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第十話 『上級』の実力

「ここがハイランド高地____『竜神』の直近の目撃情報があった場所……」

 地面の全てが大理石のような岩で形成され、ところどころ視界を遮る黒曜石のような巨大な岩石がそびえ立っている。時折それらが雲の隙間から差す日光に照らされる様が、神々しい雰囲気を醸し出していた。吹き付ける風は刺すように冷たく、まるで来るものを拒んでいるようだ。

 ____そして何より、過去に『紫竜』の出現も確認されている。

 依頼書の詳細画面では一年程前、すなわち『竜神』が前々回にも出没したのと同時期に、まるで追いかけるように『紫竜』が現れたのだという。その手掛かりが掴めるかもしれないし、遭遇する可能性も十分考えられる。

 それはそれとして、『竜神』と『紫竜』____どちらも竜族という魔物である以上、接点がないとも言い切れない。実際、『ネームド』認定されている竜族は片手で数えられるくらいなのだという。全てハイテク依頼書の情報によるものなので、信憑性はあるはずだ。

「待ってろよ『紫竜』。まずはお前だ」

 ゆくゆくは『竜神』、お前もぶっ殺して……それで……!

 ユースの腹の内からふつふつと湧いてくる無意識の何かは、彼が意識するより先に肌を殴りつける寒風に吹かれて姿を隠してしまった。

「ユースくん、ここに来た目的は覚えてる?」

 歯をガチガチ鳴らして寒さに震えるユースを見かねてか、パナキアが優しい声音でそう言った。

「は、はい。たしか、『リザードマンの殲滅』でしたよね」

 リザードマン。ユースが以前、冒険者協会の扱いづらい方のクエストボードで見た『リザードマン百体討伐』と同じモンスターだろうが、実際に見かけたことはない。しかし、その依頼と彼らが受注している依頼とは、大きな違いがある。リザードマンの『殲滅』なのだ。

「殲滅って、大体何体くらいになるんですか?」

「うーん、群れによるけど……少ない時は数十体、多い時は千体いる時もあるかなぁ」

「ま、マジですか……」

 大きな亀裂の入った岩肌をひょいと飛び越える三人の後をなんとかついていくユースは、パナキアの言葉にさらに絶望させられた。

「前にリザードマン百体討伐の依頼を見たんですけど、それが完遂されてないとすれば……」

「ん。百体以上はいることになりますね」

「このガキ、俺達がその依頼を受けたのはあくまでついでだって知ったら失神するんじゃねえか?」

「いやぁ……なんとか頑張って力を扱えるようにしま…………って、えええええええええ!? どどどういうことですか!?」

「はぁ……スラッシュ……」

「ちょっと、スラッシュさん! 脳まで筋肉が進行してきちゃってますよっ!」

 青い顔をするユースを睨み付けて言い放つスラッシュだが、すぐに「やっちまった」という顔で彼も青い顔になった。そんな彼にため息を吐き、暴言交じりにツッコミを入れるパナキアとドラコの二人。

「……悪いわね、ユース。でも安心して、あなたは基本的にそこで私達の戦いを見ているだけでいい。あなたが押さえておくことは、我々が弱らせたリザードマンをあなたが相手にしてみて、能力の覚醒を促す。これだけだ」

「は、はい……」

「……やはり私には、君を巻き込む勇気はない」

「……?」

 ドラコはユースに微笑んで説明し終えると、進行方向へ向き直ってなにかを溢したような気がした。彼女が何といったのか、反射的に聞こうとしたその刹那。

「グガアアァァァッ!」

 パナキアとユースの頭上の岩上から、耳にこびりつくような狂った声を上げて、何者かが斬りつけてきた。

 しかし、その間に盾を構えて割り込んできた巨体____スラッシュだ。彼の反応速度と動きは、攻撃を仕掛けられたユースよりも数段早い。

「ふんッ!」

 スラッシュの豪勢な盾と襲撃者の青龍刀のような武器が甲高い音を立てて火花を散らした。それに怯むことなく、スラッシュは盾を押し付けて、襲撃者の身体を岩盤にぶち当てる。

「グギャアアァァァァァッ!」

 二撃目を許さないほど無駄のない彼の洗練された動きに、ユースは襲われた恐怖も忘れて口を開けたままだった。

「おいガキ! そこを早くどけ!」

「……! ユースくん、ちょっと失礼しますね!」

「う、うわぁ!」

 傍に居たパナキアが何かを察し、ユースの身体を軽々とお姫様だっこ。そのままドラコのいる前方へすり抜ける。

「うおおおおおおおおおッ!」

 スラッシュは襲撃者____リザードマンを盾と岩でサンドイッチしたまま、岩を破壊。すると、なんと岩上からさらに十体ほどのリザードマンが落下してきた。更なる伏兵が、虎視眈々と不意打ちを狙っていたのだ。

 スラッシュはそれを見越して岩ごと崩壊させ、伏兵たちを隙だらけの空中へと晒したというのか。

「ドラコ! 上だ!」

「わかってる!」

 返事をしたころには走り出していた。そして鉤ヅメを両手に装着し、華麗に宙を横回転して十体のリザードマンの首をピンポイントで刎ねていく。

 ドラコが着地した時には、全てが終わっていた。先ほどまでユースのいた岩肌は鮮血にまみれ、辺りには首と胴体が切り離されたリザードマンたちが転がっている。

「にー、しー、ろー、はー……まずは十体かぁ?」

 指差し確認で淡々と討伐数を数えるスラッシュ。ドラコも特にコメントするわけでもなく、鉤ヅメに着いた血を拭きとりながらおもむろに歩き始めた。

「す、すごい……今の手際もそうだけど、十体のリザードマン討伐をものともしないなんて」

 十秒も経っただろうか? 以前見た依頼書では、リザードマンは『中級』者推奨だったはずだ。彼らが『上級』だとはいえ、これほどまでの強さなのか。

 仮にユースが力を発揮したとしても、この数をこの速さで仕留めきることはできまい。多人数の連携あっての技だと言える。これが、『上級』。

「ごめんなさい、ユース。あなたのために一体生け捕りにできればよかったのだけど」

「い、いえ……皆のすごさを知れて感動したくらいですよ!」

「そ、そう……?」

「へっ、これくらいは屁でもねえな」

 ドラコの予想と反して、ユースは目をキラキラ輝かせていた。そんな彼の態度に、スラッシュは自慢げに鼻の下を擦った。一方のドラコはというと、つい赤みを帯びた頬を隠すようにして背を向け、更に歩を進めていた。

「二人ともかっこよかったですよぅ! でも、もう少しケガしてください! 私もユースくんにかっこつけたいので!」

「パナキア……いい加減しゃんとして」

「むぅ……そんなこと言って、ドラコだって顔赤くしてまんざらでもなさそうじゃないですか」

「ぐっ……! て、適当言わないで! 早く行く!」

 些細なことだとしても本心から謝罪したつもりだったのだが、逆に尊敬の視線を向けられるとなんとも調子が狂ってしまう。

 そんな気を紛らわすように、ドラコは先の戦いについて思考を巡らした。

「しかし、伏兵とは……。『中級』推奨の変異種でもないリザードマンたちにそんな頭脳があるとは思えない」

「……ああ。なーんかきな臭ぇな」

 リザードマンはモンスターの中でも知能が低い。本来であれば不意打ちを狙うことはしないし、それはある程度の経験がある冒険者たちの間では周知の事実だ。結果こそ傷一つない圧勝だったが、仮に『中級』が挑んでいれば悲惨な状態になった可能性も否めない。

「リザードマンを使役している魔物がいる……」

 そう考えるのが妥当だった。ドラコは気を引き締めるために小さく息を吐く。

 そんな警戒心を常に頭の片隅に持ちつつも、一行は特に問題もなくハイランド高地を踏破していった。

「これで三百体目……。だいぶ量が多くなってきたわね」

「おうおうドラコ、もう疲れちまったか? なんなら俺一人でやっちまってもいいんだぜ?」

「いや……私というより……」

 最前線で戦いながらもほぼ無傷でリザードマンの軍勢を蹴散らしていくドラコとスラッシュ。普通は彼らがもっとも体力的な負担を負ってしかるべきなのだが。

「はぁ……はぁ……す、すみません……僕……もう……」

「ちょちょちょ! ユースくん!」

 息切れしてついに頭から倒れ込もうとするユースを、パナキアが超反応によりすんでのところで抱えてくれた。

 彼女らに付いていくのも精いっぱいだというのに、ユースはその道中で能力の覚醒のためにリザードマンと何度か相手した。しかしいずれも結果は出ず、覚醒の条件どころか覚醒する予兆すらない。殺されそうになる寸前のところでドラコかスラッシュに救われ、実に不甲斐ないことを痛感している。

 ユースもできることならまだ挑戦し続けたい。けれど、精神に身体が付いてこないのではどうしようもない。

 そんな彼に苛立ちの表情を浮かべたのはスラッシュだ。

「ったく……もうギブかよ。 なぁ、このガキがホントに『上級』認定されたのか? これだからここらの冒険者協会は信用ならねえんだ。……素人を見殺しにしやがるような奴らだからな」

「私もそのやり方には不満だけれど、言ったでしょう? 彼の場合は特殊。パナキアが認めたのだから実力は本物よ。それにもう日も暮れそうだし、丁度いいわ」

 鉤ヅメを取り外して戦闘態勢を解き、ドラコはユースに顔を向ける。その表情こそ無機質なものだったが、目の奥には温かい感情が垣間見えた。

「ユース、無理しなくていい。今日は休みましょう。あっちにいい場所があったから、そこで」

 ドラコが大きな岩に囲まれた場所を指差し、全員を誘導。そのままそこで野宿することとなった。

「……野営の準備をしていたら、すっかり暗くなってしまったわね」

 漆黒の空に点々と煌めく星を見上げ、ドラコは何かを物思うように呟く。寝具の準備や食料調達は手慣れた手際で終えたのだが、問題は火だ。此処ハイランド高地では、ほとんど気が存在しない。火を起こすことは魔法でできても、くべる薪がなくてはいたずらに魔力を浪費するだけだ。それは最終手段としてとっておき、どうしても薪を調達したい。

 そんなわけで、体力の有り余っているスラッシュとドラコが薪を探しに繰り出し、後衛職のパナキアと過労したユースは岩場に居残ることになった。

「すみません。僕が役立たずなせいでパナキアさんまで残らせてしまって」

「いえいえ、気にしないでくださいよ。私達もう仲間じゃないですかっ」

 暗がりの中、先に寝袋に横たわっているユースは、自分の情けなさを未だに呪い続けていた。彼の青白い顔からそれを察し、パナキアは笑顔でいつも通り振る舞っている。

 それにしても、主力の戦闘員二人が不在の今接敵することになれば、かなりまずい状況なのではないだろうか。いくらパナキアが『上級』だといっても後衛職であることに変わりはない。

 最悪の状況を懸念していると、今日のパナキアの俊敏な動きを思い出す。彼女の後衛職とは思えない身体能力に、ユースは何度も救われた。

「もしかしてパナキアさんって、やろうと思えばアタッカーとかもできたりするんですか? スラッシュさんやドラコさんに劣らない位に軽快な動きでしたよ」

 パナキアは「でへへ~、そうですかぁ?」と頭を掻いて照れながらも、すぐに真剣な面持ちになる。

「でも、それも『身体強化魔法』のおかげですよ」

「『身体強化魔法』? そんなものまで……」

「はい。対象の身体能力を飛躍的に上昇させる優れものです。でもですねぇ、かけ慣れていない人に使ってしまうと脳が身体の動きに付いていけないみたいで、逆に弱くなっちゃうんです。これを使いこなすのだって、中々修練がいるんですからね! えっへん!」

「そ、そうなんですか……」

 多少なりとも身体能力が強化されればユースも力になれるかもと思ったが、どうやらそれも不可能らしい。ユースは傍らに座るパナキアに聞こえないくらいの小さなため息をこぼした。

「…………ああああッ!」

「うわわっ!? どうしました!?」

 不意に声を上げるユースにパナキアが肩を跳ねさせて動揺。

「そういえばこれ……火を灯せるんでした」

「それは……!」

 ユースが上体を起こして腰から鱗に似た持ち手のダガーを取り出すと、パナキアは口元に手を当てて更に驚きの表情を浮かべる。

「ドラコさんからもらった不思議なダガーです。これに念じれば火が点くはず…………あれ? おかしいな。点け! 燃えろ! …………?」

「点きませんね……」

 躍起になって手をかざすユースのみならず、そのダガーを覗き込むパナキアも首をかしげていた。

「……ユースくん、そのダガー、本当に火が点いたんですか?」

「は、はい。そのはずなんですけど、どういうわけか今は……」

「……そうですか。それじゃあまるで……」

「……?」

 パナキアはこのダガーの特異な性質を知らないのだろうか。いかにもそんな機能は初耳だという返答だ。それに疑念を持ちながらも、今のユースには眼前のダガーに火が点かないことに少しの苛立ちを覚えていた。

「僕はこんなことすら……!」

 少しして薪を抱えた二人が戻り、その場は何事もなく光源の確保に成功した。

ハイランド高地の頭痛が痛い感は異常。

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