ルブテールズ祭②
「アルステルス様!ささっ、こちら!こちらに!」
カフェの扉が開いた瞬間、フロアの空気がわずかに緊張を孕んだ。
誰よりも早くそれに反応したのは、カフェ全体を仕切っていたマリールゥだった。目を輝かせて駆け寄り、アルの袖を取ると、有無を言わせずパーテーションの陰へと導いた。
「おい、俺はリューネを迎えに来ただけだ――」
「はい、リューネ君から伺ってます!」
パキリとした笑顔で返され、押し込まれるように席へ落ち着かされる。
「お仕事終了まで、あと少しだけお待ちくださいね!」
(リューネ君、だ?……馴れ馴れしい奴だな)
心の声が顔に出そうになるのを、アルは不機嫌な眉で押さえ込む。
「コホン。改めまして、アルステルス様。ご無沙汰しております。私、花屋のマリールゥです。お元気そうでなによりです!」
「花屋?ああ、トラビスの妹か。あのチビ助が……大きくなったな。リューネと同じクラスなのか?」
「はい! アルステルス様と最後にお会いしてから、もう七~八年は経ってますもの大きくもなります!リューネ君とはクラスメイトで、いつも仲良くさせてもらってます!」
にこにこしながら話すマリールゥの話を、アルは早くも上の空で聞き流し、パーテーションの隙間からちらちらとフロアを覗き込む。視線の先にあるのは――蒼の札の元、次の注文を取りに向かうリューネの姿。
「なんだアレは。給仕、ってレベルじゃねぇな。……おい、近い。……近寄るな、その女……愛想振り撒きやがって」
(((アルステルス様、心の声が駄々漏れです……)))
ざわりと、近くにいた生徒たちが無言で視線を交わしあった。
たいそうリューネに入れ込んでいるとは聞いていたが、想像以上だった。嫉妬丸出し、牽制丸出し。冷静沈着を装っていたアルの、まさかの一面。
「で、チビ助。カフェの警備はどうなってる。リューネに万が一のことがあったら――」
「御心配なくですわ、アルステルス様!」
すぐさまマリールゥが胸を張って返す。
「我がBクラスが誇る、未来の魔法剣士ゴリ君が常にリューネ君の近くに控えております!」
その名を聞いてアルが眉をひそめるのと同時に、マリールゥはパーテーションから身を乗り出し、フロアへサムズアップ。
黒エプロンに身を包んだ大柄な青年――筋骨隆々のゴリ君が、無表情のまま同じジェスチャーを返してきた。
「なんであんなガタイのが普通科に居るんだよ。魔導科でも戦えるだろ、あれは」
「実は脳筋すぎて座学が足りなかったらしくて。来年からは魔導科へ編入予定です。本名はゴーリエ君ですけど、まぁ、大して変わらないですね!」
呆れとも安心ともつかない溜息を吐きつつ、アルは再びリューネへと視線を戻す。
白シャツに黒ベスト、すっきりまとめた髪。普段と違う、凛とした印象の給仕姿がやたらと目を引く。
それがまた……癪に障る。なぜなら、どこかの女性客の笑顔がリューネに向かって花開いているから。
「明日も明後日も、リューネ君は同じ時間に給仕なんです。よかったら、こちらをどうぞ」
差し出されたのは、整った文字で日付と番号が記された二枚の整理券。
マリールゥが囁くように言葉を添える。
「家族やごく近しい方にだけお渡ししている特別整理券です。並ばずに席にご案内できますよ。三日目はクスラウドの方々も来られるようで、ぜひ!」
「……そうか」
アルは小さく頷いて、整理券を無造作にポケットへ突っ込んだ。
その横顔はまったく動じた様子を見せず――けれど、パーテーションの隙間からリューネを見つめる眼差しは、誰よりも真っ直ぐで、熱を帯びていた。
リューネしか見ていない。それは誰の目にも、明らかだった。
「アル!お待たせ、いっぱい待たせちゃった?」
給仕から解放されたリューネが、満面の笑みを輝かせながらパーテーションの奥へと駆け込む。
迎えたアルは何も言わず、するりとリューネの腰に腕を回すと、迷いなくその頬に口づけを落とす。
パーテーション内が見える距離にいたBクラスの女子たちが、一斉に「きゃあああっ!」と悲鳴を上げた。誰かが咄嗟に口を押え、誰かが床を転げまわる勢いで悶えている。
「いっぱい待った」
低くくぐもった声が、リューネの耳元で囁かれる。続けざまにもう一つ、今度は耳のすぐそばに、優しいキス。
(あれ?拗ねてる…?拗ねてるアルも可愛いけれど、何が原因だろう?)
リューネは腰に回されたアルの腕にそっと手を重ね、甘えるように身を寄せた。
「今日は門限までずっとアルと一緒にいられるから、お祭りいっぱい楽しもうね。……あ、その前に着替えたいんだけど、寮に戻ってもいい?」
アルは何も答えずに、ただもう片方の腕を伸ばしてリューネをしっかりと引き寄せると、そのまま寮のある方角へ歩き出した。
「わっ、アル待って!」
慌ててついていくリューネを、アルは歩を緩めることなく歩いていく。
「マリーさん、Bクラスの皆さん、また明日!」
歩きながらリューネが振り返って手を振ると、パーテーションの向こうから女子たちのすすり泣きと歓声が同時に響いた。
「「「うわあああああ……目撃した……尊すぎる……明日も生きる……」」」
そんな熱狂の空気も気にかけることなく、アルはリューネの手をしっかりと引きまっすぐに歩き続けた。




