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5番目の王子  作者: Moma
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デート

「おい、そろそろ婆ど…も…」


勢いよく部屋の扉を開けたアルだったが――次の瞬間、リューネの姿を目にした途端、動きを止めた。その場で顔を掌で覆い、横を向いたまま微動だにしない。


「アル?」


予想外の反応に、リューネは不安を覚え、慌てて駆け寄った。


「アル、どうしたの?具合が悪いの?医師様を呼んだ方が――」


「いやいやいやいや」


アルはそのままリューネを腕の中に抱き込み、早鐘を打つ心臓を必死に落ち着かせる。 


(ヤベェ、めちゃくちゃ可愛い)


もともと中性的な顔立ちのリューネだが、女性の手が入ると印象がぐっと変わる。今回の衣装と髪型のせいで、完全に”可憐な令嬢”の雰囲気になってしまっていた。

もちろん、それを狙ったはずのアルだったが――仕上がりが予想を遥かに超えてきた。


「……よく、見せて」


アルはリューネの頬に指を滑らせ、輪郭を辿るように撫でながら顎へと指を添え、そっと上を向かせる。

瞳を際立たせる差し色が目元に施され、頬は薄く染まっている。

唇は艶を帯び、どう見ても”キスを誘っている”としか思えない。

何時もはストレートな髪も、ゆるくウェーブをかけられ、ふんわりと優しい印象に仕上がっている。


(婆共……いい仕事しやがるじゃねぇか)


アルは思わずリューネへ屈み込み、軽く唇にキスを落とす。


「行くぞ」


そう告げると、リューネの手を強く引き、店の外へと歩き出した。

アルの服装も先ほどとは異なっていた。長いエプロンのような布を背面に流し、中はロングパンツ。全体的にタイトなシルエットで、スタイルの良さが際立つ。

相変わらず墨色一色ではあるが、そのシンプルさが却って洗練された印象を与えていた。


「アル、着替えたの?すごく素敵!」


リューネは目を輝かせ、嬉しそうにアルの服装を褒める。


「お前とデートすんのに、エスコート役の俺がショボくちゃカッコつかないだろ」


「嬉しい!アルとデート!」


リューネはぴょんと軽く跳ね、まるで子どものように無邪気に喜ぶ。


「デートのために僕に服を新調してくれたの?」


「折角なら街に馴染む服装の方がいいだろ?ルブテールズは古くから同性婚が認められてた街だから、服装も男女問わず、筒形の布を腰に巻くのが一般的なんだ。俺は動きやすさ重視で、大体こんな感じだけどな」


アルの言葉を聞いて、リューネはふと婚約の顔合わせのときのアルの装いを思い出す。確かに、彼の正装も腰に布を巻くスタイルだった。


「僕、好きな人とデートができる日が来るなんて夢にも思わなかった。ありがとう、アル」


そう言って、リューネは満面の笑顔をアルに向ける。

ただデートをするだけでなく、街に馴染むように配慮してくれるアルの心遣いが何よりも嬉しかった。

一方のアルは、そんなリューネの笑顔で心臓を撃ち抜かれ、完全に撃沈しかかっている。


(ヤバい……今日のリューネの笑顔、破壊力が凄まじい)


「こんなに可愛い婚約者をエスコートできるなんて、俺も嬉しいよ」


囁くようにそう言って、アルはリューネの頬に軽くキスを落とす。そして、迷いなく手を取り恋人繋ぎのまま歩き出した。

リューネはアルの言葉が嬉しくて、ぎゅっと指を絡ませる。そして、その手の温もりに甘くとろけるような笑顔を浮かべた。その様子を見たアルは、もう一度撃沈しそうになりながら、懸命に平静を保つ。 


街を行き交う人々は、アルの隣に寄り添うリューネを見て”アルステルス様と……ご一緒なのはどなたかしら?”とひそひそと声を交わしていた。リューネにもその声は届き、アルの手を引きながら小声で告げる。


「ね、アル……街の人たちに注目されてる気がするんだけど……」


アルは薄く笑いながら答えた。


「それが目的。お前のこと、みせびらかしてんの。だから今日のデートは転移は無しな」


リューネは驚いたものの、アルの隣で微笑みながら街を歩き続けた。アルとのデートは、まるで物語の一幕のように心躍るものだった。


◇ ◇ ◇


最初に訪れたのは、街はずれに広がる≪野鳥の森≫木漏れ日の下、リューネは手のひらに餌をのせて静かに差し出す。すると、どこからともなく鳥たちが飛来し、一羽、また一羽と増えていき、あっという間に彼の周りを取り囲んだ。小さな#嘴__くちばし__#がつつくたびに、餌がみるみる減っていく。


「あ…待って、待って…もっとゆっくり…」


けれど鳥たちは待ってなどくれない。次々と餌を奪い去り、数秒後にはすっかり空っぽになってしまった。傍らで肩を揺らして笑うアルに、リューネは可愛らしくむくれながら「もう!」と小さく抗議する。

野鳥の森を抜けると、光を反射する静かな湖面が広がっていた。


「中心街からそれほど離れていない場所なのに、とても自然がいっぱいなんだね」


「ここは自然保護区なんだ。人の手は入ってるが、市民の憩いの場所……というか定番のデートスポットだな」


ふたりは手を繋ぎながら、ゆっくりと湖畔へと歩を進める。

木造の小さな船着き場には、いくつかのボートが静かに浮かんでいた。


「ボートがあるな……乗ってみるか?」


アルが提案すると、リューネは少し不安げにしながらも、好奇心に目を輝かせて頷く。

ゆらゆらと揺れるボートに慎重に足を踏み入れると、アルが手慣れた様子でオールを握り、ボートは滑るように水面を進んでいった。そのスムーズな動きを見て、リューネも挑戦してみたくなった。


「ね。アル。僕も漕いでみたい。」


そう言って手を伸ばし、オールを握る。アルが何かを察したように口元だけで笑っていたが、リューネは気にせず、意気揚々と漕ぎ始めた。――が。


「……ん?……あれ?」


ボートは進むどころか、くるくるとその場で回り続ける。困惑したリューネの背側へと回り込んだアルが、オールの動きをじっくりと観察する。


「そっちじゃない、逆だ。力の入れ方を……よし、こうして――まっすぐ行く」


アルがそっと手を添え、ふたりの動きが重なった瞬間、ボートは滑るように進み始めた。水面にはゆるやかな波紋が広がり、湖の静けさのなかに、ふたりの笑い声が心地よく響く。


ボート乗りを穏やかに楽しんだふたりは、黄金色の木漏れ日がやさしく降り注ぐ森の中を、手をつないでゆっくりと歩いていった。やがて森を抜け、賑やかな商業街区へと足を向ける。「少しお腹が空いてきたね」そんな会話を交わしていたちょうどその時、甘く、心をくすぐるような香りが風に乗って漂ってきた。香りの先を辿ると、温かな灯りをともした可愛らしいクレープの屋台が見えてきた。


「クレープ屋か……お前、食べたことあるか?」


アルが尋ねると、リューネは首を横に振った。


「初めて見る……美味しそう!」


期待に目を輝かせるリューネを見て、アルは「なら決まりだな」と言いながら、二つのクレープを注文する。“フルーツクッキークリーム”と、“チーズチキンチップサラダ”。甘いのとしょっぱいの、両方試せるように。


「どっちがいい?」


「どっちも食べてみたい!」


ふたりでお互いの口に運んでみる。


「ん、これ……美味しい……!」


市井でこうして食べ歩きをするのはリューネにとって初めてのこと。


「……僕ね、好きな人とこうやってでデートするの、ずっと夢だったんだ」


そう言って、リューネはふと視線を落とす。


「あのね。あのカフェでいつも読んでた本、あれって……恋愛小説なんだ。初めて市井に降りて、一番最初に買った大切な本」


そして、照れたようにはにかみながら、アルに小さく囁く。


「誰にも言っちゃダメだよ?」


可愛い。


「なんでまた恋愛小説を選んだんだ?」


自然とこぼれた疑問に、リューネは少し困ったように笑った。


「えっと……これも恥ずかしいんだけど……。本屋さんに入ったまではよかったの。でもね、初めての市井、初めて一人で買い物をするっていうだけで、すごく緊張しちゃって……それで、目についた本を、深く考えずに……ぱって、手に取っちゃった」


その理由はあまりにも彼らしく、純粋で、どこまでも無垢だった。アルは思わず、柔らかく微笑んだ。


「じゃあ次のデートは本屋もコースに入れておこう」


そう提案すると、リューネは嬉しそうに頷いて、すぐ近くの雑貨店のウィンドウに目をとめた。可愛い動物の置物が並ぶのを見つけて、ぱっと手を引かれる。


「アル、ここ入りたい!ちょっとだけ!」


リューネは、あれもこれもと小さな雑貨を手に取っては「これ、可愛い」「こっちも可愛い」と、楽しげな声をあげて店内を巡る。その横顔を見つめながら、アルは思う。

――可愛いのは、お前のほうだ。


気づけば夕暮れ。街はオレンジ色に染まり、すれ違うひとびとの視線は二人に向けられ、どこか微笑ましげに目を細める。いつの間にか、この街で“公認のカップル”になっていたらしい。アルステルスと寄り添い合いながら歩くリューネは、どこからどう見ても、恋人そのものだった。


「最後に、どうしても行きたい場所がある」


そう言いアルは転移を発動し、リューネを新たな場所へと連れていく。

転移した先は、高くそびえる時計塔だった。ふたりはその頂上へと上り、息を呑むほど美しい景色を目にする。


「わあ……すごい……」


リューネは眼下に広がる街並みを見渡した。夕陽に染まった屋根がオレンジと金色の輝きを帯び、遠くまで続く街道はまるで光の筋のようだ。


「ここは時計塔。街全体を一望できる。お前の国と違って、この国は国土が狭いからな。それに――これからの時間が、一番夕陽が綺麗なんだ」


アルは背後からそっとリューネを抱き込み、屈んで肩に顔を乗せる。


「あれを見ろ。街外れに広がる大きな敷地――あそこが魔道学園だ」

リューネは視線を向け、壮大な敷地に目を奪われる。そこはまるで別世界のように静寂が漂い、整然とした建物が並んでいた。


「この国の子供は、基本的に全員が学園に入学する。しかも全寮制で、俺も5年間そこで過ごした」


「全員が勉学を学べるの?すごい……」


「同性婚が多い国だから、子供はこの国にとって宝物なんだよ。平民も貴族も王族も関係なく学べるし、学園では身分の区別もない。だからこそ、みんな仲が良い」


アルの声には、どこか懐かしさと誇りが滲んでいた。


「街の人間がみんな俺に気軽に声をかけてただろ?」


リューネは頷いた。


「王族なのに、街の人々と随分身近な関係なんだなって、不思議に思ってた」


「学園の影響が大きいんだ。生徒の間で身分差がないから、そのまま街に出ても、みんな昔の友人みたいに話しかけてくる。俺が王子だとか関係なく、ただのアルとして親しまれてるんだよ」


そう語るアルの顔は、どこか穏やかで優しい。


「だから、お前のことも、俺の大切な人として街の皆に知ってほしい。俺の可愛い婚約者としてな。もう、市井に降りる時は変装する必要なんてない」


リューネはアルの言葉に胸がじんわりと温かくなるのを感じた。


「アルは、この国の皆に愛されてるんだね」


アルの顔をまっすぐに見つめ――柔らかく微笑む。

ふたりの間を、静かに黄昏の風が通り抜けていった――。



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