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5番目の王子  作者: Moma
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碧の翼①

トン、トンという、小気味よく響く包丁の音。

リューネは朝陽に照らされたキッチンのまな板上に果物を切っていく。

朝日に揺れてきらめく朝露が地に落ち、地中に溶け込み消えていく。


「今日の果物、気に入ってくれるといいな」


果物を器に盛って、リューネは庭の一角にあるバードフィーダーにそっと置く。

甘い香りに誘われて、小鳥たちが次第に集まってくる。


「どうぞ、いっぱい食べてね」


視界の端の若葉の間に紫みを帯びた青色の小鳥の姿を捉えて、リューネは声をかけ家の中に戻っていく。

キッチンの横には大きな窓があり、リューネは部屋に帰ってくるとそっと腰を下ろして小鳥たちが果物に集まってくる様子に笑みをこぼした。


「今日は見た事のない子もいる…。珍しい色…嬉しいな」


鳥たちが果物に寄ってはまた空に帰っていく。

そんな朝の穏やかな時間の中、リューネとアルが結婚してから、そろそろ3か月が経とうとしていた。


住まいとは言っても、ルブテールズ王城の城壁内にあった古びた離れを改装したもの。

贅沢とは無縁だけれど、ふたりにとってちょうどよく、安心して暮らせる空間だった。

王城の敷地内という安心もあり、リューネの安全は確保された上不自由なく日常を送っている。


「アル、起きて?」


キシリと音をたてながら、リューネはそっとベッドに腰を下ろす。

寝息を立てるアルの顔はあどけなく、日頃の凛とした表情とはまるで別人だった。

リューネはアルの顔にかかる髪を愛おしそうに、そっと耳にかける。


「アル、起きて。今日は魔道塔へ出勤しなくてはいけない日でしょう?」


アルのまぶたが微かに震えて、薄っすらと開くものの、またそっと閉ざされた。

安らかな寝息が響く。


「アル? ほら、起きなくちゃ…」


もぞりという動きに伴って、アルが寝返りをうつ。

そちらに回ろうとしたリューネの腕を掴み、ベッドの中に引きずり込んだ。


「ひゃっ! アル!」


くすくすとリューネのくぐもった笑い声がベッドルームに響き渡る。

毛布の中で二つの塊がもそもそと動いた。


「んっ、あっ、こーひー…さめ…ちゃ…ふふふ」


「少しぐらい、いいさ」


「もう、アルったら。あまり遅いとデュラテス様がまた迎えに来ちゃう」


「……そうだな」


以前、アルがなかなか出勤しなかった際、テスが迎えに来たことがあった。その時、今のようにベッドの中でいちゃいちゃしている場面を見られてしまい、二人にとって少し気まずい思い出となっていたのだ。

アルはリューネの唇にひとつキスを落とすと、ゆっくりとした足取りでリビングへと向かう。

目覚ましの一杯、エスプレッソを飲まないことには、アルの朝は始まらない。


リビングでコーヒーを淹れながら、アルがリューネに尋ねる。


「今日はどうする? 行くなら送ってから魔導塔へ出勤するが」


「子供たちとお菓子を作る約束をしているの。ちょっと早いけれど、送ってもらおうかな」


リューネは今の住まいに移ってから、時間のある時は孤児院へと通っていた。子供好きなリューネに、孤児院の子供たちが懐くのに時間はかからなかった。一緒に遊んだり、絵を描いたり、歌ったり、時間が許せばお菓子を一緒に作ったり、勉強を教えたりもしている。


「夕方前には帰るように」


アルは少し心配そうな顔で言った。


「毎回そんなに心配しなくても大丈夫だよ? ピアスも出かける時は必ず装着してるか確認しているし」


実際、リューネは市井に降りても、一度も襲われたり攫われたりといった危険にさらされたことがない。なぜなら、アルが思っている以上に街でのリューネの人気は高く、市井に降りたことでリューネに怪我などさせられないと、誰もがリューネの行動に目を光らせているのだ。

リューネが困っている時などは、誰かが駆け寄り手を差し伸べるのが当たり前の光景となっていた。リューネ自身は、この街の人が特別に親切だと思っているが、自分が特別だということに気づいてはいない。


婚約時に短期間とはいえ学園で生活し、この国に馴染もうと努力するリューネの姿に誰もが心を打たれたのだ。

何より、自国の第5王子と仲睦まじい姿をどこでも見かけるとあっては、リューネへの好感度は上がるばかりだろう。


____________________________________



「今日も泣かれちゃったな…」


孤児院の子供たちと過ごす時間は、リューネにとってこの上なく楽しいものだった。毎回、あっという間に帰宅の時刻になる。子供たちも同じ気持ちのようで、帰り際にはリューネと離れたくないと、泣き出す子まで出る始末だ。孤児院のスタッフが子供をなだめすかしている間、リューネは後ろ髪を引かれる思いで孤児院を後にした。


少し帰りが遅くなってしまったので、家路を急いでいると、小さな鳴き声が聞こえてきた。足を止めて周囲を見渡すが、どこから声が聞こえてくるのか分からない。目を閉じ、意識を集中させる。ほんの微かな鳴き声が、やはり聞こえる。リューネは、その鳴き声の主を必死に探した。声は小さく、今にも消え入りそうだった。


「どこ? お願い、もう一度鳴いて?」


リューネの声に応えるように、”ピィ”と確かに聞こえた。声の聞こえた辺りの草むらをかき分ける。そこには、今朝がた見た珍しい色の小鳥が、震えながら横たわっていた。一見したところ外傷はないようだが、明らかに弱っているようで、鳴き声も小さくなるばかりだった。


「今、助けてあげる、頑張って」


リューネはサコッシュからハンカチを取り出し、小鳥をそっと包み込み、さらに手のひらで温めるように覆った。意を決したように立ち上がり、魔導塔へと走り出した。


「アル…アル…」


魔導塔へとたどり着いたリューネは、脇目も振らず最上階のアルの元へと駆けつけた。息を切らし、必死な様子でアルを呼ぶリューネの姿に、アルとテスは慌てて駆け寄った。


「どうした、リューネ!」


アルの声が焦りを含んでいる。


「助けて、お願いこの子を…」


リューネはハンカチの包みを広げ、ぐったりと横たわり、鳴く力もない様子の小鳥を二人に見せた。その状況を瞬時に判断した二人は顔を見合わせ、困惑した表情になる。


「リューネ、自然の摂理というものが―――」


アルが言いかけた。


「分かってる。でも、僕は見捨てることができない。この子、草むらの中に横たわって助けを呼んでいたの。お願い、できるだけのことをして、ダメなら諦めるから」


リューネの真剣な眼差しと、その必死な訴えに心を動かされたテスは、迷うことなく行動した。


「……リューネちゃん、おいで。ほら、急いで」


テスはリューネに呼びかけ、下に続く魔法陣へと足を踏み入れた。


「おい、テス何を!」


アルが咎めるように声を出す。


「医局に連れて行く。今日の担当医なら、何かできるかもよ?」


テスはそう言いながら、リューネを促した。



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