アル③
狭い――
俺の宣言通り、バスタブは窮屈で、二人がやっと浸かれるほどの大きさだ。
リューネは俺に背中を預け、無防備に湯の温もりを受け入れている。
さっきまで震えて泣いていたのが嘘のように、ふわりと力を抜いている。
俺はやれやれと息を吐きながら、リューネをじっと観察する。
間近で見る彼は、髪や瞳の色を差し置いても、その美しさは隠しようがない。
長い睫毛は湯気に濡れ、そっと揺れている。
大きな瞳はどこかぼんやりと宙を彷徨い、小さく整った鼻筋はほんのり赤みを帯びていた。
やや小ぶりな唇の端が、ゆるりと力なく緩む。
――もし、王女として生まれていたなら、国が傾くほどの美貌だろう。
「おら、そろそろ出るぞ。のぼせちまう」
ぼんやりとしていたリューネに声をかけ、湯から引き上げる。
大きめのバスタオルを巻きつけてソファへ座らせると、髪のリボンを解き、頭にもぐるりとタオルを巻き込む。
全く抵抗もしない。
「身体拭いたらこれに着替えろ。大きすぎると思うが、文句なしな」
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「アルさんの匂いがします」
「……俺の服だからな」
言われてみれば、当然だろう。
俺の服はやはりリューネには大きすぎたようで、袖も裾も幾重にも折り畳み、なんとか着られる状態にしている。
ウエストは紐で絞っているが、それでもまだ余裕がある。
多少不格好ではあるが、仕方ない。
リューネは服の端をそっと摘み、何度もスンスンと匂いを嗅いでは、くふくふと微笑んでいる。
――なぜそんなに楽しそうなんだ。
俺は内心で呆れながら、立ち上がる。
「腹減った……そういや起きてから何も食ってねぇな。簡単なものしか出せないが、準備してくる。座って待ってろ」
バゲットを買っておいた過去の俺に感謝しつつ、湯を沸かす。
珈琲も飲みたい。
レタス、チーズ、ベーコン、卵――保冷庫を確認し、簡単なバゲットサンドとプレーンオムレツを作ることにする。
料理を作る作業は嫌いではない。今日のような簡単な調理ならなおさらだ。
ふと視線を動かすと、リューネが何冊かのスケッチブックを広げ、見入っていた。
随分と静かだと思ったら…いや、待て。あの中には――
「座って待ってろって言っただろ」
「これは…僕でしょうか?」
そこには、珈琲カップに優雅に口をつけるリューネの姿が描かれていた。
斜め後ろからの構図――細やかなタッチで、慎重に描かれた一枚。
「…そうだな。何度か店でスケッチしてた時か。偶然、お前が目の前にいたんだよ」
俺は舌打ちし、さっとスケッチブックを手に取る。
「あっ…」
名残惜しそうな声が聞こえたが、聞こえなかったことにする。
スケッチブックは魔法でアトリエに転移させ、食事の準備に戻る。
偶然描いた、というのは本当だ。
だが、リューネの佇まいに思わず筆を取った――ということは、決して口にしない。
言ってたまるか。
「メシ、食うだろ?」
話は終わりだとばかりに、料理を運ぶ。
大皿に乗ったオムレツとバゲットサンド、そして珈琲とホットミルク。
「これ、食べ方分かるか?こうやってかぶり付く」
「かぶり……つく……」
リューネは両手でバゲットを持ち、じっと見つめてから、カプっと可愛らしく齧りついた。
「斜めにするなよ?中のソースが零れる」
うんうん、と頷きながら咀嚼する様子は、まるで小動物のようだ。
俺はリューネの分のオムレツを小皿に取り分け、自分の食事をさっさと済ませる。
思っていた以上に腹が減っていたようだ。
珈琲をもう一杯注ぐ。
すっかり胃が満たされると、魔力を使いすぎたこともあり、眠気が強く襲ってきた。
(ヤベェ……すげぇ眠い……)
この家の勝手も分からないリューネを放ってはおけない。
アイツは風呂すら一人で入れないんだ――
ダメだ……目を瞑るな……今眠るわけには――
俺の視界は暗転した。