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第一話 いざ、冒険者教会(ギルド)へ!

少年は茫然と地平線を眺めてから少しして、我に返ったように立ち上がる。

 ここが異世界だと仮定したところで、結局ここはどこなのかも、自分が何者なのかもわからないのだ。不安に駆られ、少年は声を掛けてくれたはずの女性を探すことにした。

 見渡す限りが草原のこの地で、そう遠くに行けるはずもない。隠れられる場所といえば所々に生えている木々の裏くらいだ。

 けれど、近くの数本を探しても、人っ子一人居た気配が無い。かれこれ一時間弱は経ったろうか、あの女性でなくとも誰か人間を探して道を聞くくらいはできればと思っていたが、その願望も潰えてしまった。

 そもそも異世界だというのなら、言語は通じるのだろうか、文字が読めるのだろうかという疑問が浮かんで、さらに行く先が見えなくなってくる。

 途方に暮れた少年は、なんとはなしに元々寝そべっていた場所に戻ってみた。すると、

「……矢印? と、これは?」

 小道の遥か先を示しているであろう矢印が書かれており、その近くにはなにやら棒状のものが落ちていたのだった。少年の足の長さくらいはある。恐る恐る拾い上げてみると、少年が目を凝らして顔を近づけた途端、棒の先が小さな火を灯したように見えた。

「うわぁっ!?」

 驚いてそれを放ってしまう少年だが、何故だかその火は優しく包み込むような雰囲気を醸し出し、危険ではないような感じがした。

 もう一度拾ってよく観察してみると、棒状のそれは動物の角に似ている。少年が握っている部分は固く滑りづらい鱗に覆われ、先端から三分の二くらいは陽光を煌びやかに反射するほど鋭く美しく研がれているようだ。人為的なものかはわからないが、短剣やダガーというやつに似ている。

「もしかして、これが転生特典……?」

 異世界転生において、『ギフト』は付き物である。それはチート能力であったりと、高ステータスな場合がほとんど。だが、高性能の武器、ということがあってもおかしくはない。

 少年は自分が選ばれた存在であるのかもしれない、と恥ずかしながらも考え、その短剣の先で燃える火に、ある可能性を見出した。少年は、指先をその火にかざしたのだ。

 後から思えば、正気の沙汰ではない行動。ゆっくりと火に近づけるというわけでもなく、直に触れてしまった。しかし、少年の予想通り、

「熱く……ない」

 次に少年は、小道の傍らに生えている芝を千切って、火に当てた。やはり何も起こらない。しばらく待っても火が芝に燃え移る様子はない。

「……燃えろっ! はっ!」

 きっ、と目を見開いてナイフを持つ手に力を入れると、一秒としない内に芝は勢いよく燃え盛った。そして少年が止まれ! と念じると、先ほどまでの火勢が嘘のように鎮まる。

 なるほど。こう使うのか。やはりこれは『ギフト』だ。

 普段から異世界転生ものを嗜んでいた少年は、直感的にその性質を理解した。このナイフは特別だ。恐らく、少年以外の誰にも扱うことができないとか、本領を発揮できないとか、それが故に武器屋で売ることはできないとか、そんな連想までしていたところに、やっと矢印があったことを思い出す。

「多分、この矢印の通りに行けばいいんだよな……?」

 転生ものあるあるとして、転生するにあたって『女神』や『創造神』と名乗る輩が世界観や自分の持つチート能力を色々と説明してくれる描写があるのが普通なのだが、今回は全くない。

 恐らくはこの矢印が、『女神』などによるささやかな道しるべなのだろう。

 片手で庇を作り、少年は小道に沿った矢印の先____地平線の向こう側を見つめていた。

「え? これ歩いていくの? だるくない?」



 道中、自分は説明されていないと言うだけで、あり得ないくらいのチートを持っているのではないかと推測し、車をイメージして生成! とか舞空術! とか人だかりの場所を念じながらテレポート! とか試行錯誤をしてみたのだが、空に拳を掲げたり、うんうん唸って叫び始める変態になっただけだった。

「まぁ、誰も見てないからいいけどさ」

 いっそ、こんな自分を鼻で笑ってくれる美少女とか現れないだろうか。異世界転生なんだからそれくらいしてもらってもいいだろう。

 心中で愚痴りながらも、ウジウジしていてもしょうがないのでひたすらに前へと進む。

 途中日陰で休憩を挟みながら自分のペースで進み、日がすっかり沈んでしまった頃、やっとこさ城壁に囲まれた都市に辿り着いた。

 城門の前の衛兵は、あくまで持ち物確認など最低限の役目だけをすると、すんなり入る許可を下す。

「あれ? これだけでいいんですか」

「ん? ああ……観光だろ、もう行って良いぞ」

 変わった造形のナイフをまじまじと見ると、衛兵は特に異常はないと判断して少年に手渡す。普通は検査中に入る目的やらを聞かれたりするのだろうが、辺りを物珍しそうに見回している少年を見て察したのだろう。気だるげな表情で観光だと決めつけて、衛兵は少年の持っていた小さな巾着を返したのを最後に、門の中へと片腕を広げた。

「なんだ……不用心だなあ」

 剣と魔法の世界でいつも思うのは、なんでもありな魔法が使えてしまうのならば、犯罪が横行してもおかしくないだろうということだ。であれば、一層警備を強化するとか、それ以上の抑止力が必要になってくるのではないだろうか。

 そう思いながらふと上空を見やると、なにやら青白い線のようなものが見えた。よく目を凝らして見てみると、無数の青白い線がドーム状に重なって、街全体を覆っているようだ。

「あれが結界だったりするのか……? 魔法が使えなくなるとか、効果を弱めるとか?」

「おっ! そこのボウズ、観光かい?」

 ぽかん、と呆けた顔で青空を見上げている少年に、中年男の陽気な声が掛けられた。

 見れば、男は大通りで出店を出しているようだ。看板に書いてある文字を確認し____だが、やはり嫌な予感は的中し、それは明らかに日本語ではなかった。恐らくこの国の言語なのだろう。

 先程の衛兵といい、会話くらいはできることで最低限のコミュニケーションが図れることに安堵はしたが、文字が読めないパターンときた。どうしたものかとオドオドしていると、察した男は明るく破顔して肩を叩いてくる。

「ボウズ、もしかしてここは初めてか?」

「え、えぇ」

「まぁ~見た感じどっかの村から裸一貫で出稼ぎにでも来たんだろ? ま、気にせんでいいさ、読み書きができんでも、相応にやれることは見つかろうて!」

 そう言いながら、男は赤い液体の入った小瓶を手渡してきた。

「えっ……でも、僕お金は……」

「オイオイ、察しが悪いなぁボウズ。お代は要らねえよ。ウチの自慢の回復ポーションでも飲んで旅の疲れを癒してくれや!」

 ガハハハ、と高らかに笑い、気前よくサービスしてくれるおっさんの温かみを感じ、軽く会釈してポーションを巾着に入れる。

「回復のポーションって言ってたよな。……じゃあやっぱり、」

 居るのだろうか。モンスターや魔物という存在が。だが、少なくとも道中で偶然出くわすことはなかったし、それらしきものの片鱗すら見られなかった。

 様々な出店を見やりながら、大通りを真っすぐ進んでいくと、大きな建物が見えてきた。そこには人だかりができており、半分が吹き曝しになっているその建物から人があふれるほどだった。一体何が起こっているのだろうと近寄ってみる。

「もしかして、ここが冒険者協会ってやつか!」

 これまた異世界転生では定番。冒険者あらずして異世界にあらず。ということは、当然冒険者ギルドだとか協会だとかがあるものだ。

 よく見てみると、集まっている人は皆、ファンタジーでありがちな防具や物騒な武器を身に着けていた。甲冑のような重装備から半身だけを覆う軽装備、双剣というべきだろうか、短剣を二つバツの字に背負っていたり、二メートルはあろうかというほどに重そうな大剣を持つ者もいる。

「す、スゲー……!」

 小学生の頃から夢中でやっていたRPGやMMOにそっくりなその情景に、少年は感動を禁じ得ない。ひょっとすれば、彼がやったことのあるゲームの内どれかの世界に入り込んでしまったのではないかと疑う程に酷似した様子がそこにあった。

 少年が目を輝かせていると、受付嬢だろう、カウンターに座っていた女性が遠くから手を振って「そちらの方、ご用件をどうぞ」と言ってくれる。

「運搬業者の方ですよね? ……あら、お荷物は?」

「……え?」

 『ご用件』と言われ、少年は自分が特に目的もなくここに立ち寄ってしまったことを思い出す。自然と足が吸い寄せられてしまっただけなのだ。

 しかしどう話せばよいものか、と思案する暇もなく、受付嬢はどういうわけか少年を『運搬業者』だと決めつけたようだ。

 少年が首をかしげて目を丸くしていると、受付嬢はその端正な顔立ちに浮かべた微笑みを掻き消した。代わりに浮かべられた彼女の表情はひどく冷淡なもので、少年は面食らう。

「……冒険者申請ですか?」

 そう一言言うや否や、受付嬢はカウンターの引き出しから一枚の書類のようなものを取り出し、紙の音を立てながら、乱雑に机上に置く。

 先刻、少年を呼んだときはまだ柔和な笑顔を浮かべ、眼差しにも芯があった。けれど今の彼女は事務的で、感情がみじんも感じられない対応である。

 冒険者に恨みでもあるのだろうか。いや、それはおかしい。ここは冒険者協会で、彼女はその受付嬢だ。恨みのある人間しかいないこの場で働くと言うのは狂気にも等しい。

 そうは言っても、折角異世界転生したのだから、冒険者の才能は十二分にあるはずだと判断した少年は、「はい、お願いします」と礼儀正しく返答した。

「では、お名前を」

「……ゆ、ユース……ケ……です」

「はい。ユースさんですね」



「えっ……あの……」

「それでは____?」

 唐突に聞かれ、たどたどしく口ごもったせいで、名前を聞き間違えられてしまった。訂正してもらおうとしたが、構わず説明を続けようとする彼女の冷ややかな視線に気圧されてしまう。

 受付嬢がそんな『ユース』に軽くため息を吐いて、更に居たたまれない気持ちにさせられるが、彼女の説明を聞いて冒険者になるための手続きをする。

「では、書類の内容を確認いただけましたら、こちらに血判を」

「けっ、血判ですか?」

 血判とは、自分の血を指に滲ませてハンコ代わりにするアレだ。勿論それを知ってはいたのだが。

「……? はい。血というのは本人の特定に有用ですから。お願いします」

 眉一つ動かさず、さも当然かと言うように受付嬢はやはり淡々と説明をしていく。

 いや、考えてみればそれもそうだ。この世界では身元を証明するものが無くてもおかしくないのだろうし、常に死と隣り合わせとなる冒険者を志望する人間が、血判くらいでチビッてどうする。どうせチート能力でどうにかなるだろうが、それくらいの覚悟は必要だろう。

 そう折り合いをつけたユースは、意を決して持っていた短剣で軽く、自分の親指に傷を付ける。

「っ!」

 ちくり、という痛みとともに、指の腹から鮮血が雫となって、ジワリと滲んだ。その様を見るだけでも身じろぎしそうになってしまうが、なるべく見ないようにして印を押す。

「……確認しました。それではそちらのボードで受ける依頼の用紙をこちらに提出してくだされば、それで依頼受注となります」

「へ? もう終わりですか?」

「……はい。あなたは正式に冒険者となりました。『あなたであれば』、辞めるのにも手続きは必要ありませんので、辞めるも自由です」

 受付嬢は壁面全体に張られた大きなボードを差しながら、抑揚一つ付けずに述べていく。

 あまりに簡単な手続きと依頼の受注方法に拍子抜けしてしまうほどだが、協会の人だかりを見るに、冒険者というのは人気の職なのだろう。人気が故に、効率を図って手続きを簡素にしていると考えれば得心がいった。ユースはそれ以上あまり深く考えずにボードの前へと向かう。

 壁一面に張られた巨大なボード。人だかりを掻き分けてやっと、その眼前までたどり着いたが、それでも上の方に貼られた依頼書は取れそうにない。

 ふと、そんな上に貼ってある依頼書に目を通してみる。

『リザードマン百体討伐 場所:ハイランド高地 推奨:中級者以上 報酬:五十万G』

「……あれ? 読めるぞ?」

 先ほどまで会話はできても読めなかったはずなのに、見たことも無い筈の文字が自然と頭に入ってくる。これは疲労が故の勘違い、などというレベルではない。

____やはり自分には『転生者』という特権があるのだ。

 嬉々として確信したユースはタイトルとして書いてある、『リザードマン』の文字に引かれる。間違いない。やはりこの世界にモンスターの類が存在するようだ。

 お決まりの設定で考えればそれはすなわち、冒険者イコール魔物討伐者という方程式が成り立つということに他ならない。ユースはそれだけで胸が高鳴った。

 ああ、一刻も早く自分の力と、この『相棒』の切れ味を確かめなくては。

 次に彼の目に留まったのは、やはり報酬額だ。五十万Gというのは、この世界でどのくらいのものなのだろうか。周囲の人間に聞こうにも、それぞれが既に忙しそうに依頼について話し合いをしていて、それどころではなさそうだった。ただ、中級者推奨という時点で、決して安くはない金額であることくらいはわかる。

 ハイランド高地、というのがどこかわからないが、どちらにせよ初心者のユースが、ましてや初回の依頼として受けるべきものではないだろう。

 最初から飛ばして、なんなら上級者向けの依頼を受けて手っ取り早く成り上がってやってもいいが、よしておこう。万が一ということもあるし、ユースは前世ではRPGを隅々までやり込みたいタイプだ。最初は初心者らしく、簡単な依頼からこなしていくというのもまた一興というもの。

 そんなわけで、簡単そうな、『推奨:初級者』と書かれた依頼書を探す。

「……あった。どれどれ」

『ゴブリン討伐 場所:小鬼の階 推奨:初級者 報酬:一匹当たり十G』

「報酬は……じゅ、十ゴールド!? リザードマンとはえらい違いだな」

 ぶつぶつと独り言を漏らしていると、隣のロン毛の青年がユースの手にした依頼書を覗き込んできた。

「お、少年。初依頼か? ……見たところ、ここいらも初めてくる感じだな?」

 ユースの身なりを見て鋭い推理をする青年に驚き、ユースは正直に頷いてみせる。

「うんうん。初依頼は緊張するよなァ……俺も君くらいの時はゴブリンを狩るのにも一苦労よ!」

「は、はぁ……」

 武勇伝というわけでもないが、遠い目をして語り始める青年。

 どこの世界にも隙あれば自分語りをする人間がいるんもんだなあと、話半分で適当に相槌を打っておく。途中、『小鬼の階』の場所を教えてくれたりと、何かと親切にしてくれたので悪い気はしなかったのだが。

 しかし、不意に鋭い視線が向けられたことに気付く。

「……時に少年。君に、『受け止める』力はあるか?」

 片目を瞑り、青年は突拍子もない質問を投げかけてくる。よく見てみると、彼は隻腕で、頬には決して治ることの無い深い傷跡を残していた。

 ____彼の言う『受け止める』とは傷の事だろうか。

 自分の後輩に対し、傷を受ける覚悟をしておけよ、とほのめかしてきているのだろうか。ユースは直感的に理解した気になって、その眼差しを青年の目に向ける。

「はい……! 僕ならやれるって、その自信はあります」

 こっぱ恥ずかしい、前世の自分であれば絶対に言う事の出来ない発言だったが、構わない。だってそうだろ。ここは異世界で、僕は転生者なんだから。選ばれた人間なのだから。

 しかし青年は、ユースの迷いの無い強い眼差しから顔逸らし、

「____ッ……そうか……」

 とだけ言って、表情を見せぬまま人ごみの中に消えていってしまった。その変わりようはまるで、先程の受付嬢に似通ったものを感じる。

 セリフを間違えたのだろうか。ユースは____少年は本気でそう思い、依頼書を受付嬢に提出した。

 その依頼書に目を通しても、『ただの少年』に対する彼女の表情が変わることは無かった。

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