(6)
「全員を守れないなら、守る基準は何なんですか?」
座学の授業が終った後、真佐木は教官を捕まえて、そう尋ねていた。
「何を知りたいんだ?」
「例えば、そうですね……。総理大臣とキャリア組じゃない下っ端の公務員が居た場合、総理大臣が羅刹に狙われてる場合は、厳重に守り、下っ端の公務員が羅刹に狙われてる場合は、総理大臣に比べて手薄にする訳でしょうか?」
「あのな……現実問題としてだな……」
「そうです、私が訊きたいのも、その『現実問題』についてです」
「はあ?」
「現実問題として伺いますが、その『現実主義』とやらが、歴史上、一度でも現実問題の解決に役に立った事が有りましたか?」
「そりゃ、有ったに決ってるだろ」
「あの……教官も、ここの『学校』の出身ですよね?」
「そうだよ」
「卒業してから、ずっと『組織』の仕事しかやってないんですよね?」
「ああ……何が言いたい?」
「この『学校』では歴史の授業なんてやってませんよ。それなのに、何で、教官は歴史に関する質問に、そんなに自身有りげな答を返せるんですか?」
「うるさいな、お前ほどの優等生でも、女ってのは感情的な屁理屈ばかり……」
「じゃあ、そもそもの質問です。総理大臣と下っ端の公務員が羅刹に狙われてる場合、総理大臣の命は何としても守るけど、下っ端の公務員は……なるべく守るが、死んだら死んだで、それは仕方ない。それが『組織』の方針なんですか?」
「そりゃ、理想論としては、両方共同じように守れってのが筋だろうが、常識で考えたらな……判るだろ?」
「ええ、総理大臣がアドルフ・ヒトラーで、下っ端の公務員がアルベルト・アインシュタインだったら、理想論でも常識でも、総理大臣は死んでも仕方ないが、下っ端の公務員は何としても守りぬかないと人類にとって重大な損失ですよね」
「屁理屈だ、そんなの」
「でも、総理大臣と名も無き一般庶民の命の価値のどっちが重いか人間に判断出来ないなら……総理大臣だろうが一般庶民だろうが……守れるか守れないか、生きるか死ぬかは公平かつ平等にするのが筋じゃないんですか?」
「あのなぁ……ああ、たしかにお前が言ってる事が理屈では正しかも知れんが……そんな事は『組織』の上層部の一員にでも成ってから……」
「どうやれば成れるんですか?」
「へっ?」
「私の一族は、一応、『組織』の中では、ちょっとした『名門』で、他の『名門』とも付き合いが有ります。でも……居ないんですよ」
「お……おい……何が言いたい?」
「聞いた事さえ無いんですよ。私が名前を知ってる『名門』の誰かとか、『組織』内で名前が知られてる『戦士』の誰かが、『組織』の上層部だか指導部だかの一員になれた、なんて話は」