第21話
それは、音楽の授業のため、凛が結芽と廊下を並んで歩き、音楽室へ向かっている時のことだった。
「ねぇ、凛、最近元気ないけど、なんかあった?」
「えっ!?何もないよ。元気だよ!」
結芽の言葉に、思い当たる節のある凛はどきっとしながらも、必死に首を振って何もないとアピールする。
けれど、結芽はそれでは納得せず、むしろ凛が何も話してくれないことに顔を顰めた。
「うそっ!最近ずっと元気ないじゃない。悩みがあるなら、聞くよ」
「ないよ。ホントに元気だってば!」
「私には話せないの?」
まさに、その通りなのだけれど、もちろんそうだなんて言えず。
凛は必死に、何もない、と何度も繰り返すだけだった。
そして、今度は部活に向かう最中のことである。
凌空と並んで歩きながら、凛は部室を目指していた。
「なぁ、最近元気ないけど、悩みでもあるのか?」
結芽とほぼ同様の問いかけに、凛はまたどきりとして、身体を強張らせた。
「何もないよ。元気だよ」
結芽に返したのと同じ答えを返し、凛は顔が引きつりそうになりながらも、必死に笑みを浮かべる。
しかし、凌空もまた、それでは納得してくれず、顔を顰めてしまった。
「俺には言えないのかよ……」
まさにその通り、とはやはり言えるはずもなく。
他でもなく凌空の表情までも曇らせてしまったことに罪悪感を覚えながらも、凛は再び、何もない、と何度も何度も繰り返した。
結局どちらも納得はさせられていないものの、なんとか諦めてもらって、凛はふぅとため息をついた。
凛の今の悩みは、本来この場にいるはずだった2人の幼馴染である凛の居場所を、自身が奪ってしまっていることである。
もしかしたら、この世界は自分が居た元の世界とは違って、似たような経験をしたことがある人が多数いるような、ファンタジーな世界なのかもしれない。
そんな一縷の望みを抱いて、凛は自身の状況をあれこれ入力して、インターネットで似た事例がないか検索してみた。
だが、物語の中に入り込むような事例は、この世界においても小説や漫画の中にしか存在しなかった。
とはいえ、今この世界も、凛からすれば漫画の中の世界なのだけれど。
そんなこんなで、そういった物語があるという情報しか得られず、この身体を本来の持ち主へと返す方法はおろか、そのヒントさえ見つけることはできなかった。
(この世界の幼馴染たち、勘が良すぎでしょ……)
凛はそんなことを考えていたが、それは幼馴染に限ったことではなかった。
それは部活中の、休憩時間のことだった。
「悠、どうしたの?突然、用があるなんて」
珍しく、凛は悠に呼び出され、体育館の外に出て二人きりとなった。
「凛こそ、どうしたの?最近、元気ないみたいだけど、何か悩みでもあるの?」
「えっ」
凛はどくんと胸が音を立てるような感覚を覚えながら、思わず一歩後ずさってしまう。
(どうして、悠まで、そんなこと言うの?)
自分はそんなにもわかりやすいのか、と凛は落ち込みながらも、必死でそれを隠そうと笑みを浮かべる。
「やだなぁ。何もないよ。突然どうしたの?」
「そうかな?」
「そうだよ。話がそれだけなら、戻ろう?」
凛はそうして、元来た道を戻ろうとした。
だが、悠がそれを阻むかのように、凛の腕を強く掴んでしまう。
「悠?」
「幼馴染だからこそ、言えないこともあるでしょ?凌空や結芽に言いにくいことなら、その時は、俺に相談してよ、ね?」
「凌空か結芽が、何か言ってたの?」
悠が自身にそんな風に言ってくれる理由が、凛にはわからなかった。
あるとすれば、凌空か結芽が、代わりに話を聞いて欲しいとか、そんなことを言ったのではないかと思ったのだが、すぐに首を振った悠を見る限りどうやらそうでもないようである。
「ううん、何も?二人と何かあったの?」
「えっ!?う、ううん……なんにも、ないよっ!」
下手に何か言うと、墓穴を掘ってしまいそうな気がして、凛はただ必死に首を振ってごまかすように笑った。
「ねぇ、どうして、私にそこまで言ってくれるの?」
「うん?そうだな……凛とは、親しくしておいた方がいいかな、って思ってるから、かな」
「え?」
凛は目を見開いた。
それから、さらにどうしてと聞こうとしたけれど、悠が何かに気づいたようにあっ!と声をあげ、それ以上何か聞くことはできなかった。
「そろそろ休憩終わるね。戻ろっか」
悠はそう言うと、あっさりと凛の腕を放した。
(悠って、こんな、掴みどころのない感じのキャラだっけ?)
いつもにこにこと笑みを浮かべている優しいキャラクターだが、バスケの時だけ真剣な表情に変わる。
そういったところが、結芽に刺さった、そんなキャラクターだったはずである。
だが、凛は漫画で読むよりも、ずっと何を考えているかわからない謎めいた人物に思えて仕方がなかった。
「えっ?練習試合?」
新しいレギュラーでの、初の試合になるのだ、そんな話を結芽から聞いた凛は、内心非常に驚きながらも必死にそれを隠していた。
なぜなら、漫画では1年のうちは練習風景は多々描かれたが、バスケの試合風景なんて描かれなかったからだ。
(試合の話は、悠がレギュラーになる2年からだったのに……)
だが、それはあくまで漫画が、結芽と悠をメインに描かれたものだったから、ということにすぎないのだろう。
悠がレギュラーではなかったからといって、1年間バスケ部が全く試合をしていなかったはずなどないのだから。
練習試合だけではない、他にも公式試合など、きっと凌空はこれから、レギュラーとして凛の知らないさまざまな試合に出場していくことになるだろう。
「今週の土曜日、うちの体育館でやるんだって。楽しみだね」
こちらの高校の体育館の方が広いようで、対戦校がわざわざ来てくれるようである。
その日は、レギュラーだけではなく、マネージャーも他の部員たちも当然登校することになるらしい。
凛たちにとっては、高校生になってはじめて休日に登校する日となる。
それもあって、結芽はどこかわくわくしているようだ。
「そう、なんだ……相手、強いとこなの?」
「うーん、先輩の話だと実力的には五分五分な感じ、らしいけど……」
結芽は先輩から聞いたことを思い出しながら、凛の様子を窺う。
きっと、凌空の初試合を見られると喜ぶだろうと期待していたのに、ここ数日と変わらず元気のないままなのが気になった。
「凛、あんまり嬉しそうじゃないね」
「えっ?」
「凌空のデビュー戦だし、もっと喜ぶかと思ったのに。楽しみじゃ、ないの?」
「え?も、もちろん、楽しみだよっ」
何の悩みもない状態だったなら、凛は自分でもそれはもうめちゃくちゃ喜んだだろうと思う。
漫画では見ることのできなかった凌空の雄姿を、生で見ることができるのだから。
けれど、今は、手放しで喜ぶ気にはなれなかった。
そんなはじめての試合、凌空が最も応援してほしかっただろう凛が、ここには居ないから。
「凛、やっぱり何か……」
「やだな、何もないって!土曜日、一緒に応援がんばろっ!」
凛は、努めて明るく笑ったつもりだった。
けれど、上手く笑えていなかったようで、結芽は心配そうに凛を見つめていた。




