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5番目の王子  作者: Moma
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リューネ③

「おい、呼吸しろ。ゆっくり……そう……イイ子だ」


低く響く声が、ぼんやりとした意識に染み込んでくる。

肺に冷たい空気が流れ込む。

ケホケホと何度も咳込みながら、リューネは周囲を見渡す。

薄暗い……屋内だろうか?

どうやってここへ?

カフェは?

護衛は?

貴方が何故?

頭の中に疑問がぐるぐると渦巻くばかりで、ようやく絞り出した声はひどく頼りないものだった。


「ここ……は……?」


「俺のアトリエ兼住みかだ。結界が張ってある。ここには誰も侵入できないから安心しろ。……ケガは?」


彼はリューネを抱えたままそっとソファに腰を下ろした。

切れ長の瞳が心配そうに覗き込み、リューネの体を目視で確認する。

視線が交わる――

その瞬間、彼の目がわずかに細められた。

安堵を誘うような、優しい表情。

途端、リューネの瞳からポロポロと涙が零れ落ちた。


「こ……怖か……った……」


震える声で絞り出した言葉。

強く、ぎゅっと抱きつく。

鼓動が速い。冷えた指先が、彼の温もりにしがみつくようだった。

彼は何も言わず、ただ背をさすり、ゆったりとした動作で頭を撫でる。

その手は大きく、優しかった。

しばらくそうしているうちに、リューネの震えは次第に落ち着いていく。


「俺はアル。アルと呼んでくれ。お前は?」


リューネの様子を見計らい、アルは穏やかな声で名乗った。

腕の中ではまだ小さく震えていたが、涙は止まっているようだった。


「リュー……ネ。…………この国の……第五……王子なんです……僕なんて……狙っても……何も……ならないの……に……」


クスン、と鼻をすすりながら、落ち着かない視線を彷徨わせる。


アルはゆるりと指を伸ばし、リューネの髪を一房すくい上げると、じっと見つめてぼそっと呟いた。


「……王族ってもっとキンキラしいのかと思ってたんだがな」


「地味だな」


あまりにも場違いな言葉に、リューネは思わず瞬きをする。

その軽い言葉が、張り詰めていた感情を少しずつ解していく。


「あの……アルさんは……どうして、どうやってここに?……さっきの魔法陣はアルさんが発動したのですか?」


「正確に言うと、お前にはもともと三重の防御魔法がかかっていた。始めは防御魔法が発動してた。だが、それだけでは防ぎ切れないと判断して、さらに防御の魔法陣を発動させ、その隙に転移させた」


アルは言葉を選ぶように一拍置いて続ける。


「安全な場所がここしか思いつかなかった。悪いが、今日はもう転移魔法は使えない。魔力を随分消費したからな……一晩寝れば回復する。だから、朝になったら王城まで連れていく。馬車だと城迄半日以上かかるんだよ。お前が消えたせいで城は今頃大騒ぎだろうがな」


リューネは混乱した。

王宮の魔導士でさえ、転移魔法を使える者はいない。

それほどまでに、転移魔法は莫大な魔力と技術を要する。

クスラウド王国の人間で、そこまで魔力を持つ者などいるはずがない。


「俺は海の向こうの国の人間だ。俺の国では国民全員がそこそこの魔法を使えるんだよ。まあ、魔力の量には個人差はあるけどな。それに、お前に危害を加えるつもりはない……というか、俺は攻撃系の魔法を使えないんだよ。王子様を誘拐する趣味もねぇし。偶然その場に居合わせたから助けただけだ……あのカフェ、気に入ってるからな。壊されたくなかったし」


リューネの不安を察したのか、アルは言葉を尽くして説明してくれた。

寡黙だと思っていた男は、大切なことはしっかり伝える。

シルバーグレイの瞳をじっと見つめる――澄んだ瞳だ。

危害を加えるつもりなら、今日でなくとも、今まで幾度もチャンスはあったはず。


「アルさん、僕を助けてくれてありがとうございます。貴方が、今日あの場所に居てくれて本当に良かった……」


ふう、と大きく息を吐き、ゆったりと微笑む。

アルは指の腹でリューネの目元に残った水滴をそっと拭い去り、またポンポンと軽く頭を撫でた。

その掌の感触は、心地よくて、温かかった。

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