アルの誕生日
すうすうと寝息を立てるリューネを抱きしめ、アルは起こさぬようそっと瞼にキスを落とした。小さく身動ぎしたリューネがアルに擦り寄る。この仕草一つで、アルの胸は甘い気持ちで満たされ、また、もう一つキスを落とす。
「リューネ…」
出会った頃よりも長くなったリューネの髪を愛おしそうに梳く。絹のような滑らかな手触りが心地よい。リューネの髪が好きだから伸ばして欲しいとアルが伝えて以来、リューネはずっと伸ばし続けてくれている。
今日はアルの誕生日。リューネと結婚して初めて迎える誕生日に浮かれているのだろうか、珍しくリューネよりも早く目覚めてしまった。愛しい伴侶の寝顔を見つめ、二度寝するか、それともこのまま見つめ続けるか迷っていると、リューネの瞼が震え、空色の瞳がアルを捉えた。
「ん…アル…早起き?」
ぎゅっとアルに抱きつき、首筋に口付ける。
「二度寝しようか迷ってたところ」
少し体勢を変え、抱きついてきたリューネの唇にキスを落とす。一度、二度、三度……キスは段々と深くなった。
「ん…ふ…」
甘い声がリューネの唇から漏れる。”起きる?”と聞きながらも、掌でゆっくりと身体のラインを確かめるようになぞると、身体を反らせシーツをぎゅっと握るリューネの反応に、アルは満足げにほくそ笑む。
そして――
二人がベッドを抜け出したのは、すでに昼近くだった。
「アル、27歳のお誕生日おめでとう。プレゼント、あるんだけど……受け取ってくれる?」
リューネは少し照れたように、大きな箱をテーブルへとそっと置いた。
「用意してたのか? 昨夜、何が欲しいか聞いてただろ」
「うん。でも実はもう用意してあって……アルが気に入ってくれるか分からなかったから、一応保険で聞いたの」
イタズラっぽく笑うその顔に、アルもつられて微笑む。
ちなみにアルの返答は”お前とデートしたい”だった。つまり、いつも通りの休日。
「開けていいか?」
「うん、どうぞ」
アルは箱のリボンを丁寧に解く。持った感じではまあまあの重量感がある。箱の中は何だろうか――何が入っていても嬉しいことは確かだった。何より、アルのために選び、考える時間を過ごしてくれたことが嬉しい。
「おお、これは予想外。すげぇ嬉しいよ、リューネ。よく見つけられたな」
箱の中には手挽きのコーヒーミルが鎮座していた。
「街のカフェのマスターにお願いして仕入れてもらったの。魔石が埋めこまれているミルは魔法が使える人じゃないと動かせないけど、手挽きなら僕でも挽けるでしょ?毎日アルのために豆から挽いて、美味しいエスプレッソ淹れてあげるね」
アルは朝から面倒なことを避けるタイプ。そのため、いつもカフェで挽いてもらっていた。だがこれからは、リューネが毎朝豆を挽いてくれる――なんて贅沢なんだろうか。
「早速挽いて、エスプレッソ淹れちゃう?」
アルのために買ったミルだが、どうやらリューネは豆を挽くのを楽しみにしていたらしく、アルの返答を待たずに豆をミルに投入していた。こうやるのかな?合ってるかな?と首を傾げながら操作する姿が微笑ましい。
リューネは笑みを携え、時折香りを楽しみながらミルの取っ手をくるくると回す。回すたびに、コーヒーの良い香りが部屋を包み込んだ。
「わ、アル見て!見て!ちゃんと細かくなってる!すごい!」
ミルの下部には引き出しがあり、その中には挽かれた粉がしっかりと溜まっていた。キラキラした目を向けながら、無邪気に微笑む。
「いい香りだな。出来上がりが楽しみだ」
リューネのその姿は本当に幸せそうで、見ているアルも幸せな気持ちになる。
(毎朝俺のためにエスプレッソ淹れてくれるのか…一緒に起きなきゃこの顔見れねぇとか拷問か)
「分量も研究しなくちゃね、ちょっと今日は多かったかもしれない」
「スプーンで量ればいいんじゃね?お前、何も考えずに豆投入してただろ」
「あ、そうか!アル賢い!」
「で?お前の分の豆は?次は俺がお前の分の豆挽いてやるよ」
「………自分のもミルで挽けるんだった…。僕、お店でいつも通り挽いてもらっちゃった。どうりで注文した時マスターが変な顔してたわけだ。言ってくれたら良かったのに」
結婚してから判明したことだが、リューネはうっかり屋というか、抜けているというか、のんびりしている性格のようで、こんなことは日常茶飯事だ。そんな部分ですら、アルは愛しく、可愛らしく思えてしまう。
「そんな顔すんなって。俺がお前のコーヒー用意してやるから」
「アルがコーヒー淹れてくれるの久しぶりだね、嬉しいな」
二人寄り添い、淹れたてのコーヒーをそれぞれ楽しんだ。
* * *
その後ランチも終え、二人は魔道塔へとやってきた。
「何も今日じゃなくてもいいんじゃねぇか」
アルは明らかに面倒くさそうな表情を浮かべ、最上階へと続く魔法陣へと足を運ぶ。
「でも日頃お世話になっているし…アルのお兄様だし…。プレゼント渡すだけだから。ね?」
リューネは大切そうに綺麗にラッピングされた箱を抱えている。そう、アルの双子の兄、テスも今日は誕生日なのだ。テスの分のプレゼントも用意していたようで、デート前に少しだけと魔道塔へとやって来たのだった。
「リューネちゃん!今日の服すっごい可愛いね、俺に会いに来てくれたの?」
抱きつく勢いで、テスがリューネを見つけるなり駆け寄ってくる。
「お前のために着飾ってるわけじゃねーよ。俺とこれからデートすんの」
テスに抱きつかれる前にアルがリューネを抱き込み、ピンクブロンドの髪にキスを落とす。仲の良い二人のやり取りに微笑みながら、リューネは持っていた箱をテスに差し出した。
「デュラテス様、お誕生日おめでとうございます。これ…使っていただけたら嬉しいです」
「わ、俺に?ヤバっ。ド本命から貰えるなんて…キスしていい?」
バチンと一つウィンクをリューネに飛ばす。
「お前今日調子乗り過ぎ。いいからさっさと開けろ。デート行けねぇだろ」
リューネは先ほどより締め付けの強くなったアルの腕の中で苦笑をこぼす。対照的に、テスはケラケラと笑いながらラッピングを解いた。
「わ。デミタスカップ&ソーサー?珍しいデザインだね…2組?」
「デュラテス様とアルのお揃いなんです。2組ないとアルのフリできないでしょう?」
くすっと笑い、リューネは説明を続ける。
「このデミタスカップは魔石が埋め込まれているらしくて、保温機能があるんです。デュラテス様もアルも、作業に没頭してたまに冷えたエスプレッソ飲んでいたでしょう?カフェのマスターに相談したら、魔石が埋め込まれていたら魔法で保温させられるって。特別に作ってもらったんです」
「俺の分もあんの」
アルの機嫌が良くなったようだ。声のトーンが違う。”サンキュ”と耳元で囁き、ちゅっちゅっと耳にキスをする。
「もう、いちゃつくなら外でやってよ。ありがとうリューネちゃん、すごく嬉しいよ。早速使わせてもらうね」
デミタスカップを手に取り、ちゅっと口付けた。
「リューネちゃんに出来ないから、この子で我慢しておくよ」
テスはいちゃつく二人に再びウィンクを投げつけた。
「じゃ、俺達行くわ」
そう言うなり、アルは不可視の魔法を自分たちにかけ、詠唱を始める。
二人を見送ると、テスは満足げにデミタスカップを手に取り、その質感を確かめるように指でなぞった。
魔石の埋め込まれた部分を眺めながら”これが冷めないってわけか…なるほどねぇ”と独り言ちつつ、カウンターへ向かう。慣れた手つきで珈琲豆の瓶を取り出し、フィルターをセット。
魔道塔の静寂の中、テスは上機嫌で鼻歌を歌いながら至福の一杯を淹れ始めた。
――幸せな余韻をその珈琲の湯気に閉じ込めるように。




