ルブテールズ祭③
寮で着替えを済ませたリューネは、アルが以前デートにと用意してくれた服に身を包み、ご機嫌な様子でいた。アルと恋人繋ぎにした手を見つめ、相変わらず嬉しそうに歩く。その一挙手一投足があまりに幸福感に満ちており、夜の灯りの下で、柔らかな光を纏っているようだった
(可愛すぎる…)
街は祭り一色で、通りには電飾が連なり、屋台の香ばしい匂いと音楽隊の音が空を満たしている。すれ違う人々がリューネを振り返り、目を奪われる。
(…連れ出すんじゃなかった)
早々に後悔の念が良し寄せる。
「アル、屋台がたくさんある!お腹減っちゃった。早く行こっ!」
子供のようにはしゃぐリューネを前に、引き返すという選択肢は存在しない。アルの眉間には深い皺が刻まれる。
「早く結婚したい……」
「え?アル?何か言った?」
祭りのざわめきにかき消され、アルの言葉はリューネには届かない。
けれど、アルとリューネの婚約はすでに定められた未来であり、お互いに深く愛し合っている。にもかかわらず、焦りや不安が拭えない自分の気持ちに、アルは静かに戸惑っていた。
「どうしたの?大丈夫?」
覗き込むリューネの顔に、アルはようやく意識を現実に戻す。
「いや、悪ぃ。ちょっと考え事してた。腹減ったな。いろんなもん食いたいんだろ?」
「うん、シェアしよ!アルはお肉が好きだから――」
リューネは瞳を輝かせ、屋台の列を一つ一つ丁寧に眺めながら歩き出す。
◇ ◇ ◇
「お腹いっぱい……もう食べられない」
人混みから少し離れた噴水前のベンチで、リューネは満足そうな笑顔を浮かべた。
「お前にしちゃ、よく食ったな」
「今日はたくさん動いたから…そうだ、アル、迷路が街の外にできてるって聞いたんだけど……行ってみたいな」
「迷路か……まぁ、行ってみるか。結構デカいって聞いたぞ」
二人は転移魔法で、祭りの余韻が残る夜の郊外へと移動する。
◇ ◇ ◇
「えっと……僕が想像していた迷路と全然違うんだけど……」
リューネは困惑しながら入口に掲げられている注意書きに目を通す。
「お前どんなの想像してたんだよ」
「クスラウド城の中にも植物園の迷路があったから、そんな感じのを想像してた」
二人の目の前にそびえ立つのは、壁、壁、壁。背の高いアルよりもさらに高い壁がかなりの長さで続いている。すでに日が暮れていたためライトアップされているが、それがかえって無機質な佇まいを強調しているだけだ。
「ねえ、なんで救護室とかあるの?危険な迷路なの?それに、注意書きに『特に魔力の高い人は慎重にお進み下さい』って書いてある」
リューネは不安になり、魔力の高そうなアルをちらりと伺うが、アルは大して気にしていないようだ。
「最悪転移すりゃ大丈夫じゃね?防御魔法はお前にかけとくし。それとも止めるか?」
「アルが一緒だから何があっても大丈夫だよね。入ってみよう?」
リューネはアルの腕にしがみつき、密着しながら入口へと足を踏み入れる。緊張気味なリューネに対し、頼りにされたアルの表情は若干緩んでいた。
「慎重にお進み下さいって、あの注意書き気になるね」
二人はひたすら無機質な壁に沿って進み、行き止まり、戻り、進むの繰り返しで、気にするようなことは特に何も無いように思われた。
「壁も普通の壁だよね……」
コンコンと何気なくリューネは壁を叩いた。と、その時。
目の前にゴロンと通路を阻むほどの大きさの大きな玉が上から落ち、転がってきた。アルは咄嗟にリューネの腕を引き、脇の通路に飛び込む。玉が通り過ぎ、ほっと息をつくと、真下に穴が広がりリューネと共に落ちる。アルは魔法陣を幾重にも張り巡らせ網のような状態にし、それ以上の落下は防ぐことができたが、転移魔法を詠唱したところ発動しなかった。
「なんだこの迷路は。慎重に進んでも危ねぇつーの。おい、大丈夫か?」
アルは腕の中で縮こまっているリューネに声を掛けた。驚きすぎて声が出ないだけで無事らしい。小さく頷く姿が確認できた。アルはポンポンとリューネの頭を撫で、髪に唇を落とし、さてどうするかと考える。しばらくすると穴が徐々に下の方から塞がり、アルとリューネは穴から押し出された。時間が経過すると形状が元に戻る仕組みの迷路らしい。
「転移魔法使えねぇみたいだし、リタイヤするか」
もう少しだけ進んでみたいとリューネが言うので進んでみると、次々と仕掛けが襲いかかる
その迷路は完全に“アトラクション”の域を超えていた。
ある通路に踏み込んだ瞬間、足元の床が突如として崩れ、二人は柔らかな粘性のある何かに呑まれかけた。薄い膜のようなスライム状の物体が絡みつき、リューネは慌てて手足をばたつかせるが、アルの放った小さな火球でそれはすぐに弾けて消えた。
「な、何今の……ぬるぬるした……!」
リューネが顔をしかめる間もなく、今度は通路の両壁に並ぶ鏡が一斉に鈍く光を放つ。鏡面には二人の姿が映っていたが、次第に様子がおかしくなる。リューネが笑えば、鏡の中のリューネは泣き、アルが歩けば逆方向へと進む。魔力に反応する幻術の仕掛けが視界を狂わせ、どちらの進行方向が正しいのか、一瞬混乱させられる。
慎重にその区間を抜けると、目の前に新たな通路が現れた――かに見えた瞬間、床が幻影であることに気づく。足を踏み入れたリューネが宙を踏み外しかけ、アルがとっさに支える。次の瞬間、足元に本物のロープが出現し、二人は空中に吊るされた一本の綱の上に立たされていた。下方を見れば、映像魔法で精巧に描かれた深い谷が広がっており、思わず息を呑む。
「……やっぱこれ、遊びじゃねぇだろ……」
アルが嘆息するのも束の間、壁の隙間から何かが軋むような音を立てて現れた。魔導機械だ。頭上の闇から降ってきたのは、巨大な金属の手。それは意思を持つように二人を追い、逃げるたびに地面を激しく揺らした。
アルは片腕でリューネを抱き支えたまま、前方の光を目指して走り出す。
───迷路は、想像のはるか上を行っていた。
散々歩き回り、逃げ回ったため、要所要所に設置してあるベンチで休憩中だ。
リューネはアルに寄り添い、微笑む。
「不思議な仕掛けが一杯だね!」
「お前、順応能力高すぎねぇか?」
「だって、こんなの普段経験できないもん。楽しくなってきちゃった。アルが一緒だから何も怖くないよ?」
そう言ってリューネは小さく息をつき、迷路の天井を仰ぐように目を細めた。
まるで、今の自分の気持ちを確かめるように。
「こういうの、全部。留学しなかったら、きっと知らないままだったんだよね」
アルの隣にぴたりと寄り添い、こぼれる笑みに続けて、そっと言葉を添えた。
「ね、アル?僕、留学してきて本当に良かった。Bクラスの皆が登校初日からとても親切にしてくれて、僕が学校生活に馴染むまで色々教えてくれたの。最初は親切心だけだったかもしれないけれど、最近は他の生徒と同じように接してくれるの。僕がアルの婚約者で王族だって知ってるのに。毎日が新しくて、楽しいんだ」
リューネは今までの学校生活を思い出すように笑みを浮かべる。
「友達って存在が初めて僕の中にできたの。とっても温かいね友達って。アルと出会わなかったら僕は友達の温かみも知らずに生きていたかもしれない。アルに出会わなかったら人を愛する気持ちも知らなかったかもしれない」
リューネはアルの腕をぎゅっと組み、手を恋人繋ぎにし、もう片方の手を重ねる。
「世界はこんなにも広くて不思議なこともいっぱいで、たくさんの人に溢れてて……アルは僕よりたくさんの人に出会っているのに、その中で僕を見つけて、選んでくれてありがとう」
「お前の世界が広がって、もっとたくさんの人と触れ合っても俺を選んでくれるか?」
「アル以上に素敵な人なんて僕は知らない、いつも僕のことを想ってくれてるのすごく伝わってくる。今も、これからも僕が選ぶのはアル唯一人だよ。早く結婚したいね、アル」
どちらともなく顔を寄せ、口付けを交わす。
結局、門限時間ギリギリまでベンチでいちゃいちゃしたため、迷路はリタイアすることとなった。




