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第十八話 先輩

 ダンジョンとは思えないほどだだっ広い大広間の隅で、ユースの覚醒を確認して近寄って揺さぶってくるのはどこかで見た青年だ。眉を顰めて彼の顔を見やると、思いがけぬ人物であった。

「あなたはあの時の……」

「やっぱり『あの街』で会った少年か!」


『……時に少年。君に、『受け止める』力はあるか?』


 かつてそう意味深に問いかけられ、今もユースの頭の片隅にその言葉は残っている。あの時の隻腕に額の傷がトレードマークの先輩冒険者であった。

「……驚いた。この短期間にしては、見違えるほど経験を積んだように見える」

「そ、そうですか? 正直、あんまり冒険者として強くなった感覚はないんですけど……」

「ああ、逆に積んだのは経験だけと言えばその通りかもしれないな。……それだけだったとしても、だよ。……一体君に何があったんだ?」

 ____何があればそれほどの『闇』を孕めるのだ?

「……? 今なんて?」

 容姿は未熟なままの少年だが、青年はその内からただならぬ邪気を感じ取る。感覚的に、彼にそのわけを問うても無駄だと思い、あくまで耳に入らぬ声量で呟いたのだった。

「いや、なんでもないさ。僕の名前はロインだ。よろしく」

「ユースです。……よろしくお願いします」

 本名は古賀祐介だが、反射的にユースの名が出てくるとは。それだけ異世界生活に順応しつつある証拠だろう。いっそ、ステータスもそれに見合ってくれればよかったのだが。

 ロインと名乗る青年は緑髪をかき上げて温厚そうな垂れ目を覗かせる。

「……それで、ユースくん。ここで一体何があった?」

 ロインは大広間を一望できる吹き抜けの手すりに腕を掛けて辺りを観察していた。

 しかし何があったもなにも、そこには十体余りの嘘蜘蛛の死体があるばかりで、原形を留めていない個体以外は全てロインが倒したはずなのだ。寧ろ現状を説明して欲しいのはユースの方なのだが。

 そう思い疑問符を浮かべていると、ロインの目の奥には疑いの色が浮かべられたようだった。

「質問を変えよう。『君はどうやって嘘蜘蛛を倒した』?」

「……やっぱり、おかしいと思いますか」

 以前冒険者協会の受付嬢に言われたことが強く心に残っている。


『ユース様のステータスは、とても『実体無き寡黙な処刑人』を屠れるほどのものとは思えないのです』


 つまりは、ロインの言いたいことはそういうことなのだろう。ユースは嘘蜘蛛を倒せるほどの実力を持ち合わせていないように見える。そのはずなのに、圧倒的戦闘力で嘘蜘蛛を叩き潰している。かと思えば嘘蜘蛛のトラップに致命傷を負わされているのだ。

 改めて客観視してみると、笑ってしまうくらいに不可解かつ非合理だ。

 ああ、めんどくさいな。

 しかし顔を上げると、ロインは笑いながらユースの肩を軽く小突いた。

「くははっ、そうやるせない顔しないでくれよ。なに、『そういうこと』じゃない。僕はただ思っただけさ。同じなんじゃないか、とね」

「…………?」

 勿体ぶったロインの言い草にもどかしさを感じつつ、彼の意図するところを推測するも、皆目見当もつかない。手すりを背にもたれかかり、ロインはにこやかに笑って続けた。

「僕と同じ『能力』を持ってるんじゃないの?」

「____ッ!?」

 驚きを隠しきれぬユースと対照的に、ロインは「くははっ」と笑って鷹揚に構えている。

「図星か。全く、わかりやすいなぁ……ユースくんは。いんやぁ、それも長所だと思うよ~? それと、真面目で勉強熱心なところも好印象だね」

 いっそ気だるげとすら見られるほどに余裕____というより口から出まかせな態度を取るロイン。そんなおちゃらけたところは、どこかパナキアに似ているようでもある。

「どうしてそんな適当なこと……まだ会って間もないのに」

「くははっ、気に障ったなら悪いね。でも、前言は撤回しない。君は真面目だよ。僕なんかよりも何倍も、自分を見つめてる」

 ロインはそう言って交錯させていた視線を逸らし、ユースに背を向けて、

「……早く、『受け止め』られるといいね」

 その言葉も、ユースには敢えて聞かせなかった。先輩風ばかり吹かせたくないという考えもあるが。

 ロインはすぐに向き直り、まだ上体を起こしただけのユースに手を差し伸べた。

「さ、同じ能力を持つ者同士の密談とでもいこうか」

 人差し指を唇に当てて、キザったらしく大げさに振る舞う彼の手を取る。

 まさか自分以外に同じ能力を持つ者____この長所とも短所とも言い難い複雑怪奇な能力への苦悩を共有できる相手が居たとは。だからであろうか。

 こいつガ酷く、気に入ラナい。



「なるほどなるほど……。王都の宿も物価も、シャレにならない位高いから大変だろうなぁ! あいわかった! ユースくん、僕とパーティーを組むってのはどうかな?」

「え? え?」

 とりあえずロビンには、生活費を稼ぐために依頼を受けたという旨だけを伝えた。勿論『紫竜』の討伐を目標としていることは伏せた。

 ただ、コスパの良い報酬やモンスター討伐依頼の判別法や金銀財宝が埋まっている可能性のあるおすすめのダンジョンなどを教えてくれるのかと思いきや、まさかのパーティー同行ときた。

 パナキアの時もそうだったが、この世界の人間は割と見る眼が無いのではないだろうか。

「くははっ、もしや裏技的なのを期待してたかい? 僕達は冒険者だぜ? そんな都合の良いことがあってたまるかってもんよ」

 いちいちうざったい口調が鼻に付くが、ロビンの言う事ももっともだ。駆け出しでひよっこのユースでさえ、冒険者が甘くないことは既に身をもって経験したのだから。なにより、彼の端正な顔立ちに刻まれた傷と失われた左腕が一番の説得力となっていた。

「だから、僕がここらのダンジョンのノウハウを実戦かつ実践形式で教えてあげようかなと思うわけだよ! こう見えて戦闘には自信があるし、冒険者としては『上級』判定だ。騙されたと思って、どうだい?」

「そ、それなら……よろしくお願いします」

 互いに改まった礼をしてから拳を交わす。なんだか気恥ずかしくなり、ぎこちない様子を誤魔化すため、ユースはロビンについての質問をしてみた。

「そういえば、気を失う前に聖魔法を使ってましたよね? ロビンさんは僧侶なんですか?」

「……んー、いや……趣味だね」

「へ?」

 ユースに問われたロビンは腕を組んで宙を仰ぎ、考えるポーズをした。答え方に本当に悩んでいるらしい。そして捻り出した答えが、『趣味』なのだから驚きだ。

「聖魔法を使えば僧侶というのならそうだけど、僕は割と前衛も得意でね」

「もしかして、『均衡を保つ者』をどうにか有効活用してるんですか?」

 ユースが前かがみになって聞くと、ロビンは「ひゅ~っ」と口笛を吹いて笑う。

「ご明察。前衛で戦うときは『均衡』を破るために『身体強化魔法』を掛けて、こ~うちょちょいのちょいだ。ま、聖魔法とか強化魔法とかは独学でやんないとだけどさ」

「____『均衡』を、破る?」

 眉を顰めるユースに、笑みを崩さぬロビンはおもむろに歩き始めた。

「ま、そこは表現が難しいけどさ。感覚だよ感覚。大分脳も起きてきたみたいだし、早速行こうか。今日の所は嘘蜘蛛の討伐だろ? 君があと九体討伐するまで指導してあげよう! お兄ちゃん頑張っちゃうぞ~」

 彼と行動を共にすれば、呪いを放棄して能力を引き出す方法が見つかるかもしれない。そうすればきっと『紫竜』も、『竜神』でさえ一人で狩れる可能性がある。

 ユースはそんな思いを胸に、冒険者としても能力者としても先を行くロインの背を追いかけた。

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