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第四話 『元』冒険者ユースの決断

「おい、こっちの鎖かたびらはまだ出すなって言ったろう! まだ最後の仕込みが済んでねぇんだ!」

「す、すみません!」

 長い髭をブレスレットのような装飾品で束ねた大男は、新品の防具を指差して怒鳴る。

 青筋を立ててため息を吐くのは、防具屋の店長であるヌーボックだ。防具や武器を手掛けているのは、異世界転生ものだと身長の低いドワーフが一つのセオリーではあるが、こちらでは違うようだ。

 ユースから鎖かたびらを受け取り、ヌーボックは防具を布で拭く仕事に戻る彼を一瞥して作業場へと戻った。

 ユースは現在、冒険者を辞めてからというもの、街に来た時の道具屋に無理を言って仕事の伝手を探し、その結果防具屋で働き始めている。ドラコと名乗る命の恩人と別れた日から、三日ほどは経ったろうか。対価として賃金を貰う、仕事というものを未だ経験したことの無かったユースからすれば、この三日間の忙しさは尋常では無かった。

 なんでも、ハイランド高地に神出鬼没の『竜神』というネームドが現れ、街中の冒険者がその討伐に赴くのだという。

 『竜神』は王国の敵とも言われるネームドで、神話でも名前が出てくるほどに昔から恐れられているドラゴンである。その息吹一つでこの街を半壊させてしまうほどの強さだという。普段から人間を見境なく遅い、極悪非道な所業を行う史上最強最悪のモンスター。その強さはどういうわけか年々増しており、冒険者協会は早期討伐に急いでいるらしい。冒険者協会の推定では、玄人の冒険者が百人集まって、下準備をした上で運よく勝てるかどうかとも聞く。

 そのため、冒険者たちの多くが防具の新調を依頼し、防具屋は特に大忙しだ。防具は武器以上に壊れる前提なので、それも当然といえば当然ではある。

「前までの僕ならば討伐隊に参加したのかな」

 仮に参加制限が無いとすれば、恐らく行っただろう。そして、仲間の足を引っ張り、もしかすると自分のせいで最悪の結末を迎えた可能性も否定できない。そう考えれば、先日の出来事は命を奪われなかったわけだし、最低限の授業料で済んだと言える。あの少女に迷惑をかけたのは申し訳ないが。

「ボウズ、そういやお前は元冒険者なんだってな。どうだったんだ?」

 作業場の扉が開きっぱなしなのに気づき、ユースは自分の独り言を聞かれたのだと恥ずかしくなる。だがヌーボックは悪びれもせず、「どうだったんだ」という大雑把な振りをしてきたから、作業の片手間の世間話程度に話を進めてきたのだろうとわかった。だからユースも、さらっと話すフリをして言を継ぐ。

「驚くくらいに才能が無かったんです。……まぁ質が一番悪いのは、自分に才能があるっていう根拠のない自信があったことなんですけど」

 それが故に、命を落としかけた。一歩間違えば自分は此処にいなかったのだと、そう考えるだけで今でも足が竦んでしまう。

「……それで、何かわかったのか」

 さっきの鎖かたびらを睨んで唸ると、ヌーボックはこちらを見ずに話を続ける。またしても漠然とした質問で少しばかりの沈黙が訪れるが、彼が催促してくることは無い。あくまで片手間の会話だからだろうか、怒鳴ってばかりの堅物な彼にしては意外な姿勢だった。

「僕が思い上がりの痛い奴で、愚図で、男としても不出来で、物語とかで真っ先に死ぬようなモブで……それくらいですかね」

 思いついた限りの言葉をただただ並べ、愚痴を言うかの如く吐き出してみる。自分が主人公かと思っていたら、実はモブだった、というのは我ながら的を得ていると思った。だれしもが最初から己を脇役などと思うはずがない。けれど、現実を知っていく内に折り合いをつけたのだと嘯いて諦める。わかっていたはずなのに、分かっていた気になっていただけだったと改めて痛感した。

「俺ァ何かわかったのか、そう聞いたんだぜ? ボウズ」

「……?」

「お前が後悔してるってことは顔見りゃわかる。でもよ、重要なのはこれからどの方向に向かって行くかだ」

「どの、方向……」

「てめェの至らねェとこが挙げられたなら、それをどう活かす? 冒険者を辞めて、それで何ができるか。それとも冒険者に戻って、それでどうすりゃいいか。まずはそれを考えやがれよ」

 ヌーボックの言葉遣いは荒く不器用なものだったが、なんとなく言いたいことはわかる気がする。

 ユースは言われるまで、『冒険者を辞める』ことしか考えていなかった。冒険者を続けることができないなら辞める他ないだろうと、消去法で考えてしまっていた。だから、その先を全く考慮できていなかった。

 そうか、だからこの人はいつも僕に怒鳴り散らかしていたんだ。防具屋で働くということを、冒険者を続けることの対義語としてしか見ていない僕に、苛立ちを隠せなかったんだ。

「……ごめんなさい」

 それに気づき、ハッとしたユースはヌーボックの前に立って頭を下げた。彼は目もくれず、しかし声色を少しだけ柔らかくして、

「変な勘違いしてんじゃねぇや。ま、ガキはガキなりに解釈したならそれでいい。答えが出たら聞かせろ」

 言い終わると、ヌーボックは恥ずかしそうに手の甲で仰ぎ、「おら、仕事に戻れや」と促してくる。

 もう一度考えてみよう。未来を語るのは、二の舞になりそうで怖いけれど。自分の心に聞いてみて、それで____

『復讐ダッ____! コノ……世界ニ!』

「うぐっ……!」

 またあの声だ。『死神』の前でも聞いた声。その前にも似たようなものを聞いたような気がするが、どうしてか記憶は曖昧だった。とにかく、聞くだけで青筋を立ててしまうような、自分に眠る悪感情を掻き立てるような声だ。



 それから数日。

「ボウズ! 板金磨きが終わったら次は……」

「はい、今終わりました! ……どうしました?」

「い、いや……次はこの鎧を試着して問題なければ品出ししといてくれ」

 返事良く面倒くさがる様子もなく鎧を持ち上げるユース。相変わらず筋力は無く試着することすら辛そうだが、働き始めに比べててきぱき動く彼にヌーボックは密かに感心していた。

 ユースが防具屋で働き始めてから二週間が経つ____やっと店の勝手がわかってきて、それなりに板についてきた頃合いだった。

「オォイッ! ヌーボック! いるか!?」

 蹴り破るほど強引に勢いよく店の扉が開かれ、売れ残った数少ない店の品を整えていたユースとその人物の目が合う。見ると、彼は例の道具屋の男だった。彼がユースに気が付くのと同時に、仕事場の方からは、ただならぬ雰囲気を察したヌーボックが出てきた。

「おう、どーしたよ」

 手短に返事して説明を求めると、道具屋は目を見開いて震えた声を上げる。

「……やっぱり聞いてねえか……。 この街でネームドが出たんだよ! 街の奴らはとっくに避難を始めてる!」

「……ネームドだと? それはつい先日、街中の冒険者がこぞって討伐に行ったんじゃねえのか?」

 近頃しきりに目撃情報が相次いでいるネームドといえば、『竜神』だ。

 ネームドと言っても『竜神』のみを差すわけではないが、冒険者が集う街の全住民が避難を強いられるほどのモンスターということなら限られる。しかし、仮に『竜神』以外にも強力なネームドが出現したのだとすれば。

 ヌーボックは彼自身の発言によって気づかされる。彼は青い顔で舌打ちした。

「なるほどな……! 今はほとんどの冒険者が出払っちまって、対応できるレベルの奴が街にいねえってわけかよ!」

 そう言って、「おい、ユース!」とヌーボックが怒鳴って顔を合わせる。

「あの鎖かたびら持ってこい。だが、付けるんじゃねえぞ。少しでも身軽にして避難場所まで逃げる。マジでヤバかったら放り捨ててもいい。いいな?」

「……はい、いますぐ!」

 今は一刻を争うのだ。どんなネームドなのだろうとか、街の被害などを考えている暇はない。まずは身の回りの安全だ。

 ____やっと板についてきたんだ。ここで死ぬわけにはいかない。そして、ヌーボックさんと道具屋のおじさんには恩がある。二人だけは命に代えても守らなくては。

 鎖かたびらと工場の最低限の工具を背負い、三人で店を飛び出して避難所へとひた走る。

 街は既に悲鳴や苦鳴、子供の泣き声や絶望に打ちひしがれて我を失い、発狂する者など阿鼻叫喚にまみれていた。

「……ッ! 外門の方はだいぶ被害が出てるみてぇだな。畜生、なんでこんなタイミングでネームドの襲撃なんか……」

「ああ。それだけじゃない。街の結界が破れてる」

 言われて上を見上げると、街に来た時に見えた蜘蛛の巣のように張り巡らされた青白い線が一本も見当たらなかった。

 やはりあれが結界だったのか、とは今更思わない。ユースはこの二週間で、大体の街と世界の常識が頭に入りつつあったからだ。街の結界は竜神の攻撃を一度は防げるほどの強力なもので、そうそう破られないものだということも知っていた。そしてなにより____。

「そんな結界を破れるほど、『竜神』に匹敵するネームドなのか……もしくは」

「街中に結界の発動を止めたとんでもねえバカが居るってことだな……どっちにしても考えたくもない話だが」

 ユースが苦い顔をして言うのを継ぐように、ヌーボックが苦い顔をする。

 『竜神』レベルのネームドが居ないとも限らないが、現実的に考えれば、愉快犯か内通者に内部から結界を止められたと考える方が妥当だ。もっとも『竜神』だけでも十二分な脅威だというのに、あのレベルのネームドがもう一匹居てほしくないという希望的観測が勝った考えでもある。

「ハァ……ハァ……見えたぞ! あそこに入れば街を出られる! そのまま結界の敷かれた避難所に行けるはずだ!」

 道具屋が指差した先には、人だかりができた小さな家屋だった。その中に何があるかわからないが、避難所というには小さすぎる。彼の言う通り、避難所自体はまだ先のようだ。

「す、すみません! そこのおじさん達!」

 最悪の可能性に思考を巡らせつつ走る三人に、路地裏から男の子が声を掛けてきた。目には大粒の涙を浮かべ、しかし足が竦んでいるのか逃げることもしない様子の彼に、何事かと駆け寄る。

「こんなとこでどうした? ワープ場所まであと少しだぞ! ほら、手を貸してやる」

 ヌーボックが彼を両手で抱えると、五歳ほどの男の子はされるがままにヌーボックの巨体に包まれるが、首を振って泣き縋った。

「ボウズよ、落ち着いて話してくれ。俺達が必ずどうにかしてやるから」

 道具屋が男の子の頬に触れて柔らかな声で言うと、ひとまずは我を取り戻した様子で一息つき、言を継ぐ。

「お父さんとお母さんが……僕を助けてモンスターに……!」

「……ッ!」

 俯いて表情に陰りを見せる男の子の言葉で察して、視線を落としたのは道具屋とヌーボックだった。しかし、ユースだけはまだ男の子の言葉を待っていた。彼がまだ言葉を紡ぐだろうと。

「……まだ、わからないんだよね。ご両親は生きてるかもしれない……そうなんだよね?」

 後悔と無念に圧し潰されて続きを捻り出せそうにない彼を見かね、促したのはユースだった。男の子は助けを求めたことから、彼は両親の直接的な死は目の当たりにしていないとわかる。そう考えれば、まだかすかな希望はある。

 それにユースは、その少年の目を知っていた。誰よりも、自分が知っている。

「う……ん……!」

 泣きじゃくりながら、ヌーボックの腕に顔を埋める姿は、いつだかの少年によく似ていた。いつもの日常に唐突に非情な現実を突きつけられ、顔を埋めた時の視界のように、今にも世界を真っ黒な虚無に染めたい気持ち。


『君の両親は、交通事故で意識不明の重体だ』


 忘れたくて頭の片隅に追いやっていたあの時の記憶がフラッシュバックする。今でも夢に見る、思い出しただけで勝手に涙が溢れる記憶。毎日見ていたそれだが、最近になってやっと見ない日がちらほらある。まともに生命活動ができなくなっていたユースにとって、人間の適応能力に感心する反面、恐ろしくもあったのだ。

 逃げることが、背けることが正しいこともあるだろう。

 だが、ユースは、『古賀祐介』はそれでいいのか。


『オメェの至らねェとこが挙げられたなら、それをどう活かす?』


 冒険者を辞め、普通に働いた自分はどんな自分だ? 働き始めて二週間経っても、具体的な想像はつかない。けれど、何かの間違いで大金持ちになっても、この仕事が向いてなくてまた落ちこぼれたとしても。

「僕は絶対に、言い訳するだろうな」

 どう転んでも、人間は後悔するものだ。悔いの無いように生きるなんて机上の空論だ。だけどここで退いたら、きっと前に進めない。意気地なしの僕はずっと意気地なしのままだろう。『あの時選べなかった自分』を言い訳して、酔いしれて二度目の生を終わらせるだろう。

「____ヌーボックさん。この鎖かたびら、ツケで払います」

「……ま、まさかオメェ……」

「……ッ! 何をバカな! ボウズが行っても死ぬだけだ!」

 背負っていたカバンから鎖かたびらを取り出して身に着け始めるユースに、二人は狼狽の表情を浮かべる。当然だ。RPGで言えばレベル一に等しいただの少年が、街をパニックに陥れるほどのネームドの元に向かうというのだから。

 冷静に状況を俯瞰してみれば、自分でも嘲笑ってしまいそうになる。だが、ユースは足を止めるつもりはない。カバンをもう一度背負い、ネームドのいる外門へと震える足を向けた。

「待て」

「ヌーボックさん、僕は行きますよ。鎖かたびらのツケは____」

「そうじゃねえ」

 いつもの調子で怒鳴るでもなく、背に掛けられたヌーボックの声音は心優しい、けれど芯の強く通ったものだった。そんな様子にユースは反射的に振り向く。

「俺の工具、置いてきな。それじゃあまだ重いだろうが」

「え……」

「ユース、代わりと言ったらなんだが、俺の手持ちのポーションも持っていけ!」

「お、お二人とも……!」

 堪えろ。今はその時じゃない。まだ何も始まってすらいないのだ。

 目の奥から湧き上がってくる熱いものを押し返し、道具屋から二本のポーションを受け取った。まだこの街に来た時に貰った一本は使っていないので、全部で三本。

「ふん。いい顔するじゃねえかよ。まだ青臭さは残っちゃいるが……覚悟はできてるみてぇだな」

「ヌーボックさん……」

「ツケは必ず返してもらうぜ」

「……はい!」

 一刻を争う焦燥感に駆られて、ろくに感謝もできず走り出したユースの背に、ヌーボックの声が掛けられた。振り返らぬまま放ったユースの返事が聞こえたかまではわからない。

 けれど、ユースは二度とは振り向かなかった。次に彼と顔を合わせる時は、今じゃないから。

 古賀祐介の異世界転生を始めるために、僅かに震えが小さくなった気がする足を酷使した。

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