第二話 チートがわからんけど、なんとかなるでしょ!
「まぁた新入りか」
「ああ……今日だけで十人目か? いや、あのガキも多分そうだぜ。十一人目だ」
二人のガラの悪そうな中年の冒険者は、冒険者協会二階の吹き抜けから一階受付の様子を見下ろしていた。
手すりに腕を掛けた男が指差したのは、ろくに装備も付けず、辺りを物珍しそうにキョロキョロと見回す少年だった。歳は十四、五あたりだろう。身長は年齢の割には低い方で、体つきも良いとは言えず、この世界の年頃の男子としてはやせ細り過ぎている。
「おいおい、マジかよ。あれで冒険者志望かぁ? 運搬業者にしてもちっとはマシなガタイしてるぜぇ?」
運搬業者というのは一般的に、テレポートや空を飛んだり高速移動をする魔法に長けている人間がなるものである。それが故に移動に身体を使わず、必然的に筋肉量が少ない傾向にある。冒険者協会に出入りすることも珍しくないので、彼は運搬業者を引き合いに出したのだ。
「受付のねぇちゃんが言ってるのが聞こえたから間違いねえぜ。……ま、ありゃ『ナシ』だな。賭けにすらなりゃしねえよ」
「だよなぁ~。……ぉおい、見てみろよ。あのガキが腰に付けてる得物。中々の上物じゃあねえかぁ?」
酒臭いにおいを放った吐息交じりに、男は目敏く少年の所持している短剣らしきものに気が付いた。言われてもう片方の男は周囲に目を凝らすが、嘆息する。
「おっ……確かにありゃいい。あのガキを尾けて…………いや、駄目だ。もうマークしてる奴がいやがるぜ。目ざとい野郎だ」
男は少年の丁度死角の位置____右後ろ後方の柱の陰に隠れている、フードを深く被った人影を指差してそう言った。
「はぁ……まぁ、誰がどう見てもあのガキが死ぬのは一目瞭然だからねぇ。死体回収の報酬に加えてあの上物の短剣が付いてくるとありゃ、見逃さねえわなぁ……」
「ああ。今回は先に唾つけてたアイツに譲るが……俺ならあのガキがダンジョンに潜った瞬間に、手早く済ませるだろうな。へへッ」
男は悪辣に笑い、伸ばした手が腰に差した剣に軽く触れていた。
◇
ふらふらと観光し、街の真ん中に位置する大広場に着くと、遠目に『魔指針』と呼ばれているらしい時計によく似た時計台が見えた。『魔指針』の周りに十二個の文字が刻まれているところから見ると、前世と同じ時計の読み方で差し支えないようだ。指針は十時あたりを指していた。
前世であればこれから楽しみが始まるという時間だが、歩きっぱなしな上に新しいものを見すぎたせいか思ったよりも脳に疲労が溜まっている。それに気づいたユースはこめかみを抑えながら、
「とりあえず今日は宿屋にでも泊まるか」
観光の成果もあり、大広場周辺の立地は大体把握できた。そしてこれまた剣と魔法の世界ではお決まりの『宿屋』の存在があることも確認。一階は酒場のようになっており、カウンターで二階の部屋を借りるという、数多の少年が夢見た光景にはユースも目を輝かせた。
宿屋の扉を開けてチリリリン、と来客を報せるベルが鳴ると、下見の通りにカウンターへと寄っていく。
「お部屋を借りに来ました。一人です」
「毎度。十Gね」
「……え?」
「?」
そういえば、金なんて持っていただろうか? 十Gといえばゴブリン一匹分。ユースがわかるのはそれくらいで、高いのか安いのかすらわからないほどだ。そんな彼が金など持っているはずがない。
「いや~……そのぉ……」
「……もしかしてアンタ」
宿屋の女将さんと言っていいだろう。年配で小太りした彼女は、ユースの態度を訝し気な目線で見ると、察し良く既に二の句を継ごうとしている。
まずい。一文無しだとバレたら宿屋に泊まることすらできないし、何より恥ずかしすぎてもうこの宿屋には泊まれない。この街にまだ宿屋があるかもわからない上に、大通りに一番近く、街との出入りが最もしやすいのはこの宿屋だ。そもそも野宿はしたくないし、やはりここを手放すのは非常に不便なことだろう。
思考をフル回転させて、ただでさえ疲労しきった脳を更に酷使するが、いくら考えようと所詮文無しであることに変わりない。しょうがない、諦めて今日は野宿するしか____
チャリン。
小さな金属同士が衝突する音が、ユースの腰____丁度巾着の辺りで弾けるように鳴った。ま、まさか……。
そんな、あり得るはずがない、と思うが回復のポーションしか入っていないはずの小さな巾着を開いてみる。すると中には、ぴったり十Gの硬貨が入っていた。
「まさかアンタ、お金が____」
「あります! はいっ!」
女将さんが言い終わるより先に、自然発生した怪しげな十Gを詮方無し、とカウンターに半ば叩きつけるようにして勢いよく取り出す。
「なんだ、あるなら早く出しなよ」と一転して女将さんの表情が柔らかくなるのに胸を撫でおろして、指定された部屋へと足早に向かう。
一階の酒場スペースは数席空いていたが、どうせご飯が食べられるほどのお金はない。この世界での食文化に興味があったのだが、潔く諦めよう。
言われた部屋のドアをゆっくりと開けると、ギイィィと木造建築特有の軋む音を鳴らしてそれなりの大きさの部屋が出迎えた。
ビジネスホテルくらいの広さはあり、全てが木造のベッド、机と椅子、小さめのクローゼットが備え付けられている。トイレや風呂は共用のものがあるらしいが、ベッドを見た途端に眠気が襲ってきたので、風呂は朝起きてからでもいいだろう。とにかく今は横になりたい一心だった。
「街に着くだけでも時間かかり過ぎちゃったけど……いよいよ明日から始まるんだな」
ユースはそれなりに弾みのあるベッドに身体を預け、仰向けになりながら一日のおさらいを兼ねた妄想を始める。
そういえば、さっきのお金が自然発生した原理はどのようなものなのだろう。まさか、僕が「お金が欲しい」と願ったから……?
「お金が欲しい……! ……お金ッ! 欲しいッ! ………………お金よ、降ってこいッ!!!!」
天井に向かって両手を掲げ、呟いたり呪文のように詠唱したりしてみるが、いずれも金が自然発生する様子もない。念のため巾着の中を見ても、あるのは回復ポーションだけ。
「これで、この巾着が金を無限に生み出す秘密道具って線も無くなったわけだ」
わずかに賭けていた可能性も潰えてしまった。そうなってくると、『女神』の気まぐれか、はたまたあの一瞬で巾着に誰かが金を入れてくれたと考えるべきか? けれど、そんなことをしてくれたとしてもなんのメリットもないはずだ。
もしや、ユースの冒険者としての素質を見抜いた有名ギルドのマスターだとかが恵んでくれたのやもしれない。
「これ以上考えてもしょうがないか。とりあえずもう寝よう」
ユースはそう独り言つと、ムフムフとニヤついた顔をふかふかの枕に埋めて寝る態勢に入る。
現に彼の脳の処理能力は限界を超えつつあった。これ以上はそれこそありもしない妄想に馳せることになるだろうと判断し、瞑目する。
その日は、驚くほど快眠だった。昨晩までの不安や思考が吹っ飛んでしまうほどに。