絆(ラムバー)
もし、我が呪に順ずして、説法者を悩乱せば、頭破れて七つと作ること、阿梨樹の枝の如くならん。
父母を殺する罪の如く、亦油を壓す殃、斗秤もって人を欺誑し、調達が破僧の罪の如く、此の法師を犯さん者は、当に是の如き殃を獲るべし。
「妙法蓮華経 陀羅尼品 第二十六」 より
そいつが、俺の生物学上の父親だったのか、それとも、単なる母親の恋人だったのかは……その時は、良く知らなかった。
ただ、こんな奴が、俺の本当の父親だなど信じたくは無かった。
そいつは、俺の母親と共に倒れていた。
痩せ気味の体。
裸の上半身とスキンヘッドには、トライバル・タトゥー風のアレンジがされた梵字の入れ墨が有る。
その顔には、恐怖の表情が貼り付き……そして、その表情が変る事は2度と無いだろう。
「た……助けて……くれ……」
まだ、小学生だったその頃の俺も「毒親」って言葉だけは知っていた。
そして、俺の2人の毒親を殺してくれた恩人は……頑丈そうな手に首根っこを掴まれ、宙吊りにされて泣き喚いていた。
「なぁ、あんたらにとっては、俺は人喰いかも知れねえが……でも、裏を返せば、人間が滅んじまったら、俺達だって困るんだ」
どこにでも居る中年のサラリーマン……会ってから5分後には、顔の特徴を忘れそうな……平凡な男。
着ているのは、ヨレヨレの背広。
だが、そいつが、あの屑どもを殺して……俺を解放してくれた。
「それで……?」
そのサラリーマン風の男を一瞬でブチのめしたのは……着古した革ジャンに、片目だけが生身の目になってる髑髏がプリントされた黒いTシャツ。モスグリーンのカーゴパンツに……編み上げ靴のまま、土足で俺の家に上がり込んで来た、やたらとガタイがいい無精髭の中年男だった。
「だ……だからさ……俺達も人間との共存ってヤツを望んでんだよ。誓って、他の人間の害になるような屑しか喰ってねえんだよ。見逃してくれよ」
「いや……悪いが、これが仕事なんでな。お前の遺言を聞いてやってんのも、そんな義務が有るからじゃねえ。単なる情けだ。すまんが、あと3分以内に、その面白くない遺言を終らせてくれないか?」
「仕事仕事って言うけどさ、あんたの事知ってるぜ。俺達を狩ってる『組織』の中でもトップ級の『戦士』だろ? 俺なんか殺しても手柄にならねえよ。もっと上を狙えよ……ほら……例の『闇の女神』とかさ……」
「阿呆か? お前ら『羅刹』を1匹でも多く殺そうとしてる俺達が『同族喰い』を何で殺さなきゃいけねえんだ?」
「あ……そうだったな。でもさ……たのむよ……。俺は、世の中の害になる奴しか殺してねえよ。汚ねえホームレスに……犯罪者予備軍のインチキ難民や不法移民に……親に迷惑かけまくってる中高年の引きこもりニートのチー牛オタク野郎に……自分の子供を虐待するようなクソ親に……陰謀論を信じるような阿呆に……」
「おい……『羅刹』のクセにSNS中毒か? なぁ、じゃあ1つ訊いてもいいか? 偉そうな事を言ってるお前が、お前の同族どもにとって『死んでも構わねえ人間の屑ならぬ羅刹の屑』じゃない保証は有んのか?」
「えっ?」
ガタイのいい男の太い指が「恩人」の首筋に食い込む。
「恩人」の首からは煙が立ち上り……。
「あがががが……」
「恩人」の肌に光輝く血管みたいなモノが浮かび上がったかと思うと……。
ボト……ボト……ボトボト……。
その「恩人」の血も肉も、あっと言う間に蒸発して消えてしまった。そして、骨だけが床に落ちていく。この暗がりでは……「恩人」の骨と元から床に散らばっていたゴミの区別さえ付かない。
そして……。
「一緒に来るか?」
俺にとっての「恩人」を殺した男は……俺に手を差し延べた。
あんな酷い目に遭ってからは……時折、思う事が有る。
この時……この男の手を取っていた場合と、差し延べられた手を拒絶していた場合……どっちがマシな人生だったのだろうか?……と。