第九話 思わぬ再会
「な、なにがどうなって僕とパナキアさんが一緒に……?」
「ユース様の強さが本物だとするのなら、考えうるのは、ユース様が『覚醒型の異能力』を持っているということです」
「『覚醒型』……?」
ユースの呈した疑問に対して、受付嬢は微笑んだ。
「はい。この世界には、魔法とも武術とも違う、特殊な異能力を持った方が一定数おられます。ユース様はそのうちの、『ある条件がトリガーとなって能力が発動する』という『覚醒型』という種類に分類されるかもしれないということです」
聞くだけで厄介な能力だというのは想像に難くない。そのある条件がなんなのかは、今の彼自身、見当もつかない。
「ま、そういうことですっ! ユースくんが『覚醒型』なのか、そうだとしたら何が発動条件なのか……協会側はそれを把握したいみたいなんですよ。それであれば、丁度人員を必要としていた『私達』といくつかの冒険をしていくのが良いかと思いましてっ!」
「そういうことですか…………って、口調戻ってません?」
「いやぁ……やっぱり私ってですますキャラの方が可愛いなって……」
「あっ、そーすか……」
てへぺろしてお茶目に頭を掻くパナキア。なんだか反応するのも億劫なので、ユースは適当にあしらうことにした。
「それともぉ、ユースくんは敬語じゃない方がぁ……好き?」
「よよよよ呼び方は変わらないんですね!?」
パナキアは耳元で吐息交じりにねっとりと誘惑するように溢すが、瞬時に距離を置くユースを残念そうに見た。
「ま、いーですよ。そんで、ユースくんはどうですか? 私達と一緒に来ませんか?」
パナキアはこほん、と気を取り直すように咳払いして、満面の笑みで手を差し伸べる。
自分の異能力の正体……。それがわかれば、紫竜攻略にも役立つかもしれない。もしもそれが叶うのであれば、〈オレ〉は。
「……わかりました。僕の方こそぜひ、一緒に行かせてください」
ユースはパナキアの手を取り、微笑みで返した。一方のパナキアは、握力こそさほど強くは無いが、それでも確かに彼の手に含まれた悪意に近い何かに違和感を覚えたのであった。
◇
宿屋一階の酒場は、夜も更けると依頼終わりの冒険者たちの憩いの場となっていた。この街に始めてきた時は十時ごろで、数席の空きがあったのは覚えているが、今は満席となっていた。今回はユースも酒場の客の一人で、丸テーブルを囲むようにして座っているわけである。
「早めに来ておいてよかったですね。お二人の分の席も取れましたし」
「二人……ですか。一体どんな方々なんですか? パナキアさんの仲間っていうのは」
最初はパナキアの向かいに座っていたユースだったが、いつの間にか距離を詰めて隣に座られていた。とはいっても、恐らくユースはパナキアに、異性として見られてはいないだろう。思春期の弟をおちょくる姉貴というような目をしてこちらを見てくる。
「そうですねぇ~。役職的にはタンクとアタッカーですね。一人は大きめの盾を守りにも攻撃にも使う暑苦しい男の人で、もう一人はクールで生意気な女の子だけど、みんなのまとめ役で最強! ってな第一印象でしたね、昔の私はっ」
仲間たちと最初に会った時の事を思い出しているのだろうか。参考までにといった感じで、色眼鏡の無い第一印象を説明してくれたようだ。
「それにしても、最近あの子がイメチェンしてきたのはびっくりしましたなぁ~。あんな美人さんだったなんて」
「イメチェンですか? 元々陰キャだったけどギャルになった的なアレですか?」
「う~~ん、そういう性格的なアレじゃないんですけど……とにかく可愛くなった的なアレですよぅ!」
ユースの『的なアレ』が気に入ったようで、パナキアは連呼しまくって冗談交じりに指を立てる。そんなこんなで雑談の合間に店員を呼びつけて、適当な料理を頼もうとした時だ。
木製の扉が軋む音に合わせて、鈴がチリリリン、と鳴った。一瞬、他の冒険者たちの目がそちらに注がれるが、すぐ興味を失って話を続ける。
「あっ! こっちですよぉ~~お二人さ~ん」
「パナキアさんってやっぱり敬語キャラなんだ……」
先程入店してきた二人に対し、大仰に手を振るパナキア。一方でユースはいやでも彼女の豊満な胸が揺れているのが目に入ってやり場に困っていた。
パナキアに呼ばれた二人は、彼女に言われるままユースの向かいの席に座り____
「あ」
「え……」
「なんだぁ……てめぇ?」
紫髪の少女と目が合い、一瞬の硬直。それを見て、もう一人の男が気性荒く反応した。ヤクザ顔負けのメンチの切り方をしてきていたが、そんなことが気にならぬほど、眼前の少女のことでユースの頭はいっぱいだった。
「君は、あの時の……」
ユースと同じく目を見張っていた少女は、ドラコだった。ゴブリンすらも討伐できない醜態を晒し、ネームドからも助けてもらった、あの時の彼女そのままだ。
「ユース……」
「僕の名前、覚えていてくれたんですね。ドラコさん」
ユースはドラコに名を名乗っただろうか、と思ったが、彼女が知っているのならそういうことなのだろう。特に気にもせずに返答した。
「どうしてあなたが……」
「あれ? あれれれ? もしかしてお二方、お知り合いでした? だったら話は……」
向かい合うユースとドラコの顔をせわしなく交互に首を振るパナキアは、「説明の手間が省けた」とばかりに明るい表情で背もたれに背中を預ける。しかし、ドラコがパナキアに手のひらを向けてそれを制止した。
「そうじゃない。ちょっとダンジョンで顔を合わせたってだけ。彼とはそれほど仲のいい間柄ではないわ」
「……おっと、そうでしたか。では、改めて説明せねばなりませんね」
面倒くさそうな表情を作って、パナキアはため息を吐く。しかしすぐに気を取り直して、
「こちらにおわします可愛いおチビちゃんは、ドラコです。さっき話したアタッカーに当たりますね。私達のパーティーのリーダーです!」
「ぱちぱちぱち~」と口で拍手するパナキアに合わせて、ユースもつられて軽い拍手。
「そしてそして、あっちの仏頂面してるこわ~い筋肉バカさんは、スラッシュさんです。タンク役をしてくれます。名前の割に、剣じゃなくて盾で攻撃する変わり者!」
「ほっとけ!」
言いながら、パナキアは怒鳴るスラッシュを「どうどう~」と慣れた様子であしらう。
「最後に私! 何といっても私は、僧侶させれば右に出る者はいないと有名なくらいには僧侶なパナキアお姉さんですよ~! 顔も可愛くて回復魔法も多く取り揃えてる超優良物件です! ここで問題、そんな私になんで彼氏がいないんでしょうか……!」
「知らねぇよ……」
「また始まったわね……」
前半は意気揚々と自己PRを始めるパナキアだったが、後半になるに連れてめそめそと目を潤わせる。スラッシュとドラコの二人は慣れっこのようだが、初見のユースからしてみれば、異常なまでの情緒不安定っぷりにちょっと引いてしまった。
「もしかして答えってそれなのでは……?」
「えっ? 何か言いましたか、ユースくん! ……もしかしてユースくん、私と付き合いたいと!? いやぁ~……お気持ちは嬉しいですけど、あと三年……いや、二年は待ってください!」
「よく喋るなぁこの人!?」
「悪い、そいつはいつもそんな感じだ」
パナキアの奔放っぷりに、何故かスラッシュが謝る始末。この強面に自発的に謝らせるパナキアに一層恐れおののいてしまう。
「まぁ、この子もこんな感じだから……変にかしこまらなくてもいいわ。それより、これからについて話しましょう」
ドラコの言葉には敬語で話さなくてもいい、という言外の意味が込められていたが、当のユースにはそれは伝わらなかったようで、相変わらずかしこまった態度を止める様子は無い。
ドラコは全員の注文を聞き、それを要約して店員に手際よく注文する。その姿はさながら通いなれた常連のようである。
料理がやってきた頃、それなりに平静を取り戻したパナキアがユースのパーティー入りについての話を始めた。
「……何ィ? こいつが新入り……? おい、パナキア。冗談もほどほどにしやがれ。こんなヒョロガキがなんの戦力になるんだ」
「……っ」
しかし、食い気味に食って掛かって来たのはスラッシュだ。ユースは彼の言葉をただ噛み締めるしかない。ただの非力な少年が仲間になったところで、囮としてすら役立たないのは誰の目から見ても明白だ。
「そのくらいにしておけ。……君はどう思う? 私達はこれでも『上級』だ。ついてくることすらままならないかもしれない。もっとも、パナキアが認めるほどのポテンシャルを発揮できれば話は別だろうが」
「僕…………は……」
詰問というつもりは本人になく、寧ろユースを想ってのことだろうが、ドラコの放つ鋭い眼光が四人の間に張り詰めた雰囲気を醸し出す。
自分のやれることをしたい、と取り繕うことはできる。だが、そんな理由であれば「ならお前は冒険者以外のことをやれ」と、適材適所を理由にスラッシュあたりに反論されるのが関の山だ。
なにより、ユース自身がそう言い訳することに抵抗があった。
よって、これから『口走る』ことはユースの本音に他ならない。
「僕は、なんだかわからないこの力を使って、どこまでやれるのか限界を試したい。仮にその過程で死ぬのなら本望だと、そう思って……!」
口が勝手に動き、潤滑油が注がれたかのようにずるずると本心を吐露していこうとしたその時。テーブルを蹴る鈍い音がして、料理の食器が高い音を立てて揺れた。
「スラッシュ」
「ちっ」
その張本人はスラッシュだ。視線こそユースに向けられているが、彼は刺すような声色でドラコに咎められ、舌打ちして顔を逸らした。
ユースは、自分の鼓動がバクバクとうるさいことに気が付く。
僕は今、何を言おうとしていた?
僕は必ず紫竜を仕留めて名声を手に入れ、世界を見返してやる。
そんな言葉が出かかっていた事実に、信じられなかった。
意図せずスラッシュの高圧的な態度に救われる形となり、パーティー入りの話は「一週間、ユースが他三人に順応できる実力を見出せなければ脱退」という形にまとまり、早速明日からドラコたちのパーティーで冒険をすることになったのだった。