冬のとある日②
リューネの瞳から、止めどなく雫が零れ落ちる。
それを見たレステュユルニは静かに片手を上げる。
ジュウトと側近は一礼し、静かに部屋を後にした。
「ほら、こちらへおいで」
リューネの震えた手をそっと取り、レステュユルニはソファへと誘う。
その手のひらの温かさに、リューネは胸がぎゅっと詰まる。
「思い切り、泣きなさい」
その一言が届いた瞬間、抑えていた感情の堤が決壊する。
迷うことなく、リューネは兄の胸に顔を埋め――泣いた。
声を殺すことなく、溢れる涙をそのままに。
レステュユルニは何も言わず、ただ静かに背中を撫で続ける。
それは、涙の波が静まるまでの、長い時間だった。
「少しは落ち着いたか?」
しばらくして、レステュユルニは優しく問いかける。
「ああ……こんなに目が赤くなってしまって……可愛らしい顔が台無しではないか……」
苦笑しながら、指の背で涙を拭う。
ぽんぽんと背中をさすり、溜まった涙の痕にそっと唇を落とす。
「にいさま……ぼく……どうしたらいいのか……」
リューネの声は、かすかに震えていた。
「ぼくは王族で……何もできなくて……アルさんに会えなくて……迷惑ばかり……好きなのに……」
レステュユルニはじっと耳を傾け、静かに問いかける。
「一つ一つ話そうか。ゆっくりでいい。今日は、お前のために時間はたっぷりと割いたからね」
リューネはこくりと頷くと、時折言葉を詰まらせながら、慎重に語り始める。
アルとカフェで出会ったこと。
彼が美しい声の持ち主で、絵を描いていたこと。
襲撃の時に居合わせ、転移魔法で助けてくれたこと。
彼が魔力を持ち、祖国には魔力持ちが多いこと。
お風呂の入り方を教わったこと。
ご飯を作ってくれたこと。
一緒に眠ったこと……キスをしたこと。
襲撃事件以来、外出ができなくて辛いこと。
ひとつ、またひとつと口にするたびに、心の奥深くにしまい込んでいた想いがあふれ出す。
そして最後に、リューネは静かに 「会いたい……」 と呟き――再び涙を零した。
レステュユルニは、リューネの肩をそっと包む。
「リューネ、お前は会ってどうしたい?その後は?その先は?どこまで考えている?」
「アルさんの……気持ちを知りたい……」
リューネは涙を拭い、鼻を啜りながら続ける。
「もしも……もしも……ぼくと同じ気持ちだったら……一緒になりたい。でも……ぼくは王族だから……」
どうすればいいのか分からず、縋るようにレステュユルニを見上げる。
王族と平民の婚姻――それは決して簡単ではない。
過去に前例がないわけではなかったが、極めて珍しいケースだった。
リューネもそれを理解したうえで、それでも迷い続けていた。
「お前がすべて話してくれて嬉しいよ、リューネ」
レステュユルニは微笑む。
「聞いたからには、力にならなくちゃな」
「その絵師はアルと言ったか。実は影にアルの行方を追わせていたのだ。お前が着用していた服が、アルのものに似ているという報告を受けたのでな」
リューネは驚きながら、バツが悪そうに視線を落とす。
服からアルの存在を知られてしまうとは、思ってもいなかった。
「ところが、だ。あの襲撃以降、アルの姿をカフェどころか街中でも見つけることができていない」
「影だけでなく、街の警備兵にもそれとなく見張らせていたのだが……転移魔法や不可視の魔法を使えるとなると……さて」
レステュユルニは腕を組み、静かに考え込む。
「……そんな不安そうな顔をするな」
リューネの表情を見て、優しく微笑む。
「何か良い手立てがないか、考えておこう。何よりもまず、アルを見つけ出さねばな?」
胸の内を明かしたことで、リューネは少し気持ちが軽くなった。
レステュユルニが協力してくれるのならば、何か方法が見つかるかもしれない。
「よろしくお願いします。お兄様だけが頼りです」
泣き腫らした瞳のままで、リューネは微笑む。
その姿に、レステュユルニは心からの安堵を覚えた。
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リューネの部屋を出たところで、側近が静かに歩み寄る。
「国王様がお呼びです」
レステュユルニはわずかに眉をひそめた。
「……面倒事でなければいいが」
苦笑を零し、側近とともに謁見の間へと足を向ける。
国王は、ほぼ隠居状態だった。
政治の実務はすべてレステュユルニに一任し、時折、議会の決定や王太子の判断を無視して 勝手に約束を取り決めてしまう 厄介な人物でもある。
前回は、仲の良い上位貴族との仮装パーティを王宮で開く約束をしてしまい――
レステュユルニが、急遽その準備に奔走する羽目になった。
そんな父王が今回は何を言い出すのか。
さすがに警戒しながら、謁見の間の扉を開く。
「お、来たかレステュユルニ。早速だが――」
王の声が響いた瞬間、レステュユルニは 先手を打つ。
「父上、先に釘を刺しておきますが――もうパーティを開催するのはダメですからね。仮面舞踏会も禁止ですよ」
思い切り牽制する。
このまま話を進めさせるわけにはいかない。
だが――
「ええ~。ダメなの~?」
父王は肩をすくめ、あくまで軽やかに続ける。
「でも、パーティは開かなくちゃならないと思うんだよね~」
「だってさ、聞いて!リューネの婚約が決まったんだよ!」
「……は?」
その瞬間、レステュユルニの思考は完全に停止した。
目の前の父王が放った言葉が、頭の中でゆっくりと繰り返される。
(リューネの……婚約?この父が?あれほどリューネを溺愛し、一生この城から出さない勢いだったあの父が――?
意味が分からない。いや、理解が追いつかない。)
「ち……父上、なぜリューネを?」
レステュユルニは慎重に問いかける。
すると、国王は こともなげに 言い放つ。
「だって、リューネしかもう結婚してない子供いないでしょ?」
「何より、お相手がリューネを望んでるんだよね~」
「もちろん、こちら側にも利益はたっぷり。良い話だから即決しちゃった!」
最後に てへっ と笑う国王を前に、レステュユルニは 全ての思考を停止した。




