魔道塔にて
「わぁ!魔道塔の中ってこんな造りなんだね!」
リューネは感嘆の声を上げ、思わず頭上を見上げた。魔道塔の正面エントランスは、どこまでも続く吹き抜けになっていて、天井は遥か彼方、視界の届かないほど高い場所に感じられた。アルの勤務先である魔道塔を訪れたことがなかったリューネは、まるで初めて見る巨大な芸術品のように、その空間に見惚れていた。
「実際には天井は低い場所にあるんだけどな。魔法で吹き抜けに見せてる。解放感があっていいだろ?偽物だけどな」
アルが苦笑混じりに言いながら、リューネの腕を軽く引いた。
「ちなみに命の危機にさらされた時には、魔道の護符でここのエントランスに強制転移される。ほら、こっち来い」
アルは頭上ばかりに興味を引かれているリューネを、ぐいっと引き寄せ、正面に鎮座する魔法陣へと促した。エントランスの魔法陣は直径およそ3メートルほどで、神秘的な光をうっすらと放っている。
「お前が魔道塔に来る時は、基本俺も付き添う。でも、一人になる時もあるだろうからな。これ、持っておけ。無くすなよ」
そう言って、アルはリューネの掌に転移の護符をそっと乗せた。リューネはしばらく護符を見つめ、どこに仕舞おうか思案する。やがて、斜め掛けのサコッシュに大切に収めた。
「基本、転移の護符があれば魔力が無くても魔法陣からは転移ができる。ただ、魔道塔は特別で、立ち入れない部屋もあるから、どこにでも行けるわけじゃない。そこだけ覚えておけ」
「ふふっ、ヒミツの部屋があるんだね。皆さんのお仕事の邪魔をするつもりは全くないけれど、どんなお仕事してるかすごく気になるな…」
リューネの瞳が好奇心で輝く。
「魔道塔で仕事してる奴らは、ほとんどが事務処理関係だ。他の魔導士は、魔道塔からしか行けない場所に魔法陣で転移して仕事してる。そこが、お前の気になる秘密の部屋ってわけだ」
二人が言葉を交わしている間に、魔法陣は彼らを最上階へと運んだ。扉が開くと、そこにはテスと、真新しい魔導士のローブに身を包んだジュウトが待っていた。
「ジュウト!」
リューネはすかさずジュウトに駆け寄り、その周りをぐるりと回って全身をチェックした。
「ジュウトが従者の服以外を着てる姿…初めて見た。うん、すごく似合ってる。お仕事はどう?困っていることはない?」
久々に会うジュウトに、リューネは心底嬉しそうだ。一方、ジュウトは、まだどこか緊張した面持ちで佇んでいる。
「その件で、リューネ様に直接お話しをしたく、ここでお待ちする許可を頂きました」
ジュウトは、居住まいを正しながらそう言った。
”立ち話もなんだから”と、テスが気を利かせ、すぐに珈琲とお菓子をセッティングした。四人はテーブルを囲む。リューネは珍しく、話の続きが聞きたくて、そわそわと落ち着かない様子だ。
「さて、リューネちゃん、ジュウト君の事なんだけど、彼の魔力が多そうだってことで、俺が引き抜きさせてもらった経緯は知ってるよね?」
テスが切り出すと、リューネは一つ頷き、アルから話を聞いている旨を伝えた。
「初めにジュウト君が魔道塔へ来た時に、彼の魔法の属性を調べさせてもらったんだ。そしたら、希少な光属性だと判明したんだよ」
「ひかりぞくせい?」
リューネは首をこてんと傾げる。初めて聞く言葉に、純粋な疑問が浮かんだようだ。
「クスラウドではあまり馴染みのない魔法かもしれないけれど、主に回復や浄化ができる。他国では、使い手が少ないばかりに、リスクを犯して異世界から光魔法の使い手を呼び寄せたりもするらしいよ」
「ウチではそんなリスク背負いたくないから絶対しないけどな」
アルが苦笑いを浮かべ、ぼそりと呟いた。
「そんなに凄い魔法をジュウトが?!凄い、凄いねジュウト!」
リューネは自分のことのように喜び、椅子に座っていなければ、今にも飛び上がってしまいそうな勢いだ。
「そう、凄い魔法なんだよリューネちゃん。実際ルブテールズでも使い手は少ない上に、ジュウト君ほどの魔力が多い魔導士はいない。これ、どんなことを意味するか分かる?」
「え?」
テスからの突然の問いに、リューネは困惑の表情を浮かべた。よくよく考えてみれば、先ほどからジュウトはずっと緊張した面持ちで、珈琲にもお菓子にも手をつけていない。王族に囲まれては無理もないが…。
「つまりね、回復術師として彼が活躍するのはもちろん歓迎だけど――彼はクスラウドの国民だ。ルブテールズに拠点を置いた場合、国際問題に発展する可能性がある。それほどの逸材なんだよ」
そう説明したテスは、少し気まずそうな顔をした。
「レステュユルニ殿には、まだ伝えてない。ジュウト君がリューネちゃんに一度相談したいって言うものでね…」
リューネは真剣な表情で、その言葉に耳を傾けていた。
「……デュラテス様、今現在のジュウトの実力ってどの程度なんでしょうか? 僕には判断する材料が全くないし……ジュウトの気持ちも知りたいし」
ジュウトの立場を思いやるように、静かに問いかける。
「ジュウトは本当に優秀だよ」
デュラテスは頷いて、少し誇らしげに話し始めた。
「最初は魔力の使い方に苦戦していたけど、今では転移もできるようになった。攻撃魔法は使えないから俺もアルも教えられなかったけど、それでも、回復術師として最前線で活躍できるまでにはなっている」
リューネは少し首を傾げた。
「最前線というのは?」
「最前線とは魔法騎士団の魔物の討伐部隊の事。回復術士はその中でサポートの役目を果たす。しかもジュウト君は剣の扱いもできるから、戦場でも相当活躍できる」
それを聞いてリューネはジュウトに視線を移し、優しく問いかける。
「ジュウトはどうしたいの?クスラウドに戻って回復術師として生きて行く選択肢もあると思うの」
ジュウトはリューネを真っ直ぐに見つめ、静かに、けれどはっきりと答えた。
「いいえ、私は魔法騎士団に属したいと思っています。クスラウドには魔物はいませんが、この国には現れる。そして魔法騎士団はそれを討伐していると聞きました。私の力が役に立つならば、リューネ様の住むこの国を守る一員になりたいのです」
その決意のこもった言葉に、リューネは息をのむ。長年ともに過ごしてきたからこそ、ジュウトの本気の想いが痛いほど伝わってくる。
「そっか、ようやく事情がわかった。僕が国際問題にならないように、レステュユルニお兄様に頼めばいいのかな?」
その言葉に、テスは苦笑しながら肩をすくめた。
「まあ、ざっくり言えばそういうことかな。父王にもクスラウドと同盟を結んでもらえるよう頼んでいる。いざという時にバックアップできるように。ただ、同盟はそう簡単に結べるものじゃないから、まずはリューネちゃんを通じてレステュユルニ殿と話をつけておきたいと思ってね」
アルも、どこか申し訳なさそうに言葉を続けた。
「お前の計算式の能力も、ジュウトの光属性の力も、クスラウドにとっては貴重なものだ。だから、損失は大きい。すまないな、厄介な役目を押し付けて」
リューネは微笑み、アルの手にそっと自分の手を重ねる。
新婚の二人が醸し出す甘い雰囲気の中、ジュウトは肩の荷が下りたかのように、冷めた珈琲を一気に飲み干した。
テスは、そんな甘い二人を、ただただ羨ましそうに見つめるだけだった




