第六十六話
「あの…特にないみたいです」
「一つもか…一つもないのか!?」
そのまさかだった。王様に会うと寝室に連れて行かれ、悪いところがないか見てほしいと頼まれた。一応、念には念を入れて、よく見てみたが、やはりなにもない。悪いところがないのだから、喜ぶべきなのに凄く残念そうな顔をしていた。
「…もしかして、気持ちいいからやってみたいとかそんな事はないですよね?」
「ああっ…! …そっ、そんなことはない」
「…では、部屋に戻りますね」
「待ってくれ! もう一つ話があるんだ。まあ、座ってくれ」
「…話ですか?」
僕はふかふかで座り心地のいい、豪華な椅子に腰掛けた。王様はベッドから起き上がり、窓の外を見た後に椅子に座った。
「ああ、真面目な話だ…。今回の戦いで私は回復魔法の必要性を大きく感じた。…君がいなければ間違いなく私は死んでいた。…改めて礼をいう。本当にありがとう」
「いえ…」
「そこで…ここからが重要なんだが…。実は、考えていることがあってだな…」
「…考えていることですか?」
「…竜族と魔族が戦争をしているのは知っているかね?」
「はい…」
「今の所、私達は戦争に参加する気はない…と思っている。だが、アリスの件もある…。いつまでもそういうわけにはいかないかもしれない……」
「…はい……」
巻き込まれるかもしれないってことか…。
王様は深刻そうな顔をして、目線を下にやった。国を背負っているというのは、僕には想像ができないくらい大変なことなのだろう。沈黙がいつも以上に長く感じられた。
「……そこでだ…。君に…新しく創設する回復魔法部隊…。いや、回復魔法師団の師団長をやってもらいたいのたがどうだろうか?」
「…しっ、師団長ですか!?」
「ああ…。王国を救ってくれた君が師団長をやるというなら、誰も反対はしないだろう」
僕はカッコいい服に身を包み、部下たちを引き連れていくのを想像していた。
悪くない…。師団長…。…なかなかいい響きだ…。
「そうですね…」
…っていうか、アナスタシアさんが、いってたのはこれのことか……。
「……やってくれるか?」
「でも…僕なんかが…」
王様は真剣な眼差しで見てきたが、僕に部下の命を背負って戦うことなんてできるのだろうか。少なくとも即答できるようなことではない。それに…。
「…まぁ、そこまで難しく考えなくていい。君専用の独立師団だと考えてくれればいい…」
「僕専用の独立師団…」
なかなかいい響きだ…。すごく…すごく…いい…。
「ああ…」
「でも、やっぱりおかしいですよ……。反対意見が一つもでないって…。部下の人だって急に困るだろうし…。…なにか隠してませんか?」
王様は痛いところを突かれたような顔をして、硬い表情になった後に笑って誤魔化そうとしていた。なんかこういうところは、アリスとそっくりだと思ってしまった。
「なにもないよ…。なにも…。誰も反対意見を言う者はいなかった…。はははは…」
「…では、話はこれまでということで……」
僕が帰ろうとすると、王様はガッと僕の腕を掴んで話そうとしなかった。僕はもう一度、椅子に座った。王様は小さな声でなにか話していた。
「…わかった…。正直にいおう…」
「…はい」
「……しかいない」
「あの…聞こえないんですが…」
「……今の所は君しかいない」
「ぼっ、僕だけ!?」
通りで反対意見が出ないわけだ。カッコいい服に身を包み、一人で立っているのを想像してみたが、淋しげな風がヒューっと吹いている姿を想像してしまった。
「勘違いしないでほしい…。それほど、君のような存在は貴重なんだ…。君に一から作っていってほしい…。…頼めるかな?」
うーん…。少しの間ならいい気もするけど…。でも…。
「…ありがたい話ですが、お断りします……」
「なぜだ!? 報酬や家も用意する! なにが不満なんだ!?」
「いや、あの…。回復魔法を教える事ができないんです…」
「なるほど…。秘密というわけか…」
「いや…そうではなくて…」
「頼む…」
…なんていえば、正解なのだろうか? まぁ、全部正直にいうか…。ゲームもキーマンにはすべて話していた方が後々うまくいくしな…。
「正直にいいますと、この魔法は貰い物で使い方も教えれるようなものではないんです…」
「…やはり、回復魔法はそうなのか……。君ほどの術師ならなにか知ってると思ったが…。だが、教えなくてもいい。君ほどの術士はそうはいない! この国に残ってくれ!」
王様は頭を深く深く下げた。ここまでされてしまうと断りづらかったが、一呼吸置いて丁寧に答えた。
「それと…できない理由がもう二つあります」
「…なんだ?」
「まず一つは魔族の国の四天王…。その内の二人を倒しました…。ですから、僕がここにいれば後々厄介な事になります…」
「なっ…!?」
王様は急に立ち上がり、しばらく口が開いたままだった。予想通りかなり驚いているようだった。
「…ただ、倒さなければ近くの村が消されていたかもしれません。…アリスを誘拐しようとしていたゴブリンを倒すと、すぐに現れたので、恐らく四天王の一人…黒騎士が裏で糸を引いていたんでしょう。もう一人についても……」
……確か…倒したんだよな……。なにか…忘れてる……?
「そうか…。寿命が縮まりそうだ…。…ちなみにもう一つはなにかな? もうなにを聞いても驚かない自信はあるよ。はははっ…」
王様は少し疲れた様子で椅子に座り、お茶を飲んでいた。落ち着いた事を確認すると、僕は話を続けた。
「…信じてもらえるかわかりませんが、この世界はこのままいくといずれ…何者かに破壊され崩壊します。それを防ぐ為に原因を探しているんです。…こんな話を急にしても信じてもらえませんよね?」
「…驚きを通り越したよ。にわかには信じられんが、四天王を二人も倒す実力…。そして、あの見たこともない回復魔法の使い手だ。…一応、聞いておくが、私の話を断るために嘘をついている訳ではないのだな?」
「はい…。ただ、誰が原因で…この世界が崩壊するのかもわからないのが現状です。今…話せるのはこのくらいです」
しばらく沈黙した後に王様は話しだした。絶対に信じてくれないと思ったが、王様は僕のとんでもない話を信じてくれたようだった。
「……わかった。我が国も非公式だが全面的に協力しよう。…ただ、君が上手く解決したら、さっきの話も考えてくれ」
「わかりました。そういえば、アリスとご飯を食べる約束をしていたんで…。そろそろ行きますね…」
「ああ、アリスには君かシオン殿をつければ、王都の付近ならどこに行ってもいいと言ってある…。今頃はドレスを脱ぎ捨てて、冒険者みたいな服を着ているだろう。はぁー、誰に似たんだが…」
王様の方を見ると肩を落とし、深いため息をついていた。流石に可哀想になってきたので、今度アリスには心配をかけるようなことは控えるよう注意しておこう。




