古書が紡ぐ魔法陣
「お待たせいたしました、デュラテス殿、アルステルス殿」
落ち着いた声と共に、レステュユルニが執務室に現れる。その姿に応じ、デュラテスとアルステルスは立ち上がって深く礼を取った。
先日送った書状にはすぐに返事があり、『長時間でなければ』との条件付きで、翌週にこの面会が実現していた。
「お忙しい中、お時間を割いていただきありがとうございます。さっそく本題に入らせていただきますが――こちらの古書、ご覧いただけますか?」
テスはそう言って、一冊の古びた書物をそっとテーブルの上に置く。その表紙は擦り切れており、時の重みが滲んでいた。
「実はこの古書、リューネちゃんにはまだ知らせていないのですが……彼が襲撃された事件の犯人――その黒幕の邸宅で発見されたものです」
そう語りながら、テスは穏やかだが芯のある口調で続けた。
「襲撃犯の背後にいたのはヴィクターという男。私たちの調査によれば、彼は没落した貴族の末裔であり、王族や貴族に対して深い恨みを抱いていたようです。邸宅内にはこの古書のほかにも、魔道具や魔導書が数多く保管されていました。現在はそれらすべてをルブテールズの魔道塔で管理し、調査中です」
レステュユルニは頷きつつ古書を手に取り、慎重にページを捲りながら内容に目を通していた。
「古書の中に記されていた計算式ですが……これがまた、途方もなく複雑でして。私とアルの二人がかりで取り組んでも、まったく歯が立たなかったのです。ところが――」
言葉を引き継ぐように、レステュユルニが静かに頷いた。
「リューネが、その難解な計算式を解いてしまった、と」
その言葉に続き、大きく息を吐いた彼は「少々お待ちを」と言い残して部屋を出て行く。やがて、よく似た装丁の古書と、一枚の羊皮紙を手に戻ってきた。
「恐らく、ご覧になりたいのはこちらでしょう。そして、これがリューネが書いた回答用紙です」
レステュユルニは、わずかにためらいながらも羊皮紙を広げるとその瞬間まばゆい金色の光がふわりと立ち上がった。数字の列が輝きながら浮かび上がり、空間に滞留していたかと思うと、やがて中心へと収束し――ひとつの魔法陣を形成する。
幻想的な光景に、テスとアルは思わず椅子から立ち上がり、目を見開いたまま言葉を失っていた。
「驚かれたでしょう?この羊皮紙には魔力が込められていたようで、正しい答えが書き込まれると、自動的にこのような魔法陣が現れる仕掛けらしいのです」
レステュユルニは、二人の反応に微かに微笑んだ。
「なるほど……リューネの解答が、魔力を通して反応していたのか。失礼、そちらの羊皮紙を拝見しても?」
頷いたレステュユルニが羊皮紙をアルに手渡すと、椅子に深く腰を下ろした。アルとテスは羊皮紙の上に手を翳し、込められた魔力の流れを読み取ろうと集中する。指先が、そっと表面をなぞるように動いた。
やがて二人は、互いに目を見合わせて頷いた。そして、アルが持参していたリューネの解答用紙にも同じように手を翳すと――
ほの白い光を纏った数字が浮かび上がり、こちらもまた魔法陣を描き出した。
「レステュユルニ殿、この古書について、もっと詳しくお聞きしたい!」
興奮を隠せない様子でデュラテスが身を乗り出すが、レステュユルニは申し訳なさそうに首を振る。
「我々も、実のところ詳しいことは分かっていないのです。代々伝えられてきたのは、ただ一つ――
『この計算式の答えを導きし者には、必ずそれを必要とする者が現れる。その者の願いを叶え、決して逆らってはならない』
――と」
「……ちょっと待ってくれ。それってつまり、俺が本気で願えば、煩わしい手続きをすっ飛ばしてリューネと結婚できたってことか?」
アルの思わず口から出た言葉に、レステュユルニは肩をすくめ「そうなりますな」と苦笑いを浮かべた。




