第16話
また、見覚えのあるエピソードだ。
凛は目の前の光景を見ながら、そう思った。
今日は結芽が再び、凌空と悠とともに出かける日。
イレギュラーな凛の存在を除けば、凛が漫画で見た光景そのものだった。
凌空は、バスケ部でレギュラーに選ばれたものの、バスケ用のシューズを持っていなかった。
今までは体育でも使用している、体育館用のシューズを使っていたのだが、さすがにレギュラーとなればそうもいかない。
そこで買いに行く、という話になった際、せっかくならば悠と出かける口実になれば、と結芽が悠におすすめのお店を聞いたのだ。
そうして、悠がいつも利用しているという、大型のショッピングモールの中にあるスポーツ店に来たのである。
(バスケシューズを買いに行くだけで、ショッピングモールに来れちゃうところが、少女漫画って感じよね)
本来なら、さびれたところにある、頑固な店長でもいるような穴場のスポーツショップでもおすすめされそうなものだけれど。
バスケシューズを買うついでに、ショッピングモールでデートらしきことまでできてしまいそうな展開が、いかにも少女漫画らしいと凛は漫画でこの話を読んだ時も思ったものだった。
(でも、今まで買ってなかったなんて、凌空はきっと、長くバスケを続ける気はなかったんだろうな……)
きっと結芽と悠が早々に上手くいけば、退部することも考えていたのだろう。
しかしながら、凛の知る限りでは、結芽と悠は残念ながら卒業するその日までくっつくことはない。
「ここだよ」
皆を導くように少し前を歩いていた悠が足を止めた。
そこには、やっぱり凛が漫画で見た通りのスポーツショップがあった。
「ふーん。行こうぜ、凛」
「え、あ、ちょっと……っ」
凌空は突然、凛の手を取ると、そのまま結芽と悠は置き去りに先にスポーツショップへと入ってしまう。
(これも、結芽と悠を二人っきりにするため……?)
凛は置き去りになった2人をちらとらと振り返りながら、首を傾げる。
「ねぇ、悠におすすめ聞いたりしなくていいの?」
「店員に聞けば、だいたいわかるだろ」
そういうと、凌空は振り返るなとでも言うように、凛の手を強く引いた。
(おかしいな、漫画だと3人で選んでたはずなのに……)
このままでは、漫画と違う展開になりそうだ。
後ろを振り返ることなく、店員の元へと一直線な凌空の後ろを歩きながら、凛はそう思った。
結局、凌空は悠のアドバイスなど一切聞くことはなく、店員さんの助言の元、試し履きを繰り返し、候補を3つに絞った。
結芽と悠は、凌空の様子を見ることもなく店内を見て回っているようで、凌空の傍には凛しかいない。
「凛は、どれがいいと思う?」
「えっ!?」
意見を求められるなんて思わなかった凛は、驚きの声をあげる。
(私に、わかるわけないじゃん)
バスケ用のシューズに、詳しいわけがない。
だが、凌空だって、それはよくわかっているはずだ。
「うーん……デザインで言うなら、これが一番凌空っぽい?」
きっと、シューズの性能部分で選ぶことは、求められていないだろうと、凛は見た目で選んでみた。
黒を基調としたデザインが、この中では一番凌空が好みそうだと思ったのだ。
(ただ、漫画で凌空が買ってたやつと、違うけど……)
悠によるアドバイスがなかったからか、はたまた3人で選んでないからなのか。
漫画で凌空が履いていたデザインのものは、候補の中に入っていない。
そのことが、嫌な方向へと転ばなければいい、凛はただそれだけを願うばかりだった。
「やっぱ、そっか。俺も、これがいいかなって思ってたんだ。これにしよ」
凌空は凛の選んだシューズを手に取ると、そのまま会計へ向かおうとする。
凛はなんだか急に不安になって、思わず凌空の手を掴んで引き留めてしまった。
「何?」
「ほ、ほんとに、それでいいの?」
「凛も、これが俺っぽいて言ったじゃん」
「そ、そうなんだけど、候補のやつ以外も、もう一回見てみたりとか……」
「いーよ、もう。これ以上あれこれ見るのもめんどーだし、これ、履き心地は悪くなかったし」
「そっか……」
それ以上引き留める理由も見当たらなくて、凛は結局凌空の手を放してしまった。
当然、凌空はそのまま会計へと向かう。
凛はただ、妙な不安を拭えないまま、呆然とその後ろ姿を見送っていた。
「凌空、シューズいいの見つかった?」
凌空が会計を終わらせて凛の元へ戻ってくると、すぐに結芽が駆け寄ってきた。
「ああ。とりあえず、良さげなのがあったから、買ってきたよ」
「じゃあ、ここでの用事は終わりだよね。私、次、行きたいとこあるんだけど、いいかな?」
そんな結芽の言葉を聞いて、凛はすぐに次の行先がピンときた。
漫画でも、凌空がシューズを買い終わった後、次は結芽の希望で向かった場所がある。
きっと、そこに行くに違いない、とそう思ったのだ。
(よかった、思ったほど、ストーリーの流れは変わってなさそう)
すっと不安が消えてなくなるような気がして、凛はほっと息を吐く。
「結芽の行きたいとこって、どこ?楽しみっ!」
予想はついていることはもちろん告げず、凛はそう言って笑ってみせた。
(やっぱり、ここだ)
結芽に連れられて来た場所は、やはり凛の予想通りの場所だった。
そこは好きなパーツやアイテムを選んで、オリジナルのチャームやキーホルダーが作れる場所だ。
漫画では、ここで凌空と結芽と悠、3人でおそろいのものを作ろう、と結芽が提案するのだ。
「へぇ、こんなとこがあったんだね。知らなかったな」
悠はこのショッピングモールへはよく来るが、専ら足を運ぶのはスポーツショップだけらしい。
結芽が事前に調べておいたらしいこの店を、物珍しそうに眺めている。
「こんなとこ来て何すんの?」
にこにこと楽しそうな悠とは対照的に、凌空は興味なさげだった。
早く用事を済ませて離れたい、そう思っているようにも見える。
(確かに、どっちかというと、女の子向きなお店かもしれないな……)
それでも、入るのは嫌だとは言わない辺りが、凌空の優しさなのだと凛は思っている。
「ここね、オリジナルのキーホルダーとか作れちゃうの。好きなアイテム選んで!だから、皆でお揃いで作ろう!」
「へぇ、いいね、楽しそう」
結芽の提案に最初に色よい返事をしたのは、悠だった。
これも、漫画の展開と全く同じである。
(この後、凌空も、確か仕方ないなって……)
凛は漫画を思い出しながら、凌空の言葉を待っていた。
しかし、凌空の言葉は凛の予想とは違っていた。
「ふーん。じゃ、そっちは結芽に任せる。凛、行こうぜ」
「えっ!?」
凛は漫画のセリフとは随分異なる凌空の言葉に驚いた。
一方で、凛とは違う理由で、結芽もまた驚いたのか凛と結芽の驚きの声がきれいに重なった。
「ちょ、ちょっと待ってよ、凌空。みんなでお揃いで作ろう、って言ってるでしょ」
そのまま凛の手を引いてどこかへ行ってしまいそうな凌空を、結芽は必死に引き留める。
「ああ。だから、そのみんなでお揃いってやつは、結芽に任せるよ。凛、せっかくだから、2人でも何かお揃いのやつ作ろうぜ」
「え?ええっ!?」
クールな印象だった凌空が、女の子とお揃いのものを作ろうと提案するのは、漫画を読み込んだ凛でさえ想定外すぎた。
しかし、それは凛だけの感想ではないようで、声こをあげなかったが結芽の表情も非常に驚いたものになってしまっている。
「な、なんで、凛と2人でお揃いにしちゃうのよっ!」
そんなのずるい、とでも言わんばかりに結芽は声をあげる。
今にも喧嘩でもはじめてしまいそうな雰囲気に思えて、凛は少し心配になった。
「そりゃあ、付き合ってるからだろ。ちょっとは気を使えよ」
「さっき、2人でシューズ見てたじゃないっ!ここは、4人で見ててもいいでしょ!?」
「おまえ、ここに何しに来たんだよ」
最後の凌空の一言には、凛も同意だった。
そもそも4人で出かける一番の目的は、結芽と悠が親密になれるように、である。
だから、何かと理由をつけて、わざわざ悠を誘って出かけているはずなのだ。
(悠と2人になれるなら、結芽はその方がいいんじゃ……?)
凌空と言い合ううちに、もはや当初の目的をすっかり見失っているような気がしてならない。
凛がそんなことを考えていると、いつの間にか、凛のすぐ傍に悠が立っていた。
「凛と凌空、付き合ってたんだね」
「え……?あ、えっと、うん、まぁ……」
そう言えば、悠にはまだ伝えてなかったんだった。
凛はそんなことを思いながら、乾いた笑みを浮かべるしかなかった。




