(8)
その事件が起きた後、真佐木の奴が珍しく沈んでいた。
多分、普通の学校に通っていたとしても、起きたような……痛ましいが、ありふれた事件だ。
いや、普通の学校よりも、ある意味では「閉鎖社会」であるここでは……より起きる確率が高くなりそうな事だ。
早い話が、いじめによる自殺者が、俺達のクラスから出た。
「おかしな事を考えるんじゃないぞ」
俺は、隣の席の真佐木に、そう声をかけた。
「安心しろ。楽で現実的な道を選ぶのは、私の主義に反する」
「だから、楽で現実的な道を選べって言ってるんだ」
真佐木はサイコ野郎なりに、自分に課してる倫理が有る……らしい。
だた、その倫理が、どこかブッ壊れてるだけで……。
死んだのは、真佐木と特に親しい奴でもなかった。
真佐木にとっても俺にとっても、死んだ奴は「クラス全員の名前を言え」と言われた時に「うっかり言い忘れる奴」のベスト5(ワースト5かも知れないが)に入ってそうな……そんな感じの奴だった。
「楽で現実的に見える道の先が地獄でもか?」
「時には妥協し……」
そう口に出した途中で気付いだ。
「お前さ、本当に『結果的に、自分がいじめを見逃したせいで、人1人死んだ』事に罪悪感を感じてるのか?」
「何言ってる?」
本気でキョトンとした表情と口調。
ふざけてる時ほど、大真面目に思える表情や口調になる奴が……この表情と口調。
今度は、俺が頭を抱える番だ。
マズい……。
退学を望んでる奴に余計なヒントを与えてしまったのか、俺は?
しかも、ここで殺人事件が起きても、警察に通報されないし、報道すらされない。
ここで人を殺して退学になっても……その後、一般社会で、進学や就職の際の履歴書に堂々と「犯罪歴:無し」と書いても、倫理的にはともかく、法律上は嘘を言ったとは見做されない。
ここは、そういう……冷静に考えると……異常な場所だ。
まぁ、これまた冷静に考えると、俺達は「実態は『人喰い』だが、一般人にとっては普通の人間と見分けが付かない」化物を殺す為の人間になる事を期待されてる訳なので……結局、俺達の行き着く果ては「正常な社会を護る異常者」なのだろうが……。
皮肉な話だ。俺達の中で、自分が「正常な社会を護る異常者」になる未来を避けようとしてるのが……元からの異常者だってのは……。
ポン……。
横で、真佐木が「いい事、思い付いた」って感じて手を軽く叩く。
「お前……案外、頭いいな」
うるせえ。
こっちは、これから、お前が今からやろうとする事を防ぐ為に、頭を……そして多分体もフル回転させなきゃいけないんだ、こんチクショウ。