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5番目の王子  作者: Moma
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貴賓室にて

部屋の扉が開かれた瞬間リューネの視界に飛び込んできたのは、窓辺に佇む人影だった。

背後から射し込む光が、その人物をヴェールのように包み込み輪郭をぼやけさせている。

それでも、その高い背丈と洗練された体躯は、シルエットだけでも十分に感じ取ることができた。

リューネは自身を落ち着かせる為に深く息を吸い込んだ。

一歩石の床を踏み出し、優雅な礼を取る。


「殿下…初めてお目にかかります。リューネと申します。クスラウド王国王家の一員、ハーラル陛下の息子でございます」


静寂を破る、絹ずれの繊細な音が耳朶を打つ。

婚約者であるはずの人物が、ゆっくりとこちらへ向きを変えていく気配を感じる。

直接対面することへの隠せぬ不安が胸の奥で渦巻く。

顔を上げ、その顔を真っ直ぐに見据えなければならない。

そう理性は命じるのに、足は石の床に縫い付けられたように動かない。

この心情をどう説明し、目の前の人物にどう接すればいいのか――。

無数の懸念が頭の中を埋め尽くし、根付いた不安がじわりと広がり始める。

無意識に胸元へ当てていた手を、緊張からぎゅっと握りしめた。


その瞬間にも婚約者様は静かに距離を詰め、ついにリューネの目の前まで来た。

彼は片膝をつき、洗練された動作でリューネの左手を優しく取り、その甲に深い敬意を込めたキスを落とす。


「此度は御目通り叶い、至極光栄に存じます」


その声を聞いた瞬間、リューネはまるで時が止まったかのように瞠目した。

信じられない思いで顔を上げる。

この深く、そしてどこか懐かしい響きを持つ声――。


「リューネ殿下、この度お目にかかる栄誉にあずかり、身に余る光栄でございます。アルステルスと申します。ルブテールズ王国の第五王子として、殿下にお会いできる日を楽しみにしておりました……」


―息置いてアルステルスは続ける


「生涯貴方を唯一人、この命尽きる最後の一時まで愛すと誓います。どうか……私と結婚していただけませんか?」


シルバーグレーの、深い輝きを秘めた瞳がリューネの視線を強く引きつけ、その薬指に温かなキスが再び落とされた。

リューネは、まるで現実ではない夢幻のような光景を見ているかのように、自分の指先を呆然と見つめた。

これは、果たして夢?それとも――


「あ…る…」


「くくっ。やっと呼んでくれたな」


アルステルスは、いたずらっぽく微笑みを浮かべ、先ほど温かなキスを落とした場所を、長い指先でゆっくりとなぞる。


「アルさんが…僕の婚約者様?」


「お前、さっき俺が言ったこと、ちゃんと聞いてなかったのかよ」


「アルさんが王子?」


「柄じゃあねぇけどな」


「僕…てっきり平民の方かとばかり思って…絵師様だと…」


「それ、お前の言いにくい名前の兄貴にも言われた。お前が平民の俺と婚姻する前提で、慣れない料理を作ったり、一人でできることを増やそうと沢山努力してて……いじらしかったってな」


「にいさまが…」


「なあ……俺は領地も所有してなければ、豊かな財力もない。肩書こそ第五王子だが、ただの絵描きとたいして変わらない。でも、お前が苦労しないよう、俺の人生をかけて努力する。子供は作れないが、その分の愛情は全てお前に注ぐ。俺は、お前が好きだよ、リューネ。俺と結婚してくれ」


もう一度、アルステルスはリューネの左手の薬指に唇を寄せ、温かなキスを落とし、優しく微笑んだ。


「返事は?」


太陽のような暖かな笑みを浮かべながら問いかける。


「ぼく…僕も…アルさんが好き…好き……。ずっと一緒にいたい。僕を……僕を貰ってください」


リューネはまだ跪いているアルステルスに、ためらうことなく飛びつき、頬にキスを贈った。


「頬でいいの?俺はこっちがいい」


アルステルスは、待ちきれないと言わんばかりに、噛みつくような激しさでリューネの唇を奪い、息をする事も忘れてしまうほど深いキスを何度も何度も重ねた。


「…大丈夫か?」


コツン、と互いの額を優しく触れ合わせ、アルステルスが潤んだリューネの瞳を覗き込むと、その瞳は輝きを帯び、濡れたように艶めいていた。


「誰にも邪魔されたくねぇな…飛ぶか?」


リューネの繊細な耳元で甘く溶けるような声で囁き、そのまま暖かいキスを落とす。


「飛んで?」


お互いの視線が絡み合い、微笑みが重なった瞬間アルステルスは低く響く声で詠唱を始めた。

二人の姿が消え去った後、貴賓室には、まるで何事もなかったかのように、完璧な静寂がゆっくりと訪れた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

貴賓室の前に立つ侍従は、不安げに視線を向けた。


「レステュユルニ様……随分と時間が経っています。リューネ様は、大丈夫でしょうか?」


レステュユルニは、眉をひそめて扉を見つめる。


「ようやく、長く焦がれた相手に巡り逢えたのだからな……いや、待て。まさか……」


嫌な予感が胸に広がる。

慎重に扉をノックし、入室を告げる。しかし、返答はない。

焦燥感が背を押し、礼儀も省みず勢いよく扉を開いた――

しかし、室内はもぬけの殻だった。


「……やられたな」


沈黙の中、レステュユルニは低く呟く。


「アルステルス殿はこの後、魔導士たちとの重要な会議があるというのに」


「リューネ様は……本日戻られるのでしょうか?」


レステュユルニは答えず、ただ静かに息を吐いた。

やがて二人は、それぞれの持ち場へと戻っていった――



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