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短編小説

十七歳の主張

 例えば僕がゲームのキャラクターであったり、映画の中のキャラクター、はたまた誰かが作り出した人工知能の一種だとしても、それは関係ない。僕は僕であり、これを書いている僕には一つの内面があり、生があり、存在している。僕が存在している事が僕以外の人間にとっては単なる幻影に過ぎないとしても、僕にとってそれは確固たる事実であり、それだけで僕には十分なのだ。


 僕は僕が生きているという事実を世界に向かって主張したい。もし世界が、単に僕の視界に映った靄に過ぎないというのなら、靄の向こうの誰かに向かって訴えたい。僕は生きている。存在している。ここに一人の人間として、生きている。僕はそれを堂々と言うし、ネットにたくさんいる、多数者に囲まれて、自分を神と勘違いしている偶像タレントとか、あるいはその反対に、自分が何者でもないからといって卑屈になって、うじうじして、(自分は何者でもないけど…)なんていうエクスキューズをつけながら、ぼそぼそと何かを語る人達、そういう人達とも違って、僕は僕が一個の生である事をこの世界に向かって主張したい。


 僕は卑屈にならないし、尊大にもならない。この世界は、古代ローマに似ていて、一方では世界帝国、もう片方では原子論的個人という二択しか取る事ができない。無数の視線が合成されてできた人工人形、つまり僕たちがタレントと呼んでいる人達、そういう空虚な輝かしき存在か、それとも無数の人々の闇に没して、何者でもない自分を恥じざるを得ない、単なる個人。そういう二択を僕達は強いられている。


 無か有か。ゼロか無限か。これが僕達が強いられている二択なのだが、このいずれからも立派な文化は創造されなかった。古代ローマは文化的には突出していなかった。代わりに作られたのは、コロッセオのような建築物、あるいは水道や街路などだ。つまりは彼らはとことん物質的な存在であり、偉大な精神的建築物を作った古代ギリシャに比べれば遥かに劣る存在だ。


 今のこの社会は古代ローマにそっくりで、多分、この社会が終われば(とっとと終わって欲しいが)、馬鹿みたいな高層ビルとか、だだっ広い地下の広場とか、そういうものだけが後に残るだろう。未来の歴史家は言うだろう。「この時代の人達は、物質的なものを全てだと考え、自分達の刹那的な欲望を全てだと考えて生きた。彼らは偉大なものとは無縁でただひたすら自分達の刹那的な生を肯定し、そうして滅亡していった。彼らの作り上げた全ての価値は彼らの死と共に滅した。なぜなら彼らはそれ以上の素晴らしいものを生み出す事を、考えもしなかったからだ」


 さて、こんな風に文化の墓場に生きている僕らが、この世界の流行に沿ってどういう方向に行くのか。それは前述した二択だ。つまり、原子論的個人か、全てである、有名人や人気者に憧れる事。そのどちらかしかない。金や地位というのも、視線を集める事と似たような事態だ。この社会は何も生み出しはしない。ただ自分達を中心にぐるぐると自転しているだけで同じところをただ回っているだけだ。それ自体は移動しない。僕らはそんな、屍のような世界で生きる事を余儀なくされている。


 …僕は昔の私小説作家が羨ましい。彼らは自分の生活を、価値あるものだと感じていた。それがどんなに破廉恥なものでも、そこになにがしかの意味を感じていた。例えば、女と酒、というような事。そういう恥ずかしい私事もまた、どこか天道に繋がる道だと作家らには感じられていた。どうしてだろうか、どうしてそんな事になったのだろうか。多分、彼らは自分達の醜さを赤裸々に描き出す事が、この世界において何かを表現するものの義務だと考えていたのだろう。


 例えば、アメリカではブコウスキーなんていう作家が、それにあたる。ブコウスキーは自らを醜く描き出す。俯瞰的に自分を描く。それは、彼には、そういう醜い自分を訴えるその先、そういうものを描いて見せる、そういう誰か、ようするに視聴者とか読者の存在が感じられていたからだろう。その視聴者とか読者は現実の読者とは違う、もう少し高いところにいる存在だったように思う。


 さて、ここまで来て、ようやく僕の言わんとする事が言える段まで来たと思う。つまり、僕はこんな世界においても、僕自身の生を、僕の人生、僕の存在を価値あるものとして描き出したいと思うのだ。…いや、別に作家のように描き出す事なんかしなくたっていい。別に、「書か」なくたっていい。ただ、自分の生に一つの実在性を感じて生きられる事ができれば、それ自体、立派な一つの小説だと言えるはずだ。歴史には書かれなかった無数の素晴らしい小説としての人生がたくさんあった事だろう。


 それらの人生は醜かったり、犯罪を犯したり、血が流れたりしたかもしれない。それらを美化するつもりは僕にはない。ただ、それでも、自らの中に一つの誇りを持って、信念を持って生きた人生であれば、それは一つの傑作と言っていいし、一つの実在であったはずだ。


 本来、僕らは、みんなそんな風に生きるべきはずだ。最近だと中村哲なんていう人が思い浮かぶ。彼はアフガニスタンでずっと慈善事業をして、その挙げ句、現地の過激派に殺されてしまった。だけど彼の人生には一本の芯が通っている。


 僕らに足りないのはこの芯だ。僕の人生は…なよなよしている。…いや、君は聞きたいのかもしれないね。僕の人生、経歴について。僕がいくつで、どんな人と出会い、どんな人生を送ってきたのかを。


 しかしね、それは、ただ隣人がどんなセックスをしているのかを覗き見るといった程度の、その程度の興味しか感じさせないものだ。そうなんだ、問題はここにある。


 僕は、この腐った世界においても、自らがきちんと…いや、別にきちんとしていなくても、自分の人生が一つの自立した存在であると、どこかの誰かに訴えたい。僕もまた生きている…虫けらが一つの生命を持って生きているように。


 だからこそ僕はこの文章の最初にその旨を記しておいたのだ。僕は生きている。僕は生きているのだ!…と。


 だけど、僕が自分を振り返るとそこに何が映るだろう。いや、僕だけじゃない。他人の人生を見て、そこに果たして「人生」と呼べるだけのものがあるだろうか? タレントか、一個人かの、二つに分解された僕らに、人生なんてものがあるだろうか?


 ロボットのように演じ続ける人気者。社会が与えてくれる消費物を食いつぶすだけの個人。幸福な連中は考えない連中で、「夏はバーベキュー」とか「デートはディズニーランド」とか、そういう事に何の疑問も抱かず、ただそれらをひたすらになぞるだけだ。そうしてそれらは、コロッセオで熱狂するローマ大衆と同じように虚しい。


 僕は自分で自分を振り返る。自分を? …ところが、自分というものは存在しない。ただぽつんと、ノートパソコンを開いてインターネットを見ている自分がいる。本を読み、くだらない文章を書いている僕がいる。学校に行き、やりたくない勉強をする僕。やりたくない仕事をする僕。友人に合わせて、恋人に合わせて、みんなと同じような動作をする僕。


 僕の人生はどこにある…? というか、僕はそもそも存在するのか…?


 ……さて、そんなわけで、この文章もトーンダウンせざるを得ない。僕は…存在しない。それでも僕は、自分の不在をいつか存在そのものに変化する魔術を探し求めている。錬金術みたいな頼りないものだけど、そういうものを欲している。そしてそういう何かに出会う事ができれば、僕という人間の人生も、一つの生として主張できるものになるだろう。一生見世物になっている、動物園の動物とか、いくら成長しても裁断されてパッケージ化されて、人間に食われてしまうブロイラーとか、そいつらの人生にも一つの意味を与えるのが可能であるように、僕の人生にも意味が与えられるだろう。


 僕はそんな一瞬を欲している。そんな光を、輝きを欲している。僕は僕が存在する瞬間を求めている。そういう事で、僕はこの文章を…このくだらない文章をここに書いたまま、残しておこうと思う。何の意味もない、青年の主張だしても。


 ところで最後にサービスで言うなら……僕は十七歳で、高校二年生だ。僕は学校で孤立していて、友達は一人いるが、そいつとも表面的なやり取りしかしていない。僕の現実的存在はそういうものだ。君は僕をいくつだと思っただろう? …いつか僕は…この文章を自分で笑える日が来ればいいと思っている。僕は、学校という小さな社会で抑圧されている。中退しようかとも思っている。僕に…未来はあるのだろうか。


 …はあ。とにかくも、この文章は書き捨てておく事にしようと思う。この文章はこれだけだ。それ以上のものはなにもない。果たして僕に人生はあるのだろうか。僕に存在が付与される日は来るのだろうか。全ては、全然わかっていない。それでも僕は…そういう瞬間を求めて生きていきたいと思っている。兎にも角にも、僕は生きている。そして、もし、養豚場の豚にも人生があり、存在があるというのであるのなら、現代の家畜にほかならないこの僕にもいつか、一人前の人生、存在が備わるはずだ。きっと、そうなるはずだし、そうならなければならないと、僕は思っている。それが今の僕の主張だ。現実に存在する、十七歳の、「なんでもない」人間の主張だ。





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