第十四話 『上級』冒険者たちの連携
『玉石竜』との戦闘が開始してから十分ほどは経過しただろうか。ドラコとユースは巨体から繰り出される重撃を間一髪で回避、または受け流して最小限にし、カウンターを打ち込んでいた。
しかし『玉石竜』は吸収した魔力で更に再生と攻撃速度を上げ、一方でこちらは生命力を失って明らかに攻撃力が落ちてきている。
スラッシュはというと、居てもたってもいられず一時はドラコのフォローを考えていたが、近くにリザードマンが出現し、パナキアを守るために断念することとなっていた。
「ちくしょォッ! どきやがれ、てめえらァッ!」
気を抜けば倦怠感に負けてしまう程に強力なドレイン能力。『玉石竜』から距離を置くスラッシュですらそうなのだから、最前線で戦う二人への更なるデバフは測り知れない。
取り巻く複数のリザードマンたちを大盾で薙ぎ払っていく。だが思うように力が入らず、おまけに視界も霞んできた。これも例のデバフの影響だろう。
「し、しまった!」
大ぶりの盾を空ぶり、それが大きな隙に成ってしまった。その一瞬を逃さず、周囲のリザードマンが一斉にスラッシュに圧し掛かった。数十体に無防備に襲われてしまえば、流石の『上級』でも命はない。己の未熟さを悔いる時間も与えてもらえず、スラッシュは青龍刀で首を刈り取られ____
「『ホーリー・ザナドゥ』ッ!」
不可視の障壁がスラッシュの全身を纏い、同時に傷も癒えていく。驚くべきことに失っていた魔力も少し回復した。
「うおおおおおおおおおッ!」
感覚でそれを理解し、スラッシュは全身から衝撃波を放って張り付いていたリザードマンどころか、取り巻きの者も吹き飛ばした。戻って来た魔力分をほとんど使ってしまったが、今のでほとんどの雑魚が死んだ。
そして、この上級の聖魔法を扱うことができるのはただ一人だ。
「俺はわかってたぜ。お前はヤワな玉じゃねえってな……!」
「呼ばれて飛び起きじゃじゃじゃじゃーん、ですっ! お待たせしました!」
どや顔で鼻を鳴らすのは、ハンナの_____ユースが受け継いだダガーを握ったパナキアだった。
「ほんとに信じてくれてましたかぁ?」
ほんのり目が潤っているスラッシュに、パナキアはジト目でいやらしく微笑んで彼の鎧をつんつんする。
「う、うるせえ! これは目にゴミが入っただけだ! んなことより今の状況だ! まずはそこから説明しねぇとだな」
「ええ。単刀直入にお願いします」
スラッシュが殊勝な顔をするのに合わせ、パナキアも戦闘態勢に切り替える。数メートル先で暴れているのが目当ての『竜神』の手下であること、ユースが覚醒状態であること、最後に『玉石竜』の弱点を打つには今一歩決定打に掛けていることを伝えた。
「なるほど。……足を引っ張ってしまった分、私がなんとかします」
「……お前だけのせいでもねえさ。己が実力不足は全員が痛感してる。気負う必要はねえが、何か案はあんのか?」
スラッシュのあらましを聞くと顎に手を当てて少し考え、パナキアは人差し指を立てる。
「まず、一つ。私はほぼ使い物になりません」
「…………はぁ?」
何を言い出すのかと鳩が豆鉄砲を食ったように聞き返すスラッシュ。一秒前の彼女の発言を見事に裏切るようで、苛立ちすら湧いてこないほどの拍子抜け具合である。
しかし、パナキアの表情は至って真面目だ。いつものようにふざけているというわけではないし、彼女であっても生死を分けるこの状況で戯言を続けるはずもない。
「率直に言うと、私はあと一回しか魔法を使えません。なので皆さんの傷や魔力を回復する余裕はありません」
ポーションの効果で致命傷の傷は癒えたが、パナキアとて『玉石竜』の吸収効果の範囲内に居たのだ。パーティーの中でも魔力量の多い彼女であっても、枯渇するのは時間の問題であった。
「そうか、あと一回か……」
スラッシュは依然として状況の打破が難しいことがわかり、唇を噛む。だがパナキアは表情を変えずに続ける。
「なので、二つ目です。私が無駄な体力を使わないよう、私をおぶって『玉石竜』に突っ込んでください」
唐突にこれ以上ない無茶ぶりを平気で言い放った。スラッシュの命どころか自分自身の命をも軽んじる発言に、並の関係値ならばこの時点で怒鳴り散らしていることだろう。
「それだけでいいんだな!? 行くぞ!」
「全速前進です!」
パナキアは遠慮もせず背中に勢いをつけて飛びつき、まるで指揮官のように指差した。「こいつ、本当にふざけてないよな……?」と一瞬不安になりながらも、『玉石竜』の元へ全速力で駆けるスラッシュであった。
◇
敵の弱点は鳩尾の卵。ただし、それを『玉石竜』の両腕が硬い装甲で防いでいる。
そのためにドラコはまずは両腕の無力化が必要だと考え、同時にユースも感覚的に理解しているようだった。
右腕をドラコが、左腕にはユースが担当することで両腕を一時的に無力化することはできている____のだが。
「くっ……! しかしこれでは埒が明かない! 肝心の卵にダメージを与える余裕が……!」
悔し気に唇を噛んで『玉石竜』の握り締めようとする手を避けるドラコ。同じくユースも卵への十分な攻撃の隙を見いだせずにいる。
一方でスラッシュは意識の無いパナキアを庇ってリザードマンの対応に追われているはずだ。
勿論長い目で見れば、このまま魔力を吸収し続けられる『玉石竜』に軍配が上がることだろう。
____だが、現時点での総合的な戦闘状況はまさに『均衡』。『玉石竜』もドラコ達も、どちらも攻めあぐねている状況だ。
寧ろドラコは最初の吸収量から考えて、既にユースが圧されてしまう頃合いだろうと踏んでいたのだが、弱体化しても依然として彼が『玉石竜』の攻撃に引けを取ることはないようだ。
彼がドラコの想像以上にタフであったことは嬉しい誤算だが、どちらにしても危機的状況には変わりない。この『均衡』が崩れる時は即ち、『玉石竜』の勝利が目前に近づいているということを意味している。
かのように思えた。
「まだ近づくのか!?」
「はい! ユースくんよりも体力の少ない我々が囮になれるほど近くでお願いしますっ!」
「……畜生ォッ! ここまで来たらやってやらぁ!」
左腕の対応に追われるユースになにやら声が近づいて来、その勢いは『玉石竜』に猛突進してしまうかのようだった。
見やると、パナキアと彼女を負ぶっているスラッシュだ。
『ジャマヲ、スルナ……!』
奴らは『敵』ではない。だが、〈オレ〉に味方などいない。居るとすればそれは自分自身だ。そして、こいつ(玉石竜)は〈オレ〉の目標の礎となる、〈オレ〉だけの経験値だ。
そう判断した彼は、『玉石竜』の拳をスラッシュたちに向かって受け流そうと、
『あなたの涙を見ればわかる。みんなを、そして自分を信じてあげて______』
____気のせいだろうか。パナキアの持つダガーが光ったように見えると、『均衡』が崩れるような感じがした。それは痛快なようで悲しいような、複雑な不協和音だった。
『僕』は、泣いているのか? なぜ? どうして?
「『ドゥク・ドゥープ!』ッ」
困惑するユースの鼓膜を貫いたのは、パナキアの詠唱だった。
「……? パナキア、何を……」
パナキアの詠唱したそれは普段から常用している『身体強化魔法』だ。それだけなら、スラッシュや自分自身、もしくはユースに付与するのだろうと予測できる。
だが、パナキアは『玉石竜』の左腕に付与したのだ。
一見して利敵行為に見える血迷った行動が、スラッシュやドラコを一瞬戸惑わせた。
『玉石竜』は左腕の調子がすこぶるよくなった感覚を持ち、振りかぶった拳をその勢いに任せてパナキア達に放つ。
「ウゴアアアァァァァ____ッ!?」
しかし元の倍ほどの速度と威力がある拳は、疾走するスラッシュの一メートル先に落ちた。
「……! そういうことか!」
遠目でパナキア達を見ていたドラコは、その情景からパナキアの思惑を察した。
『身体強化魔法』は、確かに優秀なバフ魔法だ。だが慣れない人間にかけられれば、逆に脳がドーピングされた身体に追いつかない場合がある。それは、その強化効果が強ければ強いほど起こり得るのだ。
「私の『身体強化魔法』は格別ですよ! そして……」
空ぶった左腕は勢い余って地面に突き刺さり、簡単には抜くことができない様子だ。右腕にはドラコが対処、左腕は無力化に成功。
そして、がら空きになった鳩尾____弱点である卵のある位置を、彼は見逃さないだろう。
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!」
自分が今までどうなっていたのか。何を考えていたのか。何故涙を流していたのか。自分を信じるとはなんなのか。
それらを思考するより先に、身体が動いた。脳のどこかが「今しかない」と刺激した。
ユースは左腕を伝って一気に駆け上がり、首元の位置まで近づく。
「やっちまええええ、ユースゥゥゥッ!」
スラッシュの咆哮に応えるように、爪が折れたままの禍々しい拳が『玉石竜』の胸に撃ち込まれる。綯い交ぜになった感情と共に、残り少ない魔力を全て集中させた渾身の一発を。
「ウガアァァッ!」
硬い岩の装甲を打ち破り、露出した卵もろとも貫く。
ガラスが割れるような耳をつんざく音がして、『玉石竜』は後頭部から地に倒れ込んだ。
まるで魔法が解けたかのように、『玉石竜』の身体は一分も経たぬうちに砂塵となって消えた。
「____パナキア、スラッシュッ!」
『目当てのモノ』の確認は二の次に、ドラコは大の字に倒れている二人に駆け寄った。
「スラッシュ……! その足、大丈夫なの!?」
「ああ。ちと痛むが……少し休んでからパナキアに魔法を掛けて貰えばまだ歩ける」
「すみません。私、スラッシュが足に怪我してること知らなくて」
眉をハの字にして心配そうに顔を向けるパナキアに、スラッシュは皮肉気に笑う。
「俺は今回の戦い、何の役にも立てなさそうだったからな。俺にも少しは無理させてくれよ。それに、足を怪我したのも俺の落ち度だ」
実際はパナキアを守り切ったことが勝利につながったわけだが、そのような間接的な貢献はスラッシュのプライドに関わるようだった。タンクとして皆に頼られている分、できるならパナキアに限らず、全員を守りたかったのだ。
それでも尚憂いの表情を変えようとしないパナキアだが、そんな彼女を横目に、スラッシュは声を荒げてある人物を呼んだ。
「スラッシュさん……僕は……」
「…………」
上体を起こしたスラッシュに呼ばれ、青い顔で左腕を抱えて寄って来たのはユースだった。
まずは謝罪をするべきだ。自分のわがままで勝手に岩場を出て行って、パナキアに危害を加えてしまった。その上でどこかで選択を間違えれば、確実に全滅していただろう。気持ちが伝わらなかったとしても、まずは態度で示すのが第一歩だ。
そうわかってはいても、ユースの身体は硬直していた。今すぐに消えてしまいたい。自分はここに居るべきではない。そんなどうしようもない逡巡と反芻がユースの脳内を支配している。
そんなユースに、スラッシュは静かに人差し指をくいっと折り、更に近づくことを促す。
ユースが一歩踏み出した瞬間、スラッシュの拳が腹を抉った。
「ぐあっ!」
「てめぇがやっちまったことを少し考えれば、今の一発の意味はわかるな?」
過呼吸になるほど咳き込む少年を見下ろし、スラッシュは諭すように言った。彼の口調と姿勢に激情は見えない。
それが故に彼の意図するところを全員が察し、問いただす者はいない。
後ずさりするユースに、スラッシュはさらに踏み込む。
「……!」
もう一発が来る。また鉄拳か、はたまた足蹴か。
それだけのことをした自覚はあるし、例えもう二発食らってもまだ足りないはずだ。ユースは身体を震わせながらも瞑目し、次の一発に備えていた。
しかし、いつになっても贖罪の鉄槌は振り下ろされない。恐る恐る目を開けると、
「すまなかった____」
腰を九十度に曲げて謝罪を口にしたのは、あろうことかスラッシュの方だった。
「な、んで……」
感情を宿していなかったユースの漆黒の目が、徐々に生気を取り戻していく。そうして初めて、スラッシュを含めた三人の態度が見て取れた。
どういうわけか未だ腰を折るスラッシュ、温かい目で微笑むパナキア、目が合うと頷いてくれるドラコ。
「みんな……どうしてこんな僕を……」
「最初に会った時から、お前の焦る気持ちはわかっていた。ここに来てから更にその感情が高ぶっていたこともだ。俺はそれをわかって尚、お前の焦燥感を逆撫でするようなことをしてきた____こうなっちまったのも、元は俺の責任だ」
確かにスラッシュは初対面の頃からユースに当たりが強かった。ユース自身、それにルサンチマンを抱いたことは否めない。
だがユースの容姿や普段の実力を見れば、その対応は無理もない。寧ろ的を得ていたからこそ、反骨心を抱いたのだ。それに、結果的に勝利したとはいえ、自ら絶望的な状況を作ったのは明らかにユースのせいだ。だのに彼は自分のせいだと謝罪するのか。
考えれば考えるほどわからなくなってくる。僕は、いや、〈オレ〉はただ復讐を____。
「ありがとう」
「本当に助かりましたよ、ユースくん! 熱烈なハグしてあげてもいいですよ! ほら、スラッシュも素直に言ってください?」
「……ちっ。…………ありがとよ。何はともあれ、お前がいなかったらヤツを倒せなかったのは事実だ」
「____ッ!」
違う。彼らなら『僕』がいなくてもきっと。
殴られることすら覚悟していたつもりが、逆に全員に感謝されてしまい、ユースは自分すらも見失いそうになる。
そうだ。感謝されるべきは『僕』じゃない。
『〈オレ〉だろウ?』
『死神』を倒したのも、『玉石竜』のトドメを刺したのも、『僕』ではないのだから。