第一話
僕は高校時代に友達も作らず部活も帰宅部で親に怒られながらゲームばかりやっていた生粋のゲーマーだった。好きなゲームはRPGでクリアしたゲームは100をゆうに超えた。
そんな僕も何とか高校を卒業し社会人となった。そして、社会の厳しさ、いや...闇を知ることとなった。僕の成績では、優良企業になんて入れるわけなかったのである。朝は6時から帰りは23時、休みは5日、こんな会社入った人間はすぐに辞めてさらに残業時間が増える。そんな生活を10年続けていた。
正直、ゲームばかりして後悔がなかったかと言えば嘘になる。ただ、あの輝かしい思い出はなくてもいいかと言えばそうでもない。あの主人公やあのヒロインに出会えたからこそ今がある。
ただそんな僕も今日は、かなり残業がひどく帰ったときは0時を過ぎていて少し涙が出てきた。
なぜこんなブラックな会社を辞めないのかというと...そう答えは一応残業すれば残業代はでるからだ。それに仮にここを止めたとしても次が好条件だとは限らない。更に悪くなる可能性だってある。
なんか夢ないのって聞かれることもある。夢か...毎日ゲームして過ごしたいなんて事を言えば笑われるのだろう。
...まあ、少し真面目な話をすれば高校の進路相談でゲームを作りたいなんて書いたような気がする。ただ、それに関しては実は既に叶っているのである。
そう、今の会社だ。
今の僕はモンスターや魔物ではなくコードやバグ達と戦っていた。まあ、ブラックな面も言ったが、この会社も悪いところだけではない。お菓子やジュースは別に仕事中飲んだり食べたりしても問題ない。あまり、ベトベトするお菓子はキーボードが汚れるので食べないがケーキを食べる人だっている。
後はまあ、これは良い点か悪い点かはわからないが、僕以上に変わった人が多い。例えば仕事中に呪文のようにコードを唱えたり、うまくコードが走るとやっと倒したぜとか言ったり、エンターキーを叩きつけこれで終わりだ!とか決めゼリフを言ったりするやつもいる。
周りはそんな人達ばかりなので意外にゲームの話とかアニメの話とかで合ったりする。
「よし、やっと家についた。もう、眠いし今日は飯を食べずにもう寝よう。」
僕は家にたどり着くと疲れてベッドに倒れ込み意識を失ってしまった。
まさかこの後にあんなことになるなんてこの時の僕は夢にも思っていなかった。
「……ここは夢?」
そこは綿菓子のようなピンク色の雲が無限に広がる不思議な空間だった。
「やっと、起きました?」
可愛らしい声の聞こえる方へ振り向くと、淡い水色のフリルをつけた小学生くらいのピンク色の髪の毛の女の子が立っていた。
「俺、疲れてるな。夢を夢と自覚するぐらい変な夢を見たのは子供の時ぐらいだ。流石に小学生には興味ないぞ…。だが、これは俺の深層…」
僕が実はロリコンなんじゃないかと思っていると、彼女は言葉を遮って声を荒げた。
「まず私は小学生ではありません! 神様です! あなた疲れすぎて…今、死の淵にいるんですよ?」
「……ふーん」
「驚かないんですか?」
「まあ、夢だし…」
「まあ、皆さんそういうんですけどね。生きてるのが当たり前なので…。ですが…」
彼女はぶつぶつと念仏のように小言を唱え始めたが、僕は聞いていなかった。辺りを見渡すと静かでなんとも心地よさそうないい感じの空間だ。早く話を終わらせて寝よう。
「…で? …死神様がなんのよう?」
「死神じゃないです! むしろ生神です」
「…それで? 生神様がなんのよう?」
彼女は大きな溜め息をついて、腰に両手をあてた。幸せが逃げていきそうだなぁなんて思っていると、彼女はだるそうに口を開いた。
「…はぁー。…もういいです。簡単に説明しますね。今、私が管理している世界が何者かに破壊されそうなのです。それをなんとかしてほしいのです。まずは…」
「……」
話長いな……。やばい…眠くなってきた…。
僕はピンク色のふわふわとしたクッションのような雲に寝っ転がった。なかなか反発力が強い反面、不思議と体に馴染むように沈み込んだ。寝た事はないけれど、高級ベッドと比較しても引けはとらないだろう。……たぶん…。
「つまり……」
「……」
…気持ちいい。夢の中でも深く眠れそうだ……。
「…ということなんです。…って、何寝てるんですか!?」
「残業続きで眠いんだよ…。せめて、夢の中くらい…」
「寝てもいいですけど、まずは私の話を…!」
「…やだよ。めんどくさい。自分でやればいいじゃん。僕はもう一眠りするから……」
「……そっ、それが出来ないから困ってるんです! 話を聞いてくださいぃいーー!」
彼女は寝っ転がった僕に近づいて、僕の体をブンブンと揺さぶった。しかし、僕はそれに抵抗して閉店時のシャッターみたいに目を閉じ続けた。だが、その努力も虚しく、結局彼女に無理やり起こされてしまった。
「……やっ、やめろ! 話聞くから!」
「はぁ…はぁ…」
「せっかく気持ちよく寝れそうだったのに……。…それで…なんで俺に頼む必要があるの?」
「それがルールなんです」
「…ルール? 俺…ルールに縛られるの嫌いだな。別に俺以外でも…」
「…あなたにもメリットがあります。もし手伝ってくれたら生き返らせます」
「……それはルール違反じゃないの?」
仮にでも人が一人死んだんだ。それを生き返らすなんて世界のルールに反するんじゃないのか? ……設定甘いな…僕の夢も…。
「全く問題ないです。あなた一人生き返らせたところで世界になんの影響もありません」
「……多少はあるだろ?」
「全くありません」
「…ほんの少しくらい……」
「ありません」
僕は彼女のあっけらかんとしたその態度に少しカチンときた。流石に夢の中にしても、言っていい事と悪いことがあるだろう。僕は少しイジワルな事をしてやることにした。
「じゃあさ、そんな影響もない人間を送ってなにになるの? …ぷっ、神様って俺よりバカなのかな……。…っていうか、本当に神様なのかなぁ?」
「…私は神様です」
「……バタフライエフェクトって知らないかな?」
「…バタ…フライ? エビフライの仲間ですか? なぜ急に食べ物の話を…?」
「ははっ…違うよ。バタフライエフェクトってのは、ほんの小さな影響でも大きな影響になるって……。まっ…子供だから知らないか~…」
「……こっ、子供!? 私は子供じゃありません。これでも私は…」
「…なるほどわかったぞ! 子供じゃないなら、ポンコツ神だな」
「……ポン…コツ…神………?」
………自分の夢相手に何を向きになってるんだろう。
僕は自分の行いを少し悔いていると、彼女はふわふわと浮き始め、表情も変えず僕に近寄ってきた。
「…ん? なんだ…急に近寄ってきて?」
「…本当はこんな事はしたくありませんでした。ですが、信じて頂くには仕方ありません……」
柔らかい小さな手が僕の頬に触れ、彼女は顔を近づけてきた。…まさか、色仕掛けか!?
「…まっ、まてっ!? 顔が近い! 俺はロリコンじゃ…!」
「…この哀れな子羊に…神の裁きを……。……うぉりゃあああ!」
「…なっ!? …なにする!? …やめっ!? …ん? ……いたっ…。ちょっ、ちょっと離せって…! いただだ!! …やっ、やめろっぉおお!!!」
急に顔を近づけてきたので、変な事でもされるのかと思っていたら、僕の頬を原型がなくなるくらい容赦なくつねってきた。その痛みは凄まじく、僕は情けない声を上げてしまった。
「……ふぅ…すっきりしました……」
「…うぅっ………」
「ごほんっ…。ほんとーうに心苦しいかったのですが…どうしても貴方に信じて貰うにはこうするしかなかったのです。なにせ…私はポンコツ神ですからね…!」
「…よっ、よくもやってくれたな! めちゃくちゃ痛かったぞ!ほんとにめちゃくちゃ……」
…痛い?
腫れ上がった頬がジンジンと痛む中、僕は彼女に文句を言おうとしたが、言葉に詰まってしまった。
…なぜ夢なのに痛いんだ? …ははっ…まさか……。
「…これで信じてもらえました? おバカさん?」
「……俺…本当に死んでるの?」
彼女は僕の問いに対し、コクリとうなずいた。僕はその事実にただただ愕然するばかりだった。
「…話…真剣に聞きます?」
「……はい」