第三十五話
「ふぅ…。詰め終わったな…。よし、帰るか…」
「まっ、まてっ!」
博士は息を切らせながら走ってきた。なぜか手には封筒を持っている。急ぎのものをポストにでも入れてほしいのだろうか?
「……忘れ物ですか? 仕方ない…。…今回はサービスですよ」
「はぁ…はぁ…。…バカ者! 忘れ物はお前じゃ! 完了届けがいるじゃろ! …ついでにこれじゃ!」
「えっ、えっと……すみません。……なんですか、これ?」
一つは完了届けと書いてある。もう一つは白紙の封筒だ。
「よいか? 受付に二つとも渡すんじゃ。絶対にお前が封筒を開けるなよ。もし、開けたらコーラを全部返してもらうからな!」
「わっ、わかりましたよ…。じゃ、帰りますね…」
僕がフワフワと浮くと、あの時のアリスと同じように博士は驚いていた。やはり、この魔法は珍しいのだろう。
「とっ、飛べるのか!? それで…あんなに早かったのか…。本当にお前は不思議なやつじゃな…」
「じゃあ、いきますね…。ありがとうございました」
「…まっ、まて!」
…ん?
突然、博士に大声で呼び止められたので、僕は驚いて勢いよく急ブレーキをかけた。もう少しでさっき飲んだコーラが、元に戻るところだった…。僕は胸の辺りをさすりながら、ゆっくりと博士のところに下降した。
「僕…まだなにか忘れていますか?」
「…今度はワシが忘れていた。感謝の言葉を伝えるのをな…」
「そっ、そんなのいいですって…」
「いわせてくれ。本当に…本当に…ありがとう…。これで約束が果たせる。妻との約束をな…」
「奥さんがいたんですね……」
「ああ…。今はあそこで眠っておる…。後であのコーラを飲ませてやらんとな…」
博士は庭先を見つめて少し悲しそうな顔をしていた。そこには、沢山の花に囲まれた小さな小さな墓標がたてられていた。
「……喜んでくれますかね?」
「まぁ、そこそこじゃろうな! あいつはワシより厳しいからのー…。…はははっ! まぁ、更に改良して最高のコーラを作ってみせるわい」
「…その時は飲ませてください」
「…バカ者! …いつでもこい!」
「…はい!」
僕は心の奥がムズムズとするような、なんとも言えない妙な気持ちでギルドに戻り、受付のお姉さんにクエストの完了報告を行った。
「…お姉さん、終わりましたー」
受付のお姉さんは僕の方をじっと見ると、優しく微笑んだ。…というか…なんというか……。これは…まるで…。
「……」
「…あの……」
捨て犬を見るような哀れみの眼差しだ。受付のお姉さんは受付台に置いた封筒を少しも見ずに僕の手を取ると優しい言葉をかけ始めた。
「落ち込まないでください…」
「…えっ?」
「苦情の処理は私の方でやっておきますから…。まぁ、最初は誰だって失敗しますし…。大丈夫ですよ…」
「あっ、あの…」
「……ほんとはだめですけど…。次回だけは少し割のいい仕事を斡旋しますから…。…皆には内緒ですよ…?」
「いっ、いや…」
「……わかってます…。なにもいわなくてもわかってますから…。だから…ほら元気だしてください! …もう…人生が終わったなんていっちゃだめですよ!」
「……ちっ、違います! クエストが終わったんです!」
「……はい?」
「クエストが無事に完了したんです…」
僕の返答はあまりにも予想外だったのだろう。受付のお姉さんは僕の首根っこを捕まえて小声でとんでもない事をいいだした。
「そっ、そんなわけないでしょ! まだ、一、ニ時間くらいしかたってないのに!」
「本当ですって…。これが…完了届けです」
「…まっ、まさか……。…完了届けを偽造したんですか!? はっ、犯罪ですよ!? 牢屋にでも入りたいんですか!?」
「ひっ、人聞きの悪いことをいわないで下さい!」
「…というかそんなことしても中を見れば……。…あれ?」
お姉さんは封筒をビリビリと破ると中の紙を取り出して光に透かしたり、紙質を確かめたりしていた。調べれば調べていくほど、お姉さんの表情は段々と曇っていった。
「……本物でしょ?」
「たっ、確かに本物みたいですけど…。…いっ、今なら許してあげますけど、この装置に通して偽造がわかったら本当にかばいきれませんよ?」
僕は完了届けを手にとりコピー機のようなものにのせて、それらしいスイッチを押して紙を通した。すると、青色の光がスッと柱状に浮かんだ。




