(15)
「おい、出て来い。バレてるぞ」
真佐木は、隠れてる俺に向って、そう言った。
「やっぱりか……」
「わざと見付かるような隠れ方してただろ。なのに見付けられなかったら、私は、とんだ阿呆だ」
夜。目的は何か見当も付かないが……真佐木が葬式が有った寺の境内に現われた。
「大体、何で、判った?」
「葬式が終った後、お前が、どこに視線を向けてたか……まぁ、そんな事から嫌でも推測が付く。防犯カメラの有無とか……夜中、ここに、どうやって入るかとか……そんな事を考えながら、周囲を観察してただろ」
パチパチパチ……。投げ遣りな拍手だった。
「すごい、流石は優等生」
「茶化す……」
その時……とんでもない「気」……。
「こっちは……流石に気付かなかった……」
「当り前だ。いくら、お前たちが優等生でも、気配を隠してるのに、お前たちに俺が居る事を感付かれたら……俺は引退を考えるぞ」
声の主は……。
「父さん?」
「ああ……」
俺の養父だった。
「で、夜中に、こんな所に何の用だ?」
「話は長くなります。一番上の兄が死んだ時、私はまだ小学生で……兄とは、あんまり仲が良くなかったのも有って葬式を抜け出して……」
そして、寺の境内の一画に有る、小さな御堂を指差した。
俺達は、その御堂の方に向かった。
「この寺の境内をうろつき回って、いたずら半分に、この御堂の扉を開けたんです」
「何て……読むんだ……これ?」
二文字目以降は判る。「母神堂」……そう書かれていた。
だが、一文字目は見た事も無い漢字だ。「鬼」の字に似ているが……一画目の点が無い。
更に良く見ると……「田」「九」「ム」を組合せたような……。
「ここの寺の宗派は日蓮宗で、日蓮宗では鬼子母神の名前をこう書くそうだ」
真佐木は、そう言いながら……小さめのLEDライトを灯す。
「鬼子母神?」
「ああ、日蓮宗で重視されてる法華経って、お経に、こういう一節が有るそうだ……『その時、羅刹女達が姿を現わした。これらの十人の羅刹女達は、鬼子母神、および、その子や一族と共に仏を詣でた』」
「ら……羅刹? 待て……」
「この十羅刹女ってのは、釈迦の前で法華経を信じる者達を護る事を誓った。そして、日蓮宗では、鬼子母神を法華経の守護神である十羅刹女の母と解釈し、日蓮宗の祈祷は鬼子母神を本尊とする……そうだ。だから、日蓮宗の寺には、ほぼ必ず鬼子母神を祀る御堂が有る」
「おい、待て、じゃあ、仏教の羅刹と、俺達が戦おうとしてる羅刹ってのは……同じモノなのか? それとも……?」
「判らん……俺達にさえ何も……」
養父は、首を横に振りながら……そう言った。
「だから、私は、あいつに訊いたんだ。『お前らは自分達を何て呼んでいる?』って。羅刹ってのは奴らの自称なのか……奴らの存在を知ってる人間が、勝手にそう呼んでるだけなのか……『戦士』の一族の……一応は名門扱いされてる私の一家の連中でさえ、そんな事さえも良く知らないんだ」
そう言いながら……真佐木は、堂の扉にかかっている南京錠に鍵を差し込む。
「その鍵は?」
「親の名前で私に送られてきたモノだ。鍵が2つな。しかし、親に確認したら送った覚えなど無い……そう言っていた。それも……『おばあちゃん』が末期癌で入院する直前にな……」
南京錠は……あっさり外れる。
「で、兄貴の葬式の日に、葬式を抜け出して、この扉を開けてしまい……めちゃくちゃ怒られた。その時に、寺の住職から、さっきの話も聞かされた……そして……」
御堂の中には……半裸の女神らしき像が……。
「えっと……11個か?」
一体だけが……慈母のような穏かな表情を浮かべ……残りの十体は……「鬼神」「戦神」……いや、それこそ「羅刹」と呼びたくなる恐しげな表情。
「この像を寄進したのは……『おばあちゃん』だ。でも、何かがおかしい」
「何がだ?」
「さっきも言った通り、日蓮宗では、法華経の守護神である十羅刹女は鬼子母神の娘とされている。これは……母親と十人の娘の像だろう。ところで、鬼子母神の夫が何者かは諸説有るらしいが……鬼子母神の夫にして、十羅刹女の父親、その何者かの像が無い」
「それって……そんなに変か?」
「もう1つ……良く見ろ、鬼子母神と十羅刹女だとしたら……1人多い。その1人は何者だ……」
「いや、11個しか……」
「だから良く見ろ」
そう言って……真佐木が指差した先には……女神に抱かれた赤ん坊……。
言われてみれば、そうだ……。俺が、穏やかな顔の一体を「慈母」だと思ったのは……赤ん坊を抱いていたからだ。
「でも、鬼子母神ってのは子供を護る神だろ? なら、赤ん坊を抱いてるのは……何て言うか……どんな神様かを示すシンボルみたいなモノ……待て……」
養父も何かに気付いたようだ。
「おい……これ……まさか……」
「父さん、どうしたんだ?」
「良く見ろ……この赤ん坊……片方の手で上を、もう片方の手で下を指差してる」
「それが、どうしたんだ?」
「釈迦が産まれた時に、赤ん坊なのに立上って歩き出し、片方の手で天を……もう片方の手で大地を指差し、こう言ったって伝説が有る……『天界においても地上においても、尊い者は、ただ自分1人であり、自分はこの生を最後に2度と生れ変る事は無い』ってな」
「じゃ……その……これは……釈迦?」
「どっちにせよ……さっきも言った通り、送られてきた鍵は2つです」
真佐木が、そう言った。
そして……赤ん坊も含めて12体の像の台座らしい四角い箱。その前面には、小さい鍵穴が有った。




