていたお玉を鍋に戻す。

手を洗い、タオルで水滴を取る。

再び俺の方を見る。

そして、まつ毛がピクピクッと動き瞳は段々と輝いていく。


「本当に行くんですか?」

「本当だ、嘘はつかない」


月冴の脳はきちんと理解したみたいだ。

月冴の心配そうな顔は消え子供のようにはしゃぎその場でステップを踏み、今度はポケットに入れていたスマホで予定を記録し始めた。

たまに出る、月冴の子供らしい一面だ。

ただ、喜んでくれているのならそれでいい。


「どこに行きましょうか!」

「どこか行きたい所は?」

「えーとそうだなあ、水族館がいいです」


水族館か、近場で言うと池袋だな。

俺は返事を返し頷いた。

たまに少しの休息があったって構わないだろう。


「ありがとうございます!」


俺の氷水で冷たくなった手を遠慮なく暖かい手で包み込み、勢いよく縦にブンブンと振った。

そんなに嬉しかったのだろうか。

こんなもので、喜べるものなのだろうか。

いや、やめよう。

月冴は俺と違って笑っていた方が良い人間だ。

それでいい。

月冴は鼻歌交じりに料理を始めた。

なんとなくだが、久しぶりに楽しいと少し感じた。


そう思いながら視界の端に見える千早に目を向ける。

不貞腐れた顔の千早が角からひょこっと顔を出していた。

怠惰な高校生の次は鋭い小学生か、釣りすぎるのは色々とあまり良くないみたいだ。


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