第百三十一話
「……あれ? …落ちてる?」
辺りはなにも見えないし、なにも聞こえないが、さっきまでいた部屋じゃないのはわかる。なにもできないまま、じっとしていると静寂が僕を包み込んでいった。不気味な浮遊感を感じ、辺りのものに捕まろうとしたが、なにもない。魔法を発動しようとしてもダメだ。どうしようかと混乱していると、ズシッと地面についた感触がした。
「いたたっ…くないな…」
やはり夢のようだ。ただ、いつも見ている夢のどれとも違う。いつもだと適当な登場人物がでるのだが、今回はそれがない。まぁ、夢と認識できればあとは目が覚めるのを待つだけだ。
「…なんだ?」
前方に青い光が儚げに輝いているように見えた。なにかが引っかかり、どうしてもそれを間近で見たくなった。さっきはパニックになってたが、落ち着いた今ならもう魔法を使えるだろう。
「…ファイ……、リカバリー!」
一瞬、炎でもつけようかと思ったが、現実世界で寝ぼけて発動してしまうのを恐れて、キラキラと光るリカバリーを発動した。特に治すときもないので、現実世界で仮に発動してもこれなら問題ないだろう。そんなことを思いながら、前方に進むと意外な場所に立っていることに気付いた。
「これは…ウィンディーネ……。…ってことはあの部屋…!? …まずいっ!」
反射的に勢いよく部屋からでたが、辺りをもう一度よく見ると似ているが、少し違うようだ。
「…って、これ夢じゃないか……。…ん? あれは…」
部屋の中央に浮遊している妙な物体が目に入った。先ほどから青く光るその物体はまるで僕を呼び寄せてるようだ。ゆっくりと近づいてそれを手に取ると、目の前がバチッと発光し、別の場所に来ていた。
「…ここは…教会の隠し通路?」
まぁ、夢だからなんでもありなんだろうが、さっきまでいた部屋は消えていた。とりあえず、目の前の螺旋階段を上がってみたが、井戸のところが塞がっていて出ることはできないようだ。夢なのに妙に融通が利かない。僕はもどかしさを抱えながら、教会に向かった。
「…こんな部屋だったかな…」
見覚えがあるようで見覚えのない部屋だ。とまっていた大きな時計もカチカチと動き、時を刻んでいる。まぁ…人の記憶なんて曖昧なもんだろう。僕の頭が都合よく補完しているのかもしれない。
「…外にでてみるか」
「…待ちなさい!」
「…アリス? いや…」
「…まさか…こんなところで会うなんてね……。…もう会わないと思ってたのに…」
「………アッ、アーデル?」
夢のなかに現れた彼女は邪悪さが消えて、落ち着いていた。ただ、妙な夢だ。一瞬だったが、不気味なほどアリスによく似た姿にみえた。
「…貴方がそれを拾ってるなんて…運命のイタズラにしては出来過ぎかしら……」
「…それ?」
「…それよ。…ん? よく見ると少し違うようね…。……なるほど…リカバリーのせいか……」
「……これなんなの?」
アーデルの視線の先は僕の右手をみていた。いつの間にか、僕は拾った携帯ゲーム機を握りしめていたようだ。
「かつて…この世界に絶望し…この世の全てを地獄の底に落とそうとした者の力…。貴方のリカバリーによって存在しない幻想が具現化したもの…」
「…これが? …だっ、大丈夫なのか?」
「大丈夫よ…。今はただのゲーム機…。それに…いつか貴方に渡そうと思っていたものよ…。…っと、いっても…これは……。まぁ…この話はいいか…。…ちなみにどこで拾ったの?」
「…猫の王国にある遺跡だよ」
「…猫? …ああ…あの国ね……。かつては神獣と恐れられたものも今じゃただの猫か…。…感慨深いものね」
「……なぁ…アーデル。…もうやめないか?」
「…先にいっとくけど、私は私ではないわ……」
「…俺の夢の中なんだから、俺のいうこと聞けよ!」
「……せっかくだから少し歩きましょ?」
僕は携帯ゲーム機をすぐにポケットの中にしまい、アーデルの後についていった。大広間に出ると、ここも雰囲気が少し違って、全体的に真新しい。なりより、確かにそこにあった神様の銅像はなぜか消えていたのだ。
「…俺の深層心理から察するに…あまりに頼りないから消えたってとこか……」
「…違うわよ……。ここは過去……。二千年くらい前かしらね…」
「二千年…って……。…おっ、おい!」
アーデルはそそくさと扉の前に立った。扉を開けると巨大な銀色の羽の生えた天使のような獣が暴れわまり、住人達を襲っていた。僕は急いで剣を抜こうとしたが、次の瞬間には銀色の獣が大きく口を開き、僕とアーデルをパクリと飲み込んだ。辺りは真っ暗だが、アーデルの姿だけは見える。
「…街を襲っていたのは神の残骸……。彼等は神から与えられた使命を忠実にこなす…。機械のような生き物よ…。…聞いたことはあるかしら?」
「…そいつらは勇者とやらがなんとかしたんだろ?」
「そうね…。それでユグドラシルは止まったままのはずだった…。…だけど、ある出来事をきっかけにユグドラシルは未完成ながらも未来で動き始めてしまった……」
「……未来?」
「…今のは忘れて……。今のあなたにいえることはそこまでないの……。…これ以上、影響を与えたら、全てが崩壊するわ…」
「……これ…夢なんだよな…」
「…ええ……夢よ…」
次の瞬間、僕達はなぜか宿屋のベッドの中で寝ていた。月明かりが彼女を照らすと微笑んだ。
「……」
「……」
「…少しドキドキするわね」
「……」
「…隣にこんな美女がいるのよ? …なにかいったら?」
「……少し思い出した……。…アーデル…君は……」
「……私には過去も未来も現在もない…。あるのは少しの思い出だけ…」
「……アーデル…なにをする気なんだ…?」
「…夢の住人にそんなこと聞いてもいい答えは返ってこないわよ? ここにいる私は現実世界にいる私じゃない…。あなたを知ってる私はもうどこの世界にもいないの…」
「……」
「でも…そうね…。ここまで来たご褒美に…今回も一つだけ答えて上げる…。…きっかけのことでも…ユグドラシルのことでも、ラスボスのことでもね…。…キスの味でもいいわよ?」
僕は少し考えた後、起き上がった。夢のような世界だけど、今ならわかる…。でも…この出来事も忘れてしまうなら…。
「…き……」
「…き…?」
「…君を救うにはどうしたらいい?」
「…ふんっ…。なんだ…キスかと思ったのに…。私は救えないわ…。残念ね…キスのほうがよかったんじゃない?」
「……おかしいな。……アリスに成り替わるんじゃなかったのか?」
「……ハメたわね」
「…なんのこと?」
「…ふふふっ……はっははは…」
「…くくくっ……はっははは…」
二人で笑いあったあと、静かに目を合わせた。僕はもう一度同じ質問をすることにした。
「…どうせなにを聞いてもはぐらかすつもりだったんだろ?」
「…さぁ…どうかしらね?」
「……本当にないのか?」
「……もうわかってるんでしょ?」
「……わからないよ」
「…やさしいのね。…さて…そろそろ時間………。……動揺したら貴方の負けよ?」
「はっ? なにいって…。おっ、おい! …んんっん!? おっ、お前!?」
「…んっ……!」
アーデルの唇が僕に触れると、フワフワと僕だけが浮かび上がった。アーデルの右手にしがみついたが、彼女はゆっくりと手の力をゆるめていった。
「…なんだ…体が!? アーデル、手を離すんじゃない!」
「…今回もやっぱり私の勝ちね!」
「…なんか顔赤くないか?」
「…赤くないわよ! それに私は動揺してもいいのよ!! ……負けましたは?」
「おいっ、こんなときにふざけてる場合じゃ…!」
「……」
「……涙は反則技だろ…」
「……うるさい…。…負けましたは?」
「……わかった…。…負けたよ」
「じゃぁ…罰が必要ね……」
「……」
「………次は貴方が勝ちなさい…。…約束よ」
彼女の手から完全に離れると、闇の中に閉じ込められた表情は段々と見えなくなっていった。
「……わかった。…約束する。…だから…未来で待ってろ! …アーデル!!」




