アル②
「お前さ、髪も顔も煤だらけだし、髪の毛なんて煙臭ぇ。風呂用意してやるから入ってこい」
弄んでいた髪の一房に鼻を近づけ、スンスンと匂いを嗅ぐ。
リューネをこの状態のまま城に帰すわけにはいかない。
(湯舟に浸かれば少しはリラックス出来る筈だ。香油はあったか?)
思考を巡らせながらリューネをソファへ下ろし、風呂場へ向かう。
ふと振り返ると、リューネは捨てられた子犬のような表情でこちらを目で追っていた。
(……なんか妙に懐かれてんな…吊り橋効果ってやつか?)
そんなことを独り言ちて、浴槽へ湯を張る。
蒸気が立ち上り始めるのを確認しながら、浴槽の縁に腰を下ろし、ため息をつく。
魔力を消費したせいか、体が重い。倒れるほどじゃないが――
(風呂入って、飯食って、さっさと寝て……リューネを城に返しに行く。面倒事には関わりたくねぇ)
「おい、立てるか?風呂入れ」
ソファから様子を伺っていたらしく、声をかけるとコクリと頷き、ふらつきながら浴室へ向かう。
「これが髪用の石鹸、こっちが身体用。タオルは棚にある。ゆっくり浸かるんだぞ?」
「ええと…はい…」
歯切れの悪い返事を返されたが、何か分からなければ呼ぶようにと伝え、クロゼットへ向かう。
リューネが着られる服があっただろうか?
背丈はアルの胸ほどで、随分華奢だ。
とりあえず綺麗めなシャツとロングパンツ――当然、生地は黒。
新品の下着もあるにはあるが……ないよりマシか。
恐らくどれもリューネには大きすぎる。
買いに行くにしても転移しないと無理な距離だ。早々にその考えは捨てる。
「あの、アルさん……その……」
不意に声を掛けられ、振り向く。
そこには――困ったように立ち尽くすリューネの姿。
「お風呂……どうやって入っていいか分からなくて……」
「……は?」
「いつも御付きの方に洗ってもらっているんです……なんとかなるかな?って思ったんですけれど……」
へにょん、と眉を下げ、苦笑する。
「……は?」
(まさか一人で風呂に入れない?昨今の王族ってそんな感じなのか?勝手が分からないのか?いや、それより俺が手伝うしかねぇのか?)
ここにはメイドもいなければ侍従もいない。
リューネを放置するわけにもいかず――八方塞がり。
「……分かった」
動揺を押し隠し、ようやく一言絞り出した。
リューネと共に風呂場へ戻り服を脱ぎ捨てる。
「こっち」
シャワーの出る位置へリューネを連れて行き、背を向けさせる。
「蛇口をこう回すとお湯が出る。最初は冷たいからな、少し待て……ああ、もういいな」
湯が降り注ぐと、リューネが呑気に言った。
「わぁ、暖かいです」
こちらの気も知らずに……。
さらに眉間の皺を寄せ、髪用の石鹸を泡立てる。
「王族でも一人で風呂くらい入れたほうがいいぞ。泡立ててやったから、少し自分で洗ってみろ」
シャワーを止め、リューネの髪に指を差し込み、優しく根元から洗い上げる。
「こんな感じで、爪は立てるなよ。肌に傷がつくからな」
リューネは素直らしく、一つ頷くとぎこちないながらも洗い始めた。
その間にアルも自分の髪を洗うことにする。煙の臭いが染み付いているだろう。
さっさと洗い流し、ざっくり身体も済ませる。
リューネの髪もそろそろだろうと、シャワーで丁寧に泡を落とす。
指通りのなめらかな髪だ。毛先も傷んでいない。
肩より少し長いので、簡単にリボンでまとめる。……手間のかかる奴。
「身体は自分で洗えるよな?顔も忘れるなよ」
たっぷりの泡を作り、肩から流してやる。
リューネは泡を手に取り、前面を洗い始めた。問題なさそうだ。
背中は洗いにくいだろうと、勝手に洗い進める。肩幅が狭い――腰も妙に細い
足の裏を洗いづらそうにしていたので、肩を貸してやる。
ようやく全身の泡を洗い流し終わった。まったくやれやれだ。
「湯にゆっくり浸かって温まってから出てこい。その間に簡単だがメシの支度をしてくる」
そう言い放ち、風呂場を後にしようとした――が。
リューネが手を掴んだ。
「アルさんも……一緒に温まってください。ひとりにしないで……?」
不安そうな瞳がじっとこちらを見つめる。
確かに、いきなり知らない場所に連れてこられた不安はあるだろう。
だが、しかし――
「男二人はこのバスタブじゃせめぇんだよ」
「でも、一人になると心細くて……どうしてもダメですか?」
潤んだ瞳で真っ直ぐに見つめてくる。
ああ、もう――色々考えるのも言い訳するのも面倒だ。
「……勝手にしろ」
俺はあらゆる思考を放棄した。




