006. 収穫祭
◆ その日の晩餐では、国王に呼び出されサラ達は同席することになった。
「ティナ、お前という奴は何度言ったら分かるんだ。魔物狩りなど、品性の欠片もない趣味を止めろとあれほど言っているだろう」
「そんなことない。王国にとっても魔物を討伐するのは良いことでしょ」
「口答えをするな。いい加減自分の立場というものを理解しろ」
「王族が戦わずして民が従うなんてわたしは思えないけどね。ギルド上層部も責任を他の支部に丸投げしようと必死だし、そんなのおかしいよ」
「全く、余計なことばかり言うんじゃない。お前の母親は立派な人だったというのに、どうしてこんな娘に育ってしまったのか……」
「お母さんは関係ないでしょ!」
「とにかくだ、今後魔物狩りに行くことは禁止する。分かったな?」
「嫌よ」
「ティナ!!」
「わたし、部屋に戻るから」
「待ちなさい!!」
ティナは席を立つと、そのまま広間を後にした。非常に気まずい。
サラはその場に取り残され、気まずい空気が流れる。
「申し訳ありません」
「気にしなくていい。ティナとの言い合いはいつものことだからな」
「はい……」
「それよりもだ、君が付き人になってくれて助かっているよ。あの子は昔からずっと自由奔放な子だったからな」
「私に務まるのか、悩んではいます」
「君のお兄さんも同じ様に悩んでいたよ」
「兄さんもですか……」
サラは驚きの声を上げる。
「ああ、ティナよりは酷くなかったが、第一王女であるレイナもお転婆な女の子だったからな。レイナの方が妻にそっくりだったよ」
「そうだったんですね」
「君はこの国が好きか?」
「いいえ」
サラは即答する。国王は驚くこともなくサラの瞳を覗き込む様にジッと見た。
「理由は聞くまでもないか……。ただ、これだけは覚えていて欲しい。君のお兄さんは、この国を最後まで守り切ったということを」
「はい……」
王都【ユグドラシル】は最強の龍である刻龍の住処であった。
数年の周期で目覚める化物と長年戦ってきた。その結果、国の冒険者は何人も殺された。兄さんは第一王女を守るために刻龍を倒すのではなく、封印することを選んだ。
封印の儀の途中、兄さんは亡くなり、第一王女も亡くなった。そこから先は何が起こったのか、どこにも記されておらず、誰も分からない。刻龍は姿を消している。
ただ、兄さんは間違いなく生きていない。
サラは王国が兄さんに何も手を貸さなかったことにずっと疑念を抱いている。
(この国は嫌いだ)
冒険者になってようやく分かった。この国は、人の善意を踏みにじって成り立っている。冒険者は生活のために魔物と戦っている。ただ、王族は冒険者のことを駒としてしか見ていない。
それが、サラにとっては不快でしかなかった。
「失礼します。そろそろ時間ですので」
メイドが声をかけると、国王は立ち上がった。
「そういえば、明日は王都でお祭りがあるそうだね」
「はい、毎年恒例の収穫祭ですね」
「せっかくの機会だ。ティナと二人で行ってきなさい」
「よろしいのですか?」
「もちろんだとも、ただしティナに単独行動をさせぬようお願いしたい」
「わかりました」
サラは頭を下げると、部屋を出た。
(祭りか……)
サラは幼い頃を思い出した。
兄と一緒に王都へよく行ったものだ。しかし、その記憶はどこか朧げで、思い出そうとすると胸の奥が締め付けられるように痛くなる。サラはその痛みから目を背けると、足早に自室へと戻った。
◆ 翌日、サラが王宮の中庭に出ると既にティナが待っていた。
「サラ、遅い!!」
ティナは頬を膨らませながらサラに近づく。
「すいません、少し支度に手間取りまして」
「別にいいけどさぁ、早く行こうよ」
「はい」
二人は街に向かって歩き始めた。大通りには多くの出店が立ち並び、多くの人で賑わっている。
「ティナ様、あまり離れないでくださいね」
「分かってるよ」
ティナはキョロキョロしながら歩いていた。すると、突然立ち止まり声を上げた。
「あ!見てみて!!あれ美味しそうじゃない?」
ティナの視線の先には串焼きを売っている屋台があった。店主の男は筋骨隆々で、頭にタオルを巻いている。
「いらっしゃい!一本どうだい?」
「じゃあ、二本ちょうだい」
「あいよ!」
ティナは代金を払うと、早速肉を齧り付く。一本ティナが渡してくれたのでサラも同じ様に肉に齧りついた。
「ん〜!おいひぃ〜」
ティナは幸せそうな顔を浮かべている。
「おじさん、これ何のお肉なの?凄くおいしいんだけど」
「これはホーンラビットだよ」
「へぇー、初めて食べるかも」
「嬢ちゃん、運がいいな。今日は上質な肉が手に入ったんだ。滅多に市場に出回らない高級品だよ」
「そうなんだ。運が良かったみたい」
ティナは嬉しそうな表情を浮かべると、再び食べ始める。サラはその様子を微笑みながら見ていた。
◆ その後、いくつかの露店を回り、気がつけば日も暮れ始めていた。
「もうこんな時間なんだね」
「はい」
「ねえ、最後に行きたい場所があるんだけど、いいかな?」
「構いませんよ」
二人は噴水広場に向かうことにした。そこには大きな木があり、昼間になると多くの人が集まる憩いの場所だ。
「ここはいつ来ても人がいっぱいだね」
「そうですね」
しばらく歩くと、人集りができていた。中を覗いてみると、誰かを囲うようにして皆一様に笑顔を見せている。
「なんだろう?」
二人は人混みの隙間から中心にいる人物を見た。そこに居たのは真っ白なドレスを着た少女だった。白色の髪が夕日に照らされ、美しく輝いていた。
「アリシアだ……」
ティナは小さな声で呟いた。
「アリシア様とお知り合いだったんですね」
「うん、わたしの数少ない友達だよ」
「綺麗な方ですね」
「そうだね……」
ティナは複雑な表情を浮かべている。
サラは何か声をかけようとしたが、何を言えばいいのか分からなかった。
やがて、演奏が始まり、人々は踊り始めた。収穫祭では恒例の行事である。ティナはじっとその光景を見つめていたが、サラの手を引くとその場を離れた。
「ティナ様?」
「ごめん、ちょっと疲れちゃったから部屋に戻ろう」
「分かりました」
二人は無言のまま自室に戻ると、ベッドに腰掛けた。
「楽しかったね」
「そうですね」
「来年もまた一緒に行けたらいいな」
「そうですね」
「……サラ?」
「ティナ様、一つお聞きしてもいいですか?」
「何?」
「ティナ様が魔物を狩る本当の理由を教えてください」
「それは……」
「私はこの国の為、民の為に戦うことを否定しているわけではありません。でも、兄さんは王国の為に戦い死にました。この国はそんな兄さんに何もしてくれませんでした」
「……」
「兄さんが命をかけて守ったものは何ですか?私にはそれが分からない……」
「わたしもね、この国が嫌いなんだよ」
「え?」
「この国はお父様と一部の貴族が決めたことしかしない。お母様が亡くなってからは、誰もお父様に意見するものはいなくなった。この国は根本的に腐ってしまってる。だから、わたしはこの国を変えたい。お姉様も同じように生きていた。王国を変えようと必死に戦っていたけど、結局何も変わらずに死んでしまった。だから、わたしが変えるの。そのためには力がいる。わたしが魔物を狩るのはそのための第一歩――、いつか、この国から刻龍を葬り去るために」
「刻龍を……?」
「刻龍は最強の魔物。復活すれば再び王都を全て焼き払う。それだけは絶対に防がないと。だからこそ、今のうちに刻龍を倒せるだけの魔力が必要なの」
ティナは真っ直ぐにサラの目を見て言った。サラはその瞳に宿した決意に圧倒された。サラはティナの思いの強さを知った。同時に自分の考えの甘さを痛感する。
(兄さん、私はあなたの妹です。兄さんの妹として恥じないように生きていきます)
サラは心の中で亡き兄に語りかけた。
そして、サラはティナに向かって口を開いた。
「私はティナ様についていきます」
「ありがとう」
ティナは笑みを浮かべた。その表情はどこか吹っ切れたようにスッキリとしたものだった。
◆ 夜が明け、朝を迎えた。二人は身支度を整えると、朝食をとるため食堂に向かった。すると、そこには既に国王の姿があった。
「おはようございます」
「二人とも、祭りはどうだったかね?」
「とても楽しめました」
「そうか、それはよかった」
サラはティナの方を見ると、ティナは小さく首を横に振った。どうやら、ティナは王様である父に対してまだ怒っている様だった。
「ところで、今日は君に話したいことがあるんだ」
「何でしょうか?」
「実は、君をティナの通う学園に編入させようと思うんだ」
「学園ですか?」
「そうだ。この国には王立の学園がある。ティナが学園にいて不在だと、手持ち無沙汰だろうからね。それに……」
「それに?」
「君のお兄さんも通っていた場所だ」
「……」
「どうかな?」
「お願い致します」
「では、決まりだな。手続きは既に済ませてあるから、明日から通ってくれ」
「分かりました」
こうして、サラはティナと同じ学校に転入することになった。