第四十四話
「むっ、むかし、傭兵だったんだ…。でも、そんな生活が嫌になってさ…。作家になって一発当てようかなって思ったんだ」
「ふーん…」
「へー、アルって作家を目指してたんだー。今度、読ませて〜」
のっ、能天気なやつめ…。お前のせいで、こっちは色々とヒヤヒヤしてるんだぞ!
アリスはこっちの気も知らず、能天気にニコニコしているが、反対にシオンさんは、更に表情が厳しくなっていった。
「なるほどな…。まあ、気持ちはわかるよ。ただ、君は私にボディーガードを依頼しようとしてたけど、私はボディーガードのボディーガードをする気はないぞ」
「いや、それは…その…。アリスのボディーガードが終わってからの話で…。色々と事情が…」
「ふーん…。事情…ね…」
まぁ、確かにそんなよくわからない状況なら、僕も断るだろう…。仕方ない…。誤魔化しながら、少しだけ説明しておくか……。
「…シオンさん」
「…なんだ?」
「…秘密にしてほしいんですけど、俺は魔物やモンスターがあまり倒せないんだ」
僕があまり触れてほしくない感じをだして言ったのに、アリスはなんのためらいもなく、話さなくてもいいことを次々に話しだした。本当にこいつの口にチャックをつけたい。
「えっ、そうなの? でも、倒してたわよね?」
全くこいつは…。話をややこしくしやがって…! 完全にシオンさんが疑ってるじゃないか…。
「…どういうことなんだ?」
シオンさんはメニュー表を閉じて、テーブルに置いた。どうやら、この話が片付くまでは、注文はしないようだ。僕は目の前のコップを手に取り、水を少しだけ飲んだ。
「……あの時は緊急事態で…。…そうだろ…アリス?」
「まっ、まぁ…確かに…アルがいなかったら、とんでもないことになってたかも…」
「ふーん…」
「なんていうか…あまり詳しくは話せないんですけど…。仕方なく戦っただけで…俺は戦闘向きじゃないんです…」
「そうなの? じゃあ、なんでボディーガード引き受けたの?」
アリス…。おっ、お前は敵なのか…。
僕がなんとかして、誤魔化そうとしていたのに…。もう…頼むからだまってくれ……。黙ってください…。…お願いします……。
「私もそれは知りたいな…」。
「かっ、簡単にいえば、僻地からでてきたんで、このあたりの情報が欲しかったんです…。生活の為もあるし…小説の題材にもさ…」
「…それで?」
「それに倒せないって訳じゃなくて、倒したくないってのが正解で…。極力戦闘になりそうなら、空を飛んで逃げようと思ってたしさ…。アリスだって困ってたし、なにかの縁だと思って…。…アリス、ここはギルドがあるし他の人に頼むかい?」
「うーん…。あなたでいいわ…。アルが強いのは知ってるし…。なにより楽しいし…」
「そっか…」
納得してくれたかどうかシオンさんの顔を恐る恐る確認すると、何故か目を見開いて驚いていた。なにか変な話でもしてしまっただろうか? 特に驚くようなことは話していないつもりだが、僕には検討もつかない。
「待ってくれ…! 今、空を飛ぶとか変なことをいわなかったか? なにかの比喩か?」
「…そのままですよ。魔法で空を飛べるんです」
店の天井を指差すと、シオンさんはきれいな黒髪をクシャクシャにして、頭をおさえていた。どうやら空を飛べることに驚いていたようだ。まぁ…僕の世界で、そんな事できるやつがいたら、それ以上に驚く自信はあるけど…。この魔法が使える世界でも、ギルドの有名人が驚くくらいなら、やっぱりこの魔法は珍しいのだろう。
「…信じられん。そんな事ができる人間がいるのか? 魔法に特化したエルフ…魔族ならまだしも…人間が…」
「シオンさん、本当ですよ。私も一緒に飛んだんで間違いありません」
シオンさんは少し黙り込んだ後にメニュー表を取り、呼び鈴を鳴らした。シオンさんの表情を見る限り、まだ完全には納得いってないようだったが、料理を頼むってことは少しは話が片付いたってことでいいのだろう。なんだか安心すると少し小腹が空いてきた。
「…先になにか頼もう。…君達、まだお腹に入るかい?」
「…まだ、俺は腹六分ってとこだな。アリスは、どうだ?」
「私も、もう少しなら入るわ。腹九分よ」
もうギリギリじゃねえか…!
「なら適当に頼んでおこう。食べきれなかたら私が食べるから気にしないでくれ」
「わかりました」
それから僕は食事を取りながら今までの経緯を説明した。当然、転生したことや四天王を倒したこと、アリスが実はお姫様ってことは隠してある。
「それでこのギルドがある街に… 。…アリス、どうしたんだ?」
今度はギルドの話をしようとすると、アリスは胃のあたりを押さえて立ち上がった。お酒は飲んでないはずだが、少しふらついている。
「ごめん…。私…先に宿に帰るね。こっ、これ以上、食べれない」
こいつ、無理して食べるから…。まぁ、それだけじゃないか…。
「一人で帰れるか? 無理そうだったら、俺も一緒に帰るぞ?」
「すぐ近くだし、大丈夫だよ」
「そうか…。じゃあ、おやすみ…」
「うん…。シオンさんも今日はありがとうございました。とっても、くるっ…楽しかったです」
「くるっ? ああ、私も楽しかったよ」
「それじゃ…」
アリスはもの凄く悔しそうで苦しそうな複雑な表情をして、お店をでていった。口では大丈夫といっていたが、どうも大丈夫ではなさそうだ。やっぱり宿屋まで連れて帰ろう。
「シオンさん、すいません。アリスを送ってきます。ちょっとだけ待っててくれませんか?」
「わかった。料理を食べて待ってるから、気にしなくていいよ」
「ありがとうございます」
店から出てアリスを探すと、宿屋の方向へフラフラとお腹の辺りをさすりながら、かろうじて歩いていた。車のようなものは走ってないが、あのまま放置していたら危なかったかもしれない。
「…アリス、大丈夫か?」
「だっ、大丈夫よ。うっぷ…。今のは危なかった。ふぅ…。ははっ…。今、もうちょっとでで…ゔぇろろろ…」
「おっ、おい!?」




