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第十七話 『僕』の限界

『ドラコから預かったペンダントです。……それをお守りとして、私達を思い出してくださいね。…………待ってますから』

 逃げるように宿屋から出たユースはパナキアから引き留められ、そう告げられたのだった。

 日光を反射して煌めく白銀のペンダントは、ユースに似合わぬほどの美しさだった。

「王都に来てもう一週間か……」

 ドラコ達から逃げるように街や村を転々とし、道中で『紫竜』の情報を得るには王都が最も適していると聞いたユースは、初めて訪れた街よりも数倍大きな王都に滞在していた。

 王都の宿屋を拠点にしてから一週間、ドラコ達と別れてから二週間以上は経っただろうか。

 リザードマン殲滅の分け前を資金に宿泊していたが、もうそろそろ底が突きそうだった。ひとまずの金を稼ぐことを目的としているところに、ユースの耳に『竜』の目撃情報が入った。

 話によると、つい二日前、王都近辺の『砂塵の誘惑』と呼ばれる迷宮に大きな竜が現れたのだという。

「その竜が『紫竜』かどうかはわからない。……もしかすれば『竜神』かもしれない」

 奴ら以外にも竜族がいると聞く。見当違いの可能性の方が高いかもしれない。だが、それでも。

 既に手続きは済ませ、冒険者登録もできている。冒険者登録の有無による待遇の差により、ユースはこの世界が相変わらず実力が全てであることを再度実感させられた。そしてその現実が、更にユースの焦燥感を駆り立てるのだった。

 例え『竜神』であっても、覚悟はできている。実際の所どちらが強いのかもよくわかっていないが、これまでの人類への被害から見れば比にならないほど圧倒的に『竜神』に分があるはずだ。

『おイ、どーシタ? 話が違ウゾ。早く身体ヲ〈オレ〉に譲レ』

「……これが最後だ。次の戦いで『僕』が負ければ…………この身体はお前にやるよ」

 現状ではやはり何の進歩もない。だが、リザードマンの時の二の舞となり、今度ばかりは命を取られるかもしれない。そんな恐怖が震えとなって今にも『砂塵の誘惑』から逃げ出したくなる。

 ユースはだだっ広い砂漠にぽつりと盛り上がっている、大きなかまくらのような砂山の入り口を覗き込む。

 崩れ落ちそうな石造りの階段は、暗闇の先まで下っている。階段上のきめ細かな砂や亀裂に足を取られてしまえば、一巻の終わりだということは明白だ。

「僕に勇気をくれ……!」

 ユースは短剣にそう念じると、短剣はゆらゆらと優しくも見える火勢で辺りを灯してくれた。

 ゴブリンやリザードマン討伐の時と違うのは、ドラコ達のおかげでユースが自分の能力、『均衡を保つ者』を自覚していることだ。

 彼を知り己を知れば百戦殆からず、とはよく言うが、今まさにユースが唯一縋ることのできる格言だろう。

 階段を降り切ると、窮屈だった空間から一転して大広間が現れた。吹き抜けになっている大部屋で、二階に上がることのできる階段も見える。古代遺跡と西洋の装飾が融合したような内装は神秘的で、目を見張るものがあった。所々にはたいまつが灯されており、昼間のように明るいとまでは言えないが、足元を確保するくらいの明度はありそうだ。

「……丁度いい。僕が能力を使いこなせるようになるまで、この短剣はしまっておこう」

 ドラコ達と一時的に袂を分かった手前、彼女から貰った短剣を使うことはユースのプライドが邪魔した。

 これは自分との戦いだ。これ以上ドラコ達の力を借りることは己を甘やかし、結果的に自分の中に見え隠れする邪悪な『何か』を増幅させてしまうような気がした。

 そんな根拠のない直感で、ユースは炎を灯す不思議な短剣をバッグにしまおうとした途端。

「____ッ!?」

 背中のバッグが持ち上げられ、ユースは天井に向かって宙づりにさせられそうになる。

 バッグを下ろそうとしたおかげで、瞬時に異常に気が付いたのは運が良かった。ユースはそのままバッグから身体を放して離脱、天井を見上げる。

「シャァァァァァ____」

 天井に張り付き、無数の真っ赤な目でユースを見つめていたのは、体長二メートルほどの大蜘蛛であった。大蜘蛛は包帯を巻かれたミイラのような体に、人間の腕ほどある太さとその巨体と同じくらいの長さをした足を持ち、いかにも魔物らしい不気味な容貌だ。

「こいつが討伐対象____嘘蜘蛛か!」

『嘘蜘蛛十体討伐 場所:砂塵の誘惑 推奨:中級者以上 報酬:五万G』

 依頼書の内容を再度頭の中で反芻する。一体の単価で言えばリザードマンと変わらないが、素早い動きで冒険者を翻弄している間に糸を張り巡らせて殺すのだという。毒を持っているわけではなく、逆に毒に弱いのが弱点とされている。

「けどこのくらいの敵、毒に頼るまでもなく倒さなくては……!」

「ジュルルルル……」

 しかし、嘘蜘蛛の動きは事前情報とは異なり、ずっと天井の一点に留まったままだ。その隙にユースは吹き抜けとなっている二階へと昇り、壁を蹴って天井の嘘蜘蛛を短剣で突く。

「ウジュジュジュゥゥ」

 耳障りな粘性の高い音を立てて、嘘蜘蛛はあっさりと崩れ落ちた。

「やった……のか?」

 体力や攻撃力はリザードマンほどではないとはいえ、同じランク付けをされている魔物のはずだ。その割に妙に味気なさすぎるのが小気味悪い。

 僕が確実に強くなっているとすればどうだ。ドラコ達のバックアップありきだが、数々のリザードマンを相手にしたし、『玉石竜』も倒した。その成果が出ているのではないか。

 しかし、ユースは知っている。この異世界はそう甘くはない。これはゲームでも漫画でもない、現実なのだ。そう、肝に銘じていたつもりだったのに。

 先ほど短剣で突き刺し、不気味な音を立ててぼろぼろになって地に落ちた残骸をふと見やる。

 残骸は、まるで『生物だった』はずのそれとは違った。抜け殻だ。

「ま、まさか……囮____」

 短剣の切っ先が命じてもいないのに燃え盛り、火はユースを____否、ユースの背後を指示しているように見え、

「ぐふっ」

 次の瞬間、ユースは血塊を吐き、腹部に異物感を覚えながら倒れ込んだ。

「シャァァァッ!」

 針だ。ユースの腹部には、短剣と同じくらいの野太い針が突き刺さっていた。薄れゆく意識の中でユースの周囲を見ると、透明な線状のものが松明の光を反射して煌めく。その数は一本や二本ではない。無数だ。倒れ込んだ拍子に更なる糸を踏まなかったのが幸いなくらいに、辺りに何本も糸が張り巡らされていた。

 すなわち、糸を引いたのをトリガーに糸先に付いた針が襲ってくるトラップとなっていたのだ。

 抜け殻____恐らくはそれに気を取られている間に本物の?蜘蛛が糸を張っていたのだろう。

「く……そ……情報とちがう……」

 冒険者協会の依頼書に添付されていた嘘蜘蛛の情報は、『素早い動きで翻弄する』としかなく、囮を使うほどの知能があるという記載は確かに無かったはずだ。

 相手もコンピューターではない。当然だ。これはゲームではないのだから。魔物だって成長する。中には頭の良い個体も存在する。

 舐めていた。肝に銘じていたはずが、全然ダメだ。戦闘力とか、そういう問題にすらならないくらい論外ではないか。

 ユースはたった一度の攻撃でついに握力も失い、短剣が手中から零れ落ちる。それを寂しく思うように、短剣の灯も淡く消えていく。

「やっぱり、自信を持つなんて……こんな自分を好きなるなんて、できない」

 『玉石竜』の時に聞こえた謎の声は、「自分を信じてあげて」と言っていた。その時は胸を衝かれた様な感覚を覚えたが、現状になって改めて心から思わざるをえない。

『やっと〈オレ〉の出番かな? ジャハハ』

______ああ。『僕』の、負けだ。

 〈オレ〉は炎の短剣を拾い上げず、王都で買ったメリケンサックを拳に身に着けた。

 ファンタジーと言えば剣と魔法だ。けれど『落ちこぼれ』の僕に、それらは眩しすぎたのかもしれないな。

 ユースは皮肉気に口角を上げ、眼前に生れ落ちたばかりの大蜘蛛を睨んだ。

 こうなったら、後は身を任せるだけだ。

 まず一歩。嘘蜘蛛の方に向けて踏み出す。

 太ももに糸が引っかかり、トラップが発動。針がユースの太もも目掛けて飛んでくる。

 しかし、足を逸らして最小限の動作で針をすんなりと避ける。

 なんだ、存外目で追えなくもないじゃないか。

「そうと決まれバ、ダ」

 ユースの身体は次第に竜の鱗のようなものを纏い始め、口角を吊り上げて卑しく笑った。その笑みの対象は嘘蜘蛛に対してか、はたまた。

 踏み出す予備動作すら追えないほどの速さで走り出し、ユースは嘘蜘蛛に直線で疾走する。勿論、その間で全てのトラップに引っかかる。

 だが、極論。当たらなければどうということはない。

 トラップが発動するよりも速く移動すればいいだけの話だと言わんばかりに、ユースは嘘蜘蛛を屠らんと急接近した。

 すると、嘘蜘蛛はたまらず蚕の繭のようなものを吐き出して飛び退く。その繭は、先程も見せた嘘蜘蛛そっくりの囮だった。それに注目した一瞬の隙を見計らったように、嘘蜘蛛はあちらこちらへと動き回る。

 そう、嘘蜘蛛が囮を作ることが情報にないことは確かだが、実は情報通りに高速移動していたのだ。

 ____ただ、先ほどまでのユースがその姿を一瞬すら追えていなかっただけで。

「はやク〈オレ〉にかわっておけばいいもノヲ……だガ」

 ユースは舌打ちして辺りを見回す。なるほど、確かに蜘蛛の動きは想像よりも素早く、常人の動体視力では一瞬の捕捉が精いっぱいだ。

 そしてそれは、『均衡』が保たれている現在のユースも例外ではない。敵の取り柄が素早さに全振りされていることから、『均衡を保つ者』の恩恵をさほど得られていない。とにかく、今のユースであっても蜘蛛の速さに勝る攻撃をお見舞いしてやることは難しく、

「所詮は魔物風情ニ過ぎンナ」

 しかし、そんな状況でも『彼』は眼前の魔物を羽虫程度にしか思っていなかった。

 ユースは先刻嘘蜘蛛によって目の前に張られた糸を握りしめ、何を思ったか高速で両手に手繰り寄せる。そして、『蜘蛛ごと引き寄せられるくらい』の糸の塊になったと同時に、唸り声を上げた。

「まず一匹____」

「シャシャシャァァァァァッッ!?」

 あまりの張力の強さに、嘘蜘蛛は反応する間もなく糸ごと手繰り寄せられる。その引力とユースの拳の威力が掛け合わされ、嘘蜘蛛の身体は砕け散った。

 しかし、落ち着く暇もないようだ。既に異常事態を感じ取り、十体余りの嘘蜘蛛が大広間の中心に佇むユースを取り囲んでいた。

「ふン……何匹こよウガ…………!」

 数的状況が不利になったところで、『均衡を保つ者』の前にはさほど影響はない。このまま依頼数以上の数を討伐してやろうと意気込んでいたのだが。

「さっキノ傷か……」

 ユースの腹部からは大量の血液が体外へ溢れ出していた。あまり痛覚は感じないために気付くのが遅れてしまったようだ。

 『均衡を保つ者』が有効だとしても、出血多量により意識が無くなってしまってはどうしようもない。

「こ、これで終わり……なのか……」

 〈オレ〉すらも、『僕』のせいで。『僕』が足を引っ張ったせいで。

「最初から『僕』じゃなければ……」

 そうだ。そこから間違えていたのだ。そしてもう、二度は無いだろう。

「『ホーリー・ザナドゥ』!」

 そんな、どこかで聞いた呪文が詠唱されたのを最後にユースの意識は失われた。

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