(12)
「お前……何を言ってる?」
俺と水原は、同時にツッコミを入れる。
そして、水原の腕だけが……爪と剛毛が伸びた黒い獣の腕に変わる。
「こんな御時世だ。相手が人喰いの化物でも、ポリコレって奴に気を付けた方が良いと思ってな……。私はお前を私達が『羅刹』と呼んでいる存在だと認識しているが……お前らはお前ら自身の事を何で呼んでる?」
その時、嶋崎先生の表情が変る……何かに気付いたような……。
「俺は……戦士としては中級で引退して……せいぜい、D級の中でも上の方の奴としか戦った事が無い。だが……少なくとも、見た事も、聞いた事も無い。こんな姿に変身出来る……」
「余計な事を……言うんじゃ……」
水原は、体の向きを変え、嶋崎先生に向かって……いや……何かが変だ。
「ね……え……えっ……えっ?」
怪我で一線を退いた筈の嶋崎先生は……水原の攻撃を紙一重で躱す。
まるで水原の動きを、あらかじめ予測していたかのように……。
飛び出した真佐木の延髄蹴りが背後から水原に命中。
水原が一瞬怯んだ次の瞬間……真佐木が水原の腕に飛び付く。
それも、おそらくは、わざと獣化した方の腕。
「う……うがあッ‼」
それは……「気」を使った身体能力の一時増強だった。
一瞬にして、水原の手首と肘が妙な方向に曲がる。
そして……俺にも見えていた。
もう1人の水原が……。
本物の水原の一瞬後の動きそのままの……水原の幻が……。
「お前にも見えたのか?」
ガツンっ‼
真佐木は、関節を破壊された苦痛のせいで、コンクリの上に倒れた水原の腕に、更に「気」を込めた蹴りによる追撃を加えながら、そう訊いた。
「水原、同じ手で仲間が2連敗したせいで、わざと力をセーブした方が勝目が有ると思ったようだな」
嶋崎先生が……まるで、講義でもするような口調で告げた
「う……うが……」
「……それでも『殺気』がダダ漏れだ。技量は、まだまだ、未熟だったらしいな。まぁ、下手に技術まで身に付ける前に、お前らに、対処出来たのが……不幸中の幸いだったな」
俗に「殺気」と呼ばれるモノが有る。
だが、俺達は2種類の「殺気」を厳密に区別しなければならない事を、この「学校」で学ばされた。
1つは……本物の「気」。俺達や俺達が狩るべき相手である「羅刹」と呼ばれる人喰いどもが使う超常の力。あるいはフェイントなどの目的で意識的に放出する、あるいは未熟さや押さえ切れないほどの激しい感情のせいで……漏れ出してしまう「殺意」が乗った「気」。
もう1つは……理系用語で言う「パターン認識」だ。体の動きやタイミング、視線、表情、息づかい……そう言った様々な情報を、俺達の脳が無意識の内に総合的に判断して出た「こいつは、本当に相手を殺す気で……少なくとも相手が死んでも仕方ないと思って戦っている」という結論。
「て……てめえら……殺す。殺す。殺す。俺達の食い物の分際で……」
そして……見下していた人間によって、無様に片腕を破壊された水原が漏らしていた「殺気」は……両方だった。
そのせいで、俺達3人は、水原の動きを読めたようだ……それこそ、一瞬後の本物の水原の動きを教えてくれるような、もう1人の水原の幻が見えるまでに……。
「応援の先生達も来たようだ。こいつらは捕縛して……処分は『上』に任せるとするか……」
嶋崎先生は、スマホを取り出して、そう告げた。