008. 決闘
◆ 次の日、サラが登校し下駄箱を開けると、中にはゴミが入っていた。中を確認すると、そこには大量のゴミが敷き詰められている。
(これはひどい)
サラは顔をしかめると、上履きを取り出し、袋にゴミを入れてカバンに入れた。
「サラ?」
隣に一緒にいたティナが不思議そうにこちらを向いた。
「あ、何でもありません」
サラは急いで靴を履き替えると、一緒に教室に向かった。二人は自分の席に着くと、ティナはサラの異変に気付いた。
「サラ、もしかして何かあった?」
「いえ、何もありません」
「嘘つかないで……。わたし、心配だよ」
ティナは不安げな表情でこちらを見ている。
「本当に何もないのですが……」
サラは困り果てた。犯人はわかってるのだからそいつらを締め上げてしまいたい。だが、それをティナに伝えるわけにもいかない。しかし、ティナに隠し事をするわけにもいかずに素直に話した。
「実は下駄箱にごみを入れられておりまして……」
「……酷い」
ティナは怒りに震えている。
「ティナ様、気にしないで下さい」
「……無理。だってサラは何も悪いことしていないんだよ」
「ありがとうございます。私は大丈夫ですよ」
「……わかった」
ティナは渋々納得してくれたようだ。
授業が始まると、サラは机の中から教科書を取り出す。すると、紙切れが落ちてきた。
「?」
サラが拾い上げると、そこには文字が書かれていた。
『放課後図書館裏のゴミ捨て場に来い』
サラはそのメモ用紙を破り取ると、ポケットの中にしまった。
(王族や貴族が通う学校も根本は国の腐った思考と一緒か……)
昼休み、サラはティナに黙って図書館の裏のゴミ捨て場に向かった。すると、そこには既に先客がいた。昨日の二人組だ。二人はニヤつきながらこちらに向かって歩いてくる。
「来たか」
「あなたたち……」
「いいからついて来い」
「嫌だと言ったら?」
「言うことを聞かないなら痛めつけてやるだけだ」
「……そう」
「何だ?怖気づいたのか?」
「いえ、別に」
「ふん、まあいい」
男は木刀をこちらに投げつけてくる。
「これで決闘しろ」
サラはそれを受け取ると、構えを取った。男二人は同時に木刀を持って襲い掛かってくる。
もはや、プライドの欠片もないようだ。サラは二人の攻撃を捌くと、二人の背後に回りこみ、一人の背中に手刀を打ち込んだ。
「ぐふぅ」
一人が地面に倒れ伏す。体勢を立て直し、私は魔法詠唱を始めた。
「我に仇なす者へ聖なる裁きを与えよ。風よ、剣に纏え」
サラは風の刃を男に向けて放った。男は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。もう一人の男は逃げようとしたが、すぐに追いつかれ、サラの一撃を受け倒れた。
「ふう」
サラは一息つく。すると、後ろから声をかけられた。
「サラ!」
振り返るとティナが立っていた。
「ティ、ティナ様!?どうしてここに……」
「ごめんなさい。わたし全部見てたの。それでサラの後を追いかけて……」
「そうですか……」
ティナは悲しげな表情を浮かべた。
「ティナ様、黙っていて申し訳ございませんでした。でも、心配をかけたくなくて……」
「うん、分かってる。サラは優しいからね。でも、魔法を使うのはやりすぎ」
「はい、申し訳ございません」
「おま……え、何者な……んだ」
男のひとりが目を覚ました。
「まだ意識があったんですね」
「うるせ……ぇ。俺を誰だと思っ……てるんだ」
「知りませんし、興味もありません」
「お前……には分からないだろうな。貴族の恐ろしさが……」
「貴族なんてみんな同じですよ。親の権力を引き継いで腐敗の温床となる。そんな人間に価値はありませんよ」
「ふざけやがって……」
「もう喋らない方がいいと思いますよ」
「お前だけは許さないぞ」
「それはこっちのセリフです」
「おい、誰かいるのか?」
騒ぎを聞きつけた教師がやってきた。
「ち、違うんです先生、こいつが……」
「言い訳するんじゃない。全員指導室まで来い」
「はぁ……面倒ですね」
サラ達は職員室に連れて行かれ、事情を説明すると、厳重注意を受けた。
「二度も同じことをするんじゃない。木刀を持ち出したのは問題だが、喧嘩両成敗だ。次やったら停学処分にするから覚悟しておくように」
「すみませんでした……」
「まったく、君たちは普段の成績は良いんだからもう少し落ち着くべきだ。いくら実力があっても、そのせいで周りが見えなくなっては意味がない。もっと広い視野を持つ必要がある」
長々と説教が行われて解放されたと思えばサラだけ残るようにと言われた。
「君は確か王様推薦の新入生だったね。少し話がある。着いてきてくれ」
「わかりました」
サラは教師について行くと、応接間のような場所に案内された。
「よく来てくれた。私は学園長を務めている。ミザリー・ハーメルンだ」
「それで何か御用でしょうか?」
「ああ、単刀直入に言おう。君はあの二人を倒したそうだね」
「はい、それが何か?」
「いや、大したことではないのだが、彼はこの学校の中でもトップクラスの実力者でな……。それをあっさり倒してしまうとは正直驚いた」
「そうですか」
貴族の学校の実力はあんなものなのかとサラは正直思っていた。
並みの冒険者でももっとマシな動きをするだろう。
「昔の話だが、君と同じように第一王女の陰口を叩く人間を片っ端から薙ぎ倒した人間がいてね。まあ、君のお兄さんなんだが。それ以来、この学校の人間は誰も彼に逆らわなくなった」
「兄さんをご存知なんですね」
「もちろんだとも。私の元教え子だからね。それにしても、やはり兄妹だね。そっくりだよ」
「そうですか」
「だが、あまり調子に乗らないことだ。力あるものはそれだけの責任を背負うことになる。そのことを忘れないように……」
「肝に銘じておきます」
「よろしい。話は以上だ」
「失礼します」
サラは部屋を出ると、教室に戻った。
「おかえりなさい、サラ」
「はい、ただいま戻りました」
「ねえ、大丈夫?」
「ええ、特に何もされませんでした」
「よかった……」
ティナはほっとした様子だ。
「さて、授業の準備をしましょうか」
「うん」
ティナは元気良く返事をした。その数秒後、クラスの扉を勢いよく開け、先ほどの男二人が入ってきた。二人はこちらを見ると、ニヤリと笑った。
「さっきはよくもやってくれたな」
二人はこちらに向かって歩いてくる。
「あなたたち、いい加減にして。わたしに何か言うのは構わないけど、サラにまで迷惑をかけないで!」
ティナが叫ぶ。しかし、二人は意にも介さずに近づいてきた。
「うるせえ、お前は引っ込んでろ」
「きゃあっ!」
男はティナを突き飛ばした。ティナは机を巻き込みながら倒れる。
「ティナ様!」
サラはティナを抱き起こした。
「サラ……、私は平気……」
サラは立ち上がると、男たちに向き合った。サラは魔法詠唱をし始める。
「我に仇なす者へ聖なる裁きを与えよ。風よ、捉えろ」
風魔法によって二人の動きを止める。あまり屋内では使いたくはなかったが仕方がない。
「くそ、動けねぇ……」
「ティナ様に手を出すなんて万死に値します。今すぐ謝りなさい」
「誰がそんな女なんかに頭を下げるもんか」
「……わかりました」
サラは風を止めた。すると、拘束されていた二人は床に倒れる。
「弱さは罪です。自分の身を守ることもできない弱者には人を蔑む資格もない」
「くそ、舐めやがって……。よし、決闘だ。今度こそ正式な手続きを踏んでお前に決闘を申し込む」
「受けて立ちます」
こうして、サラは再び揉め事に巻き込まれることになったのだった。
◆ この学校には闘技場という場所がある。ここは、貴族が戦闘訓練を行う場所であり、多くの生徒たちが利用する。普段は、授業で魔法の練習を行ったり、模擬戦を行ったりしている。
この世界における魔法の使用は、基本的には自己責任である。そのため、使用に関しては制限を設けていない。冒険者の世界での常識だ。
ただ、貴族は学園内での魔法の使用は禁止されているらしい。サラは初めて知った。だから、彼らは正式な手続き以外では魔法を使用することができない。
道理で魔法で反撃してこないと思ったら……。
「逃げずにちゃんと来たようだな」
サラは、昨日の男二人に連れられて闘技場の中央に立っていた。
「ええ、約束は守ります」
「ふん、随分と余裕だな。だが、すぐにそんな態度が取れなくなるぞ」
「それは楽しみです」
「ルールは簡単だ。どちらかが負けを認めるまで戦い続ける。武器は木製で殺傷能力はない。降参する場合は、相手より先に申し出ること」
「えぇ、それで構いません」
「俺はザック・アーベル、アーベル家の長男だ。俺を馬鹿にした罰を受けるといい」
「ザック様、頑張ってください」
もうひとりの取り巻き――、闘技場の観客席から応援している。名はエドワードというらしい。
「私はサラです。あなたたちのことは知りませんし、興味もありませんが」
「後悔させてやる」
試合開始の合図と同時に、サラは間合いを一瞬で詰める。サラは木刀を振るう。ザックはそれを木刀で受け止める。
サラの手に重い衝撃が走った。金属のようなそんな硬さに驚き振り抜く前に動作を本能的の止める。
「どうした?」
「(強化魔法……)」
「察しがついてるようだな。俺は強化魔法によって木刀の強度を上げているんだ。振り抜けば木刀は折れるぞ」
「そうですか」
サラは一度距離を取ると、再び距離を詰めた。今度は横薙ぎに振るう。
「無駄だ」
ザックは難なくそれを受け流す。サラは、ザックが避けた方向に身体を捻ると、回転斬りを放った。しかし、それも受け止められてしまう。
「おい、この程度か? 拍子抜けだぜ」
サラは、剣を引き戻すと、魔法詠唱を始めた。面倒だ、剣ごと吹き飛ばす。
「炎よ、燃え盛れ」
サラの手から業火が放たれ、爆発を起こした。地面から黒煙が立ち込める。
「お前、使えるのは風魔法だけじゃないのかよ」
ザックは慌てて後ろに飛び退く。
基本的に冒険者は得意な魔法を極める。そこから、応用して魔法を習得していく。習得できる魔法の数は生まれ持ったセンスとしか言いようがない。
サラは兄と同じで風魔法が得意だったが――、別に風魔法しか使えないわけじゃない。
「ちっ、小賢しい真似をしやがって」
「まだやりますか?」
「当たり前だ」
サラは再び構えを取った。
「私も手加減できそうにないので、怪我しても文句言わないでくださいね」
「言ってくれるじゃねえか」
ザックは、サラに向かって駆け出した。そして、上段からの一撃を放つ。
サラは風の魔法詠唱を始めていた。
「我に仇なす者へ聖なる裁きを与えよ。風よ、剣に纏え」
風を木刀にまとわせることで、斬撃によるダメージを増幅させる。
「甘いな」
ザックは、それを簡単に弾き返した。しかし、サラの狙いはこれだった。
「雷よ、我が敵を貫け」
サラは即座に魔法を切り替え、雷撃魔法を発動させた。電撃がザックを襲う。
「ぐあああっ!」
感電により、動きが鈍ったところでサラは追撃を仕掛けた。
「終わりにしましょう。風よ刃となって舞え」
サラは、木刀を横に一閃する。すると、不可視の風の刃がザックを襲った。
「くそぉ!」
ザックは必死に避ける。しかし、徐々に追い詰められていく。
「くそったれ!」
ザックは、サラの木刀を振り払った。その瞬間、サラはニヤリと笑みを浮かべる。
魔法より上位の攻撃がこの世界にはある。
「私の勝ちですね」
「何だと!?」
ザックは足元を見る。そこには、いつの間にか魔方陣が展開されていた。
魔法陣は魔法よりも威力の強い攻撃を生み出すものだ。貴族が知らないはずがないのだが……。
「これは……」
「風によって地面に刻まれた魔方陣です。あなたの負けです」
魔法陣に刻まれていたのは、オーガを吹き飛ばすほどのレベルの風を起こす大魔法だ。
その威力を知らないはずもない。
「こんなもの発動したら……」
「大丈夫ですよ。この闘技場は結界で覆われていますから」
「そういう問題じゃ……」
「さようなら、ザック」
サラは魔法を発動した。すると、凄まじい突風が闘技場全体を吹き荒れる。
「ああぁぁー!!」
ザックは悲鳴をあげながら闘技場の壁に思いっきり叩きつけられた。
「一応、魔法陣の出力は手加減はしたんですが……、生きてますか?」
サラは、倒れているザックに声をかける。すると、ゆっくりと起き上がった。
「こ……、降参する」
「もし、これが本当の剣だったらあなたは死んでいます。あなたたち貴族が下にみている冒険者は常にそういう環境で生きている。人を馬鹿にする前に自分を見つめなおした方がいい」
「……」
「わかったなら……、もう二度とティナ様に関わらないでください」
「わかった……。すまなかった」
こうして、サラはザックに勝利した。