湖面に浮かぶ建造物
リューネは震える生徒たちの前に立ち、一人ひとりの顔を順に見た。
皆、まだ幼さの残る顔。目には不安と、けれど僅かな決意が宿っている。
「お願い。みんなの力を貸してほしい。みんな、魔道の護符もってますよね?」
生徒は皆力強く頷く。
「その護符でクスラウドへ戻り王城へ向かって、国王陛下にこの状況を伝えてほしいの」
リューネの言葉を聞き生徒たちは互いに顔を見合わせた。その中の一人、眼鏡をかけた真面目そうな少年が、少し躊躇いながら声をあげる。
「…でも、僕たちがいきなり王様に会えるわけが無いと思います。きっと門前で止められる…」
その言葉に、他の生徒たちも不安げに頷く。
リューネは小さく微笑むと、すくりと立ち上がり、傍に倒れていた騎士の一人のもとへ向かった。腰の剣を丁寧に抜き取ると、自らの髪を片手にすくいあげる。
そして――
しゃり、と音を立てて、そのピンクブロンドの髪をひと房、静かに切り落とした。
「これを見せて。きっと、王城の人たちは分かってくれるはず。これは“王の弟”の証だから。緊急の事態だって、必ず伝わる」
言葉に込められた真剣さと決意に、生徒たちは息を呑んだ。
「倒れたみんなを助けるために、あなたたちしかいないの。お願い」
その瞳は、涙を堪えながらも、まっすぐだった。
少女が一歩踏み出し、切り取られた髪を大切そうに両手で受け取った。
「分かりました。私たち必ず王様のところへ届けます!」
「ありがとう…気をつけて」
リューネが小さく頭を下げると、生徒たちは心配そうに魔道塔を振り返りながら、クスラウドへと通じる魔法陣へ向かって歩き出した。
その背を、リューネは祈るような気持ちで見送った。
――お兄様がきっと、医師様を直ぐに連れてきてくれる。
エントランスにひとり残ったリューネは、再び倒れ伏した騎士たちや魔導士たちを見渡した。
(…魔力を持つ者だけが、倒れている。魔道塔も学園も…普通科の生徒は皆、僕と同じ魔力を持たない留学生だった…)
アルも、テスも、サーシアも、ジュウトも、医師様も、教師も、生徒も。
誰もが、魔力を持っていた。
(たぶん…王都だけじゃない。これって、国中で起きてることかもしれない…)
リューネは両腕を抱え、胸元でぎゅっと拳を握った。
「魔鳥の森で何が起きているのか確かめないと…」
◇ ◇ ◇
リューネは、息を切らしながら魔鳥の森を駆けていた。転移魔法が使えない彼にとって、魔道塔からこの森の湖までの道のりは決して短くはない。それでも、走らずにはいられなかった。
足元を湿った土が叩き、茂みを抜けるたび、枝葉が頬をかすめる。空はすでに明るいが、森の中にはまだ深い影が残っていた。時折、ルリが彼の周囲を飛び、道を照らすように旋回する。
胸の奥で脈打つ焦りを抱えたまま、リューネは森の中をさらに走る。そしてようやく視界が開け、湖のほとりにたどり着いたとき、彼はその光景に言葉を失った。
湖面に、巨大な建築物が浮かんでいた。
まるで霧の中から現れた幻のように、荘厳で美しく、静まり返った湖にそびえている。白い石材で造られたその建物は、空の色を映して青く染まり、扉の位置に当たる場所からは滝のように水が溢れていた。
轟々と音を立てて流れ落ちる水。湖の水面は確かに、じわりじわりと上昇している。
「水があんなに流れ出してる…」
リューネは震える息を吐き、目の前の現実を受け止めようとした。湖の周囲に人影はなく、鳥たちの鳴き声すらも聞こえない。不気味なほどの静寂が、かえって異常さを際立たせていた。
(このままじゃ街が…沈んでしまう…)
すべてを飲み込むかのような水の流れ。それを止める術が、自分にはない。リューネは拳を握りしめ、唇を噛んだ。
(僕に、できること…考えるんだ)
魔力を持たず、剣も振るえない。自分の非力さが、今ほど悔しかったことはなかった。
だがそのとき、空を見上げた彼の目に、ひとすじの光が映る。
建造物の上空――霧を透かして、うっすらと輝く魔法陣が、ゆらりと揺れていた。
「あれは…」
小さく、遠く、しかし見覚えのある光。魔道塔の最上階から、窓を通して空へと舞い上がっていった、あの“魔法陣”。
(何故ここに?)
この建物。この水の流れ。そして、魔法陣。
リューネは再び拳を握り直した。自分にしか見えないもの、自分だからこそ気づけたこと。それがあるのなら、やるべきこともきっとあるはず。
「僕にできること…」




