冬のとある日
「ジュウト、この服の組み合わせはどうでしょう?」
リューネはくるりと回り、ジュウトの視線を伺う。
冬の装いとなったリューネのダークグリーンの衣は、彼のピンクブロンドの髪色を一層際立たせ、柔らかな魅力を引き出していた。
「よくお似合いです。コーディネートも完璧です、リューネ様。ですが……私の仕事がなくなってしまいますので、程々にしてくださいませ」
ジュウトは冗談めかして言うが、内心では少し寂しさも感じていた。
いつからか、リューネは自ら服を選ぶようになっていた。
以前は、ジュウトが用意したものを淡々と着るだけだったのに。
最近のリューネは、服に限らず、自分でできることを少しずつ増やしている。
ジュウトはそれが誇らしくもあり、同時に寂しくもあった。
先日からは料理長に頼み、簡単な料理を習い始めている。
味見係は専らジュウトの役目だが、そのせいか最近お腹まわりが少しきつい気がしていた。
本気で 専属の味見係を雇ってほしい と考えはじめている。
「リューネ様、本日は王太子殿下がお越しになるそうです。もうすぐいらっしゃると思いますので、お茶の準備を致しましょう」
しばらくすると、王太子殿下・レステュユルニと側近が部屋を訪れた。
相変わらずの “リューネ大好き” な兄は、部屋に入るなりリューネをぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「お兄様……ほんじつ……も……ご機嫌麗しく……くるしいです……」
「堅苦しい挨拶はよい。今年の冬はいつになく厳しいが、体調は崩していないだろうか?」
「お心遣いありがとうございます、お兄様。ジュウトが体調管理をしっかり行ってくれています。私もできるだけ日中に散歩に出掛け、体力が落ちないように努力しております」
「そうかそうか!」
レステュユルニはリューネの頭をひとしきり撫でると、満足そうに微笑む。
ジュウトがティーセットワゴンを運んでくると、リューネはするりと抱擁から抜け出した。
「お兄様、本日は私がお茶をお淹れ致しますね。習い立てなので……美味しく淹れられるか不安ですが」
慎重に、落ち着いて。リューネは紅茶の準備に取りかかる。
ぎこちなさはあるものの、一つ一つの作業を丁寧にこなしていった。
「リューネ……お前の淹れた紅茶を飲める日が来るとは……」
レステュユルニは、感慨もひとしおだ。
その目がほんの少し潤んでいるようにさえ見えた。
リューネが紅茶をカップに注ぐと、部屋中に香りが広がる。
「お兄様、どうぞ……スコーンも私が昨日焼きました。宜しければこちらも。見た目はあまり良くありませんが……」
レステュユルニはスコーンとリューネを交互に見つめる。
「うわぁぁぁぁぁ!」
感激のあまり、今にも泣きそうな勢いだった。
苦笑を浮かべながら、リューネは自分の紅茶を用意し、席に着く。
「それで、お兄様……本日はどのような?」
紅茶を一口含みながら、レステュユルニに問う。
「そうであった、リューネに説明を。」
控えていた側近が話し始める。
レステュユルニはスコーンを堪能することに決めたらしい。
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「リューネ様が襲撃を受けられた件について、調査の進捗をご報告申し上げます」
リューネが目を伏せながら軽くうなずくと、側近は続けた。
「襲撃の動機につきましては、“第五王子として”狙われたものではないと判断されております。むしろ、リューネ様が身分を隠しておられた時に見せた、高貴な立ち居振る舞いや風貌――それが誤認を招いたのではないかと」
「……誤認?」
リューネが顔を上げると、側近はわずかに頷いた。
「はい。実は近隣諸国におきましても、過去に“失われた王家の血筋”や“貴族の隠し子”に関する伝説や噂が存在しており、その影響で、似た雰囲気を持つ人物が襲撃される事件がいくつか確認されております」
「そのすべてに共通していたのは、端正な身なり、礼儀に優れた立ち振る舞い……そして、目立たぬ場においても漂う気品でした」
リューネは手を握りしめながら、静かに息を呑んだ。
「リューネ様もまた、その“伝説の血筋”を持つ者と誤解され、消すべき存在と見なされた……それが今回の襲撃の背景にあると推察されます」
部屋の空気が、ひときわ重くなった。
「また、襲撃を受けた他の者の中には、重傷を負った方もおり、ひとりは命を落としております。今回、リューネ様がご無事であったのは――」
側近はそこで言葉を切り、リューネの表情をそっとうかがった。
「……まさに奇跡に近いものでした」
レステュユルニはスコーンを口に運びながら、ふとリューネを見つめる。
「ということだ。リューネ、このスコーン、もう一つもらってもいいか?」
強張った空気をほどくように、柔らかく話しかける。
ジュウトがすかさずスコーンを差し出す。
リューネは 気持ちを切り替えるように 紅茶を口に運ぶ。
しかし、今日の紅茶はひどく苦く感じる。
「ところで、リューネ」
紅茶を片手に持ったまま、レステュユルニは静かに言った。
「お兄様に……何か言うことはないか?」
その声には、王太子としての威厳ではなく、 兄としての温かさ が滲んでいた。
「最近のお前は……いや、あの襲撃の翌日から変わった。何を考えているのか、悩んでいるのか。私には分からぬ」
「お前の側にいるジュウトはもちろん、私や城の者たちも、皆お前を心配しているのだ」
レステュユルニはリューネの頬をそっと撫でる。
「話してごらん?」
その言葉は、どこまでも優しく――慈しむような微笑みとともに、リューネへと届けられた。




