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5番目の王子  作者: Moma
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最終章

柔らかな陽光が、厚いカーテンの隙間から差し込む。


リューネは、ふかふかの感触に包まれて目を開けた。

天蓋つきのベッド。厚い掛け布団。ほのかに香る薬草の匂い。

手足は鉛のように重く、頭の芯もまだぼんやりしていた。


「ここは……」


ゆっくりと身体を起こす。だがその動作すら思うようにいかない。

そんな中で、朧げに浮かぶ記憶をたぐった。

湖、建物、光の球体、ルリ、そして…


「アル…?お兄様…?」


声に出した瞬間、扉が勢いよく開いた。


「リューネ!!」


アルだった。

寝室へ駆け込んできた彼は、ベッドの上で身を起こしかけたリューネを見て、すぐにその傍へと膝をつく。


「よかった、目が覚めたんだな…!」


その腕がリューネをしっかりと抱き締めた。

リューネはその温もりに顔を埋め、抑えていたものが一気にこぼれ出した。


「アル…アル…無事…で…よかった…」


肩を震わせて泣くリューネを、アルは強く、しかし優しく包み込む。

言葉を挟むことなく、ただその背をさすりながら、落ち着くまでずっと抱きしめていた。


アルは、リューネの背を優しくさすっていた手をそっと緩めた。

リューネが涙を拭い、少し呼吸を整えたのを見て、ようやく口を開く。


「…苦しかっただろう。よく頑張ったな」


リューネは小さく頷いたが、まだ表情は不安げだった。

アルはそんな彼を見つめ、静かに語り始めた。


「お前が倒れてから三日経ってる。高熱が出て、なかなか下がらなかったんだ」


「三日も……」


「でも、今はもう熱も下がってる。医師様が言ってた。あとは、体力が戻れば大丈夫だって」


安心させるように微笑みながら、アルはリューネの手を軽く握り、優しく髪を撫でる。


「あのとき、建物にいた全員が突然倒れた。俺も、サーシアも、テスもジュウトも…。どうやら、あの建造物が俺たちの魔力を一気に吸い上げたらしい」


リューネの瞳が揺れた。


「魔力の少ない者から順に、少しずつ目を覚ました。でも俺たち王族や、魔力の大きい連中は、丸一日昏睡したままだった」


「……そっか……」


「その間、クスラウドから来てくれてたレステュユルニ陛下が、ずっと動いてくれてた。各地の混乱を抑えて、治療班をまとめ城下の者達にまで目を配ってくれた」


リューネの唇がかすかに揺れた。誇らしさと、心配と、いろんな感情が滲む。


「建造物のことも調べたが…門から水は今も出てる。でもな、不思議なことに、周囲には一滴もあふれてない。多分、あの光の球体の中で、水が循環されてるんだ。外には出てこないようになってる」


リューネはその言葉を聞いて、少し目を見開いた。


「それって……」


「建造物を覆ってる球体あれはお前が作ったんじゃないかって、テスと話してた。状況から察するに、お前しか出来る者はいない」


アルの声はやわらかく、どこか誇らしげで、けれどとても優しかった。


「ありがとう、リューネ。みんな、お前に救われた」


リューネは言葉も出せずに、ただ俯いた。

こみ上げるものを押し込めるように、唇を噛む。


アルはそっと、短くなったリューネの髪に手を添えた。


「ごめんな、お前の綺麗な髪…こんなに短くなっちまって。倒れたお前を見てジュウトが珍しく取り乱してた。お前が少しでも早く元気になれるように、毎日治癒魔法かけにきてくれてた。怪我じゃねぇからあんまり意味はねえけど…」


心配性のジュウトの様子が目に浮かぶようでリューネは小さく微笑む。


「そうだ、ルリは?ルリはどこ?」


それに応えるように、アルがベッドの脇に手を伸ばした。


「心配するな。ちゃんと、ここにいるよ」


そう言ってそっと持ち上げたのは、リューネがよく知る小さな木箱。

中には――ふかふかの布に包まれて、出逢った時よりも小さくなったルリが、すやすやと寝息を立てていた。


「…こんなに小さくなっちゃった…」


リューネが呟くように言うと、アルは苦笑しながら頷いた。


「ルリ、お前が眠ってるあいだに…俺やテスの所に来ては魔力を少しずつ食べてた。一体どうしてこんなに小さくなっちまったのか…」


――リューネは事の顛末をゆっくりと話し出す。


窓の外では、静かな陽射しが庭に降りていた。

世界は、ようやく穏やかさを取り戻していた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


あの出来事から、いくつかの季節が巡った。


古代建造物から今なお溢れ続ける水は、リューネの作り出した二重の球体によって制御され、門から外へ出る水はすべて魔法的な制御の下にあった。水は建物の内部を循環し、一定量だけが放出されている。かつて国を沈めかけた水流は、今や王国の新たな命脈となろうとしていた。


”この水を、生かせないだろうか”


その声を最初に上げたのは、リューネだった。

王や魔導士たち、建築師や都市設計師たちが集まり、日夜議論が重ねられた。やがて一つの構想が生まれる。

――水を閉じ込めるのではなく、導くのだと。


こうして、湖の水を王都全体に分配するための水路網の建設が始まった。


古代魔法の知識を応用し、魔導士たちは水の流れを自在に制御できる魔法装置を設置した。球体制御の理論を応用した「導水制御柱」は、湖の外縁部に等間隔で建てられ、排出される水量を緻密に調整した。


水は王都中心部に新たに建設された「中央導水路」を経て、町のあらゆる区域へと導かれていく。かつて乾いた大地には水が流れ、広場には小川が生まれ、街角の水瓶はいつでも満たされていた。


水路は町を網目のように巡り、その流れに沿って街も新たに整えられていく。家々は水面に映えるように設計され、建物の基礎には水中でも劣化しない魔法加工が施された特殊な石材が用いられた。


さらに、生活のあらゆる場面に魔法の力が活用された。

水力を利用して荷物を運ぶ「水昇装置」、気温に応じて霧を吹き出す「霧結界」、水の音で時間を告げる「水鐘」などが次々と導入され、街は魔法と水の調和によって、まるで生きているように呼吸を始めた。


運河を利用した交通も整備され、王都では馬車に代わって小舟が市民の足となる。市街地を巡る舟は、魔力によって音もなく滑るように進み、昼は賑わい、夜には水面に灯る光が幻想的な景色を生み出した。


やがてこの変貌は他国にも知れ渡り、多くの訪問者が水路の都を訪れるようになる。


――王都ルブテールズは、いつしか『水の都』と呼ばれるようになった。


それは災いの跡に生まれた、新たな恵みの象徴。

古代の遺産と、今を生きる者たちの知恵と努力が織りなした、希望の結晶だった。




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