(4)
「やれやれ……。また……退学に失敗した……」
放課後、偶然、校長室から出て来たばかりの真佐木と出会した。
女子寮に入ってる奴の話では、真佐木の部屋には、やたらと本が多いらしい。
美術書・学術書、そして……大検の参考書。
真佐木の一族は、明治時代に「組織」が出来た頃から、何人もの優秀な「戦士」を出してきた「名門」だそうだ。
しかも、真佐木の曾祖父と祖父が「組織」を「定年退職」した時の「退職金」を使ってやった投資が大成功し、「一代につき、1人か2人ぐらいは、放蕩息子・放蕩娘が居てもビクともしない」ぐらいの財産が有るようだ。
その一族の本家の末娘だったこいつは、家業を継がずに、学者か芸術家になるのが夢だったらしい。
だが、「天才」と言われた3人の兄が、全員、この学校を優秀な成績で卒業し、現場配属されたと思ったら、次々と「戦死」してしまった。
何でも、こいつの兄達の中で、一番長生きしたのでさえ、現場配属されて死ぬまでに、2年かからなかったらしい。
その結果、「名門の一員だが、家や家業を継ぐ責任とは無縁」という気楽な人生を楽しむつもりだったこいつが、この学校に……本人曰く「ブチ込まれる羽目になった」。
「お前な……他人が羨む才能が有りながら、何で、いつも……」
こいつが超問題児なのは確かだ。しかし、学校としては「超問題児」である点を差し引いてさえ、こいつの才能は惜しいのだろう。
「こんな才能なんて要るか。自分が望む人生を送る邪魔になるモノだぞ。才能じゃなくて呪いだ、こんなモノ。他人にくれてやる方法さえ有れば、無料どころか、こっちから礼金を付けてでも押し付けたいのに……」
「あのな……お前が嫌がってるそれは、誰かを羅刹から護れる力……」
「『あのな』って言いたいのは、こっちだ。自分で言ってて寒気がしないのか、その、ダサくて、独創性が無くて、誰かの受け売りみたいな台詞? 卒業したら『組織』の『今月の標語』でも考える仕事も兼任したらどうだ?」
無意識の内に、俺は舌打ちをする。
成績だけなら、俺の方が上だ。
けど、例えば、近接戦闘の実習では……こいつが本気を出したが最後、二〇㎏は体重が上の俺がボコボコにされるまで、二〇秒かからないだろう。
こいつは、多分だが、人間として大事な何か……何かの常識とか倫理観とかが決定的に欠けている。
しかし、これまた多分だが、こいつの強さの源は、その「何かが欠けている」事なのだろう。
「大体、何で、あそこまでの事をやった?」
こいつにはサイコパスっぽい所が有るのは確かだ。
でも、こいつなりの……そして、サイコ野郎なりの「自分自身に課した掟」みたいなモノは……一応、有るらしい。
こいつは、ある目的を果たすのに、複数の手段が有る場合、楽な手段は選ばない。楽で現実的な近道に見える道こそ、地獄への道だと思ってるフシが有る。
念願の「退学」を勝ち取る為に、誰かに迷惑をかけなければならないなら……その「誰か」は、ほぼ必ず自分より強い相手や立場が上の相手だ。
「教官を半殺しにすれば、普通は退学だ。しかも、この学校で何が起きても『外』には知られない。極端な話、ここで誰かを殺しても……一般社会では、進学や就職の時の履歴書に『犯罪歴:無し』って書いても法的には何1つ問題無い。ここや『組織』の存在が一般社会に知られない限りはな」
「でも、教官の金玉まで踏み潰す必要は有るのか?」
「あの屑野郎、私と付き合ってた先輩をレ○プした」
「へっ?」
「しかも、その時に『俺の子を産め』とか言いながら射精ったそうだ。女をレ○プした時に、そんな事を口走ったような奴にとって……一番想像したくもない真似をやってやっただけだ」
「あ……あのな……」
「とは言え、自分が女で良かったと思ってはいる。あんな真似、私が男だったら、恋人を殺した相手にだってやるのは躊躇しただろうな」
そう言った後、真佐木は腕を組んで、首を傾げた。
「どうした?」
「一つ訊くが……」
「何だ?」
「私が、あの屑野郎にやった事って、どの位、痛いんだ?」
「知るか。金玉を潰された経験は流石に無い」