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第十一話 焦燥に追われる少年

 一週間。その内の一日が終え、残るは六日だ。

 この事実を、ユースは刹那的なものだと捉えた。『あと六日しかない』という焦燥感に駆られ、彼は眠れぬ夜に耐えかねて寝袋を抜け出していた。

 名目上である能力の覚醒条件を調べることと『紫竜』の手掛かりを探ること、どちらも達成できそうにないのだ。

 このままでは何の成長もない。自分の何かを変えなくては、未来は変わらない。

 考えに考えた末、彼の思う『何か』とは『臆病さ』だと結論付けたのだった。

「あの『死神』を倒せたんだ……。僕に足りないものはメンタル……のはず」

 そうは言っても、メンタル次第でゴブリンに負けるほどパフォーマンスが落ちるものだろうか。それだけでは説明がつかないとわかっていながらも、ユースはただただ行動に移したかった。例えそれが間違っていたとしても、そのために犠牲が伴ったとしても。

 半ば自暴自棄的な感情を胸に、ドラコ達に断りもせぬままユースは一人岩場を飛び出してひた走る。

「みつけた……!」

 野営していた岩場よりもさらに大きな岩に囲まれた場所に、リザードマンが一体寝そべっていた。魔物も睡眠をとるのだと知ると同時に、逆にこれはチャンスだと思い至る。

「今なら不意打ちでどうにかやれないか……?」

 例え夜襲だとしても討伐は討伐だ。自信を付けるという意味でも、ここで魔物を殺す経験をしたい。

 『死神』を討伐した時の自分は『僕』ではない。何故かそんな感覚がずっと付きまとってきていたのだった。

 ユースは岩陰に隠れつつ周りを見渡し、他にリザードマンが居ないことを確認してから寝ている一体に忍び足で近づく。

 リザードマンはいびきをかいて仰向けに横たわっており、どう見ても隙だらけであった。奴らの主な武器である青龍刀のようなものが傍らに置いてあるが、瞬時に構えることはできない位置だ。

 まさに絶好のチャンス。『僕』の初めての魔物討伐となるかもしれない。

 もしもこれに失敗すれば、僕は『僕』を捨てることになるだろう。そんな根拠のない恐怖心があった。

 ユースは先ほど火が点かなかったダガーを両手で逆手に持ち、リザードマンの胸に突き刺そうと振りかぶる。そしてダガーが振り下ろされ____

「あぶないッ!」

「!?」

 不意に馴染みのある声が岩肌を反射して響き渡り、同時にユースの身体は突き飛ばされた。

「ぱ、パナキアさん? な、ん……で…………!」

 地面で擦れた腕を庇いながら声の主の方をみやると、パナキアが地面に伏していた。

「に……て……」

「パナキアさん、一体」

 どうしてここに?

 状況が飲み込めず、真っ先に頭に浮かんだことをパナキアに問おうとする。しかし次に、彼女の白いローブが赤く染まっていることに気が付いた。そして彼女の腕には矢が刺さっている。深く突き刺されたそれは、痛々しく真紅が広がるのを促していた。

「逃げて!!!!」

「ッ!」

 パナキアが叫んだと同時に、彼女の胸に第二の矢が射られた。

「うぐっ!」

「パナキアさ____」

「『ホーリー・メテオ』ッ!」

 胸への一撃に怯まず、パナキアは血反吐を吐きそうになりながらも魔法を詠唱。彼女の杖から黄金のレーザービームが照射された。狙いは岩上だ。

「ウガアアァァァッ!」

 ボウガンを持ったリザードマンがレーザーの餌食となり、焼き殺される。

 しかし、それだけではまだ安心はできない。まだユースが殺し損ねた一体が残っている。

 そのリザードマンが目を覚まし、青龍刀で背後からパナキアを斬りつけようとしていた。

「パナキアさん! 後ろ!」

 「逃げろ」という命令も忘れ、ユースはただ声を張り上げてパナキアがその攻撃に気付いてくれることを願った。

「ギャアアアァァァァ!」

 そう思ったのも束の間、先ほど一体のリザードマンを焼いたレーザーがUターンして上空から舞い戻り、そのリザードマンすらも粉みじんにしてしまった。

「つ、つよい……」

「いえ、問題はそこじゃないんです……! ユースくん、あなただけでも早くここから」

 胸を撫でおろすユースと対照的に、パナキアは未だ杖を構えて戦闘態勢を解かない。そんな彼女だったが、暗がりからの攻撃には反応できなかった。

「うああっ!」

 今度は彼女の脇腹を三本目の矢が貫いた。鮮血を散らし、足の力を失って顔から地面に倒れ込んでしまった。

 本来の彼女であれば、二本目、三本目の攻撃を魔法でいなすことは可能だったが、ユースのために数回身体強化魔法や回復魔法を使用していたことが祟ったのだ。

 そうでなければ、『上級』の彼女がやられるわけがない。当然それくらいはユースの頭でも察することができる。

「僕の……せいだ……」

 もしもこれに失敗すれば、僕は…………『僕』で無くなる。

 心臓の鼓動が速く、そして高鳴る。

『____オマエノセイダッ!』

 脈拍が心中のどす黒い何かを鼓舞する太鼓のように打ち付けるのがわかる。

『〈オレ〉ガ強ケレバ……!』

「ユース! パナキア!」

 先程のパナキアの天を衝く魔法がドラコとスラッシュを呼んだのだ。二人は岩場を包囲していた数々のリザードマンを一瞬にして一掃し、駆け寄って来た。

「ユース! 無事!?」

「……ぁ……あ」

 助けが来たというのに、ドラコが肩をゆすってもユースは放心状態になっていた。

「おいパナキアッ! しっかりしろ! クソッ! なんであんなゴミどもにこんなに!」

 スラッシュに揺さぶられるがまま、力なく脱力したパナキアはまるで死んでいるようで____

「あ……あぁ……」

 ユースは反射的に、巾着から回復ポーションを取り出した。それを見たスラッシュは、強引に奪い取るようにしてパナキアの傷口に振りかける。

 ポーションは即効性で、命に別条が無ければすぐに復活できるはずだ。

 だが、そんな全員の願いは希望的観測に過ぎないと一蹴されてしまう。

「うそ……だろ……」

「パナキア……!」

「…………」

 今のドラコ一行で回復魔法を覚えている人間は、パナキアただ一人。その彼女が瀕死の状態になれば、他三人はただ指をくわえて歯を食いしばるしかない。しかしもし一人ヒーラーがいれば、彼女の処置は間に合ったかもしれないのだ。


『イヤ、オマエノセイダ!』


「僕が勝手に飛び出さなければ」

 突如、轟音とともに辺りが揺れ始めた。まるでどこからか湧き上がるユースの激情に呼応するかのように。

「なんだ!?」

「これはまさか……まずい……!」

 大地を揺るがす地響きは大地震に近いものを感じるが、正確に言えば動いているのはユース達を取り囲んだ大岩だ。大岩が段々と地面から隆起し、その全貌を露にしようとしていたのだ。

 その正体に心当たりがあるのか、ドラコはすぐに退避のアイコンタクトをスラッシュと交わす。しかし勿論、傍らには瀕死のパナキアと放心状態のユースが居る。

「彼らを置いていくわけには……!」

「ドラコ! あぶねえぞ!」

 二人の方に手を伸ばした途端、ドラコの足元の地面が盛り上がり、その勢いに打ち上げられそうになる。ドラコは間一髪でスラッシュに引き寄せられることで免れるが、岩がユースとパナキアがいる側とを分断してしまった。

「放して、スラッシュ! あの二人がまだ!」

「……ッ!」

「ねぇ! スラッシュッ!?」

 スラッシュは鼓膜を打ち破ってしまいそうな地響きを理由に、二人の行方を危惧するドラコの声が聞こえぬフリをし、彼女の手を強く引く。

 彼らを助けたいのはスラッシュも同じだ。だが、ここが危険だといち早く判断したのは他でもないドラコ自身であり、スラッシュもそれを感覚で感じ取っていた。このままでは全員死ぬ。

「『また』救えねぇのかよ俺は……!」

 地面に打ち上げられる前に抜け出し、二人は岩場だったはずの方を振り返った。

「……まさかこいつが……」

 ハリケーンを錯覚するほどの土煙を纏って地中から姿を現したのは、全長五十メートルはあろうかというゴーレムのような巨躯だった。

「『玉石竜ロックリザード』……『死神』に次ぐ『竜神』の使い魔が一匹。私達が探していた相手がまさかこんな形で……」

 万全の準備をしたはずが、考えうる最悪の形で相まみえることになってしまった。

「ドラコ、緊急事態だ……ここは一旦____」

 冷酷だが、あの状態のパナキアとユースはもう助からない。素人目に見てもそれは明白だ。

 けれど。

「いや、あの二人を助ける。そしてあのデカブツをぶっ壊す」

「……は? おい、冷静になれドラコ! この状況だとあいつらはもう……。それに、俺達だけじゃ力不足だ!」

 怖気づいているわけでは無い。スラッシュは現状を客観的に見て判断を下している。普通なら彼の意見は最もで、そうするべきだ。

 しかし、ドラコはおもむろにスラッシュに向き直る。彼女の双眸は消えることのない炎を宿しており、決して血迷った自暴自棄のそれではなかった。強い確信がそこにある。

「『呪い』はまだ在る。まだ彼の灯は途絶えていない」

「……!」

「ならば私はそれに応えよう、ユース」

 おもむろに鉤ヅメを付け、瞳に不気味な光を宿す。彼女が初めてユースと対峙した時のように。

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