リューネのいないリューネの休日
昨夜は遅くまでアトリエで作業をしていたアルは、重たげな身体を引きずるようにベッドから這い出した。
窓から差し込む光をぼんやりと眺める。朝の爽やかな陽射しはとっくに過ぎ去り、どうやら昼も半ばを迎えているようだった。
「眠ぃ…」
かすれた声で呟きながら、無造作に髪をかき上げる。
リューネが学園に通い始めて、もうすぐ二か月が経つ。
独り寝の寂しさには、多少は慣れてきた。それでも、リューネの温もりを恋しく思う瞬間は数え切れない。
ベッドに残る僅かな温もりに指を這わせながら、ふと微笑む。
リューネと出会う前は、誰かのぬくもりを求めることなど想像すらつかなかった。
「また切らしてたか…」
キッチンへ向かうと、珈琲のストックが底を尽きていることに気づく。
それだけのことなのに、自然と口元が緩んだ。
――すべては、珈琲を切らしていたことから始まったのだから。
「アイツと親しくなるきっかけだったもんな」
独り言ちて、クローゼットへと足を向ける。
変わり映えのない、黒一色の服ばかりが並ぶ空間。迷うことなく街に馴染む装いを選び、手早く着替えを済ませる。
スッキリしない頭を軽く振り、転移魔法を唱えた。
しかし――
(これだから、寝ぼけた頭のまま外に出たくないんだよ…)
瞬間、視界に広がったのは目的のカフェではなく、魔道学園の門だった。
「まったく、何やってんだか」
アルは大きく息を吐き苦笑する。
本来なら今日はリューネと過ごす予定だった。しかし、休み明けに試験を控えているとのことで、リューネはクラスメイトとの勉強会に参加すると、事前に伝えられていた。
短期留学生である以上、試験の成績はそれほど重要ではない。
そもそも、クスラウドでは学生ですらない。
だが、リューネにとっては初めて順位のつく試験だった。
生まれてこのかた、一度も誰かと比べられることなく育った彼にとって、試験とは未知の挑戦だ。
(だから、頑張りたいんだろうな)
門前で立ち止まり、リューネの笑顔を思い浮かべる。
そして踵を返し、たまにはひとりでのんびり歩くのも悪くないと思いながら、中心街のカフェへと向かった。
空は澄み渡り、陽射しは暖かく――正直、デート日和だった。
「おい、アル。アルじゃねぇか!」
背後から突然声を掛けられ、アルは足を止めて振り返った。
「トラビスか。久しぶりだな。遠征から帰ってきたのか?」
「いや、一時的に戻ってきただけで、明日にはまた遠征先に戻る。ところでお前、婚約したらしいじゃねぇか?」
トラビスは豪快に笑いながら、アルの背中を勢いよく叩いた。彼はマリールゥの兄で、魔法騎士団に所属している。平民出身でありながらエリートコースを順調に進んでおり、将来を嘱望される有望株だ。
「お前こそ浮いた話はないのか? 魔法騎士団に所属してるんだから、女が寄ってくるんじゃないのか?」
「毎日鍛錬、任務、会議でそれどころじゃねぇんだよ。正直、結婚相手のいるお前が羨ましい。俺も可愛い伴侶が欲しい。――可愛い限定でな」
人好きのする笑顔を浮かべるトラビスの言葉に、アルは苦笑した。
それからしばらく昔話に花を咲かせながら、ルブテールズの街を歩き、カフェの前で別れる。
カフェのテラス席で、軽食とエスプレッソを注文し、ようやく一息つく。温かい日差しの中、アルの心は自然とリューネへと向けられた。学園が休みの日は、時間の許す限りアルと一緒に過ごし、学園で起きたことや友人の話を楽しそうに聞かせてくれる。毎日がとても楽しいと笑顔を浮かべるリューネに愛おしさがこみ上げる。
(そうだよな、あいつまだ17歳なんだよな)
取るに足らないような些細な出来事も、全てが新しく、楽しく感じる時期。アルだって、その頃はテスやトラビスと随分と好き勝手やっていた。授業なんてまともに受けた記憶はなく、しょっちゅうサボっては三人でつるんでいたものだ。そんなことすら、今となっては楽しかった記憶しかない。
(そんな時期が、たった三ヶ月だけしかないなんてな)
エスプレッソを飲み干し、注文しておいた珈琲豆を受け取りカフェを後にすると、ふと思い立って評判の菓子屋へと足を向けた。
ショーケースに並ぶ色とりどりの焼き菓子を眺めながら、少し多めに詰めてもらうよう店主に頼む。
そして――静かに転移魔法を唱え、学園の受付へと降り立った。
「この菓子をリューネへ渡してほしい」
受付の職員にそう伝え、アルはアトリエへ戻る。
その頃、学園内で勉強会を終えたリューネに職員が笑顔で包みを差し出した。
「リューネ様、アルステルス様よりお届け物です」
リューネは驚きながらも嬉しそうに包みを受け取る。
リボンを解き、整然と詰められた菓子を見つめる。
添えられた小さなカードの文字にそっと目を落とす。
『脳には甘い物が良いらしい アル』
リューネはふっと微笑んで、大切そうにカードを手に取りキスを落とした。




