残り少ない学園生活
今日はリューネの休日。
いつもなら昼近くまでベッドで眠っているアルも、今日は違う。気合を入れて早起きし、まだ人通りの少ない朝の学園へと向かった。アルはリューネと顔を合わせるなり、待ちきれないとばかりにアトリエへと転移する。久しぶりの二人きりの時間、たっぷりといちゃいちゃタイムを堪能するつもりだった。
アルはリューネを後ろからすっぽりと抱き込みソファに深く身を沈める。リューネの柔らかな髪に顔を埋めキスを落とす。そこから首筋へ、そして華奢な肩へと、途切れることなく甘いキスの雨を降らせていく。
「ふふっ、アル、くすぐったいよ」
リューネは身をよじりながらも、どこか嬉しそうな声を漏らした。やがてくるりと身体をアルの方へと向け、アルの胸に両手を置いて背伸びをする。そして、彼の唇に深く、熱い口付けを交わした。その瞳は潤み、アルを真っ直ぐに見つめる。
「アルに、ずっと会いたかった。たった2週間会っていなかっただけなのに、寂しくて、寂しくて、会いたくて仕方なかったの。もう、僕はアルがいない生活には耐えられないみたい」
リューネの言葉は、まるで堰を切ったように溢れ出した。普段以上に甘えたな仕草に、アルは内心ほくそ笑む。
(なるほどな。やたらリューネからのスキンシップが今日は多いと思っていたが……離れているのも、悪いことばかりじゃねぇな)
アルは腕の中のリューネの頭をポンポンと優しく撫でた。目を細めてアルに擦り寄ってくるリューネは、いつにも増して甘えたな雰囲気を醸し出している。
「で?」
不意にアルが口にした言葉に、リューネは「ん?」と小首を傾げた。
「試験、どうだった?」
その問いに、リューネの表情が途端に曇った。珍しく目が合わない。視線を泳がせ、最後にはアルの胸に顔を埋める。
「計算式の試験は、満点だったよ。でも、それ以外は…頑張ったんだけど…」
もごもごと、消え入りそうな声でリューネは続けた。
「普通科65人中42番でした……」
流石のアルも、その順位を聞いた途端に小さく噴き出した。
「ははっ、頑張った方じゃねぇの?学園の試験範囲は広いから、たった数ヶ月在籍しただけのお前にはキツイだろ」
アルは笑いながらも、リューネの頭をひたすら「よしよし」と撫でてやる。
「それでもみんなに勉強会でコツとか、先生の問題の出し方の癖とか、色々教えてもらったから、もう少し上位に食い込めると思ってたの。僕の読みが甘かった…」
しょんぼりと項垂れるリューネの頭を、アルは慰めるように撫で続けた。しかし、ふと脳裏に疑問がよぎる。
「それにしても魔道学園の計算式の試験は、相当難しいはずだ。お前、よく満点なんて取れたな。俺も得意な方だが、満点なんて取ったことねぇぞ」
リューネは顔を上げ、きょとんとした表情でアルを見た。
「クスラウドの王族って、計算式に強い血筋なんだって。お祖父様がそう言ってた。僕だけじゃなくて、お兄様もお姉様も、小さい頃から計算式を使った遊びをしてたの」
「……ちょっと待てよ」
その言葉を聞いた瞬間、アルの頭の中に何かが閃いたようだった。彼はリューネを抱きしめていた腕を解くと、急に立ち上がり転移してしまった。
暫くするとアルが戻ってきた。手には古びた装丁の古書。
「これ……とある場所から入手した古代魔法書なんだが、どうも中身の計算式が複雑で、俺もテスもお手上げ状態だったんだ。……お前ならもしかして、と思ってな」
アルはその古書をリューネへ差し出す。
「あれ? この本?」
リューネは受け取ると、ざっと中を確認し、ぱっと顔を上げた。
「うん、すごく似てるけど違うみたい。ちょっと待ってね、解いてみる」
そう言うなり、リューネは古書を広げ、さらさらと式を解き始める。アルはその様子をしばらくじっと見つめる。
あれほどの難解な計算式を、こうも簡単に解いてしまうものなのか――信じられない思いで、リューネの手元を凝視した。
半刻程経った頃、リューネがゆっくりと話はじめた。
「僕が15歳になった時、お祖父様から試験を受けたの。王族は全員受ける試験らしいんだけれど、その試験って、この古書と同じような計算式がたくさん載ってて、それを解くものだったの」
計算式を解きながらでも、リューネは普通に会話を続けている。
アルは驚きを隠せず、解き進む手元を見つめた。
「そんな古書、クスラウドの書庫にあったか……?」
かつてリューネと共に訪れた書庫を思い返すが、古代魔法書のような重要な本が置かれていた記憶はない。
魔術の発展が進んでいないクスラウドに、こうした魔導書が存在するのは奇妙だった。
「もしかしたら王族しか入れない書庫の方にあるのかもしれない。難しい本ばかりだし、帝王学とか必要なかったから、僕はそっちの書庫はあまり……ん? あれ?」
ふと、リューネが手元の筆を止める。
「どうした?」
「解けたと思ったんだけれど……おかしいな。間違ってるのかな?」
リューネは答えを書いた紙を裏返したり透かしたりして、何度も確認している。
「お前、何やってんの?」
アルは訝しげに眉をひそめる。
「前は答えが導き出されたら、ぱーって数字が浮かんで、キラキラして綺麗だったの! この本は違うのかもしれないね」
アルは一瞬考えた後、一度テスと相談してみようと決め、話を中断した。
何よりリューネとの貴重な逢瀬の時間をこれ以上無駄にしたくなかった。
「古書のことは……まぁ、後でゆっくり調べるとして」
アルが伸びをしながらそう言うと、待ってましたとばかりにリューネがぴょんと膝上に乗ってくる。
「いちゃいちゃタイム後半戦スタート?」
「勝手にイベント化すんな」
アルはリューネの耳元にそっと唇を寄せて、囁くようにキスを落とした。頬に、首筋に、そして甘く深く唇を重ねる。
熱を帯びた空気の中、二人は何度も笑い合いながら、ぴったりと寄り添ったまま、とろけるような午後を過ごしていった。




