(2)
余り知られていないが、握力の要は小指だ。
小指を失なった場合、他の指を失なった時に比べて、握力の低下は著しいものになる。
その時、真佐木の口から吐き出されたのは……血と唾が混った液体だけじゃなかった。
「う……うわああああ……」
真佐木は、教官の利き腕の小指を噛み千切っていた。
くいっ……くいっ……。
真佐木は、「来い」と挑発するかのように、教官に向けて指を動かす。
教官は……右手の小指が有った箇所を左手で押えながら……理解不能な怪物を見る目で、真佐木を見ている。
「ふう……」
真佐木の口から、溜息のような呼吸音が漏れる。
教官との距離を……ゆっくりと詰める真佐木。
その時、教官が前蹴りを放つ。
スピード・威力ともに十分。
けど……教官の動揺が形になったかのような……見るも無様なテレフォン……。
タイミングが見え見えの蹴りに対して、真佐木はカウンターの蹴りを放っていた。
その蹴りが、教官の軸足の膝を砕く。
「@+*#$%&〜ッ‼」
教官の口から放たれる、意味不明な叫び。
「だ……誰か……止め……」
「だ……誰か……他の教官を呼んで……」
そう言ってる奴は居るが、誰も動けない。
だが、俺だけは……。
「気」を操る為の呼吸法には……精神を落ち着かせる効果も有る。
「一、二、三……」
呼吸と共に数を数える「数息観」と呼ばれる仏教の天台宗や日蓮宗の行法を取り入れた呼吸法。
それを行ない……そして……。
「やめろ……‼」
だが……間に合わなかった。
教官の両目は、既に潰されていた。
教官の両耳は……昔話の「耳なし芳一」のように無くなっていた。
そして……。
「私がやってるのは社会奉仕って奴だぞ」
真佐木は大真面目な表情と口調でそう言った……。
……が、こいつには変な癖が有る。
本人にとっては「下らない冗談を言ってるつもり」の時ほど、大真面目な表情と口調になる。
「何をふざけてやがるッ‼」
「私は、大真面目に、世の為、人の為になる事をしただけだぞ……ゲス野郎の劣ったDNAが次の世代に受け継がれる悪夢のような事態を防いだだけだ」
俺のパンチを払った真佐木の手は……床に倒れ伏した教官の股間を指差していた。
ズボンの上からでも、はっきり判った。
教官の生殖能力は……既に真佐木によって無惨にも踏み潰されていた。