005. 魔物狩り
◆ 数日後、サラは王宮へと来ていた。門の前で立っていると、メイド服を着た女性がやって来た。
「サラ・ステラ様でしょうか?」
「はい、そうですが」
「国王陛下より案内するよう仰せつかっております。どうぞこちらへ」
「あ、はい」
サラは戸惑いながらも、女性の後をついていく。通されたのは応接間だった。中には一人の男性が座っていた。サラはその人物を知っている。
「初めまして、サラ・ステラ殿。私はアルフォード家当主、ギルベルト・アルフォードだ」
「よろしくお願い致します」
サラは頭を下げる。
「君の噂は耳にしているよ。元Aランク冒険者であり、パラディン任命を拒否しているとは実に興味深い」
「……」
「まあいいか。早速だが本題に入ろう。今回、依頼したいのは我が馬鹿娘、ティナの監視任務だ」
「監視……、ですか」
「ああそうだ。ティナには困ったものでね。魔物狩りなんていう王女として品性のかけらもない趣味を持っている。このままでは王家の恥になる」
「私は何をすればよろしいのでしょうか?」
「ティナの付き人になってほしい。あのアホ娘は付き人をつけるなら女の人で私よりも強い人じゃなきゃ嫌だと駄々こねてな。全く、一体誰に似たんだか……」
「それで、私は具体的に何をしたらいいんでしょうか?」
「それはもう好きにしてもらって構わない。寝食をともにし、訓練や勉強にも同席してくれれば別に何も言うことはない」
「了解しました」
「それと、もう一つ頼みがあるのだがいいかね?」
「何でしょうか?」
「もし、ティナが危ないことに首を突っ込もうとしたら全力で阻止して欲しい」
「分かりました」
「ありがとう。これで話は終わりだ。これからよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
サラはアルフォード家を後にすると、王都の街を歩いていた。
(兄さんと結局同じになってしまいましたね)
そんなことを考えているうちに、目的地に到着した。そこは高級宿であった。受付で手続きを行うと、部屋に向かう。扉を開けると、そこにはベッドの上で横になっている金髪の少女がいた。
「んー、あと五分……」
少女は寝返りを打つと、再び眠りについた。サラは困惑していた。
(とりあえず起こさないと)
サラは少女に近づくと肩を揺する。
「起きてください。朝ですよ」
「うぅ〜……。まだ眠いぃ〜」
「ティナ様、もうお昼ですよ?早く支度しないと間に合いません」
「むにゃ……。分かったぁ……。起きるからもう少し待ってぇ……」
「はい」
サラは返事をすると、椅子に座って待つ。しばらくすると、ようやく準備が終わったのか、目を擦りながらティナは現れた。
「なぜ王宮の自室で過ごさないのですか?」
サラは呆れた表情で言う。
「だって、お城の中ってなんか堅苦しくて息苦しいんだもん。それに、一人だし」
サラはティナを連れて外へ出た。向かった先は、王宮の近くにある広場だった。ティナはこちらを見ながらベンチに腰掛ける。
「ここがわたしのお気に入りの場所。休日はここで本を読みながら過ごすのが好きなんだよね」
ティナは嬉々として話す。
「そういえば、付き人の件引き受けてくれてありがとう。本当は断られると思ってたんだけど、どうして引き受けてくれたの?」
「正直、最初はあまり乗り気ではなかったんですけど、逃げてばかりの自分を改めて見つめ直した結果、やっぱり自分を変えるには新たな一歩を踏み出す必要があると思ったんです」
「そっか。でも、サラはそのままでいいと思うけどな」
「えっ!?」
サラは驚く。
「サラさんは強いよ。それに優しい。わたしもサラみたいに強くて優しくなりたいな」
「私が、強いですか?」
「うん!サラは強いよ!」
「私が強い……」
「わたしが付き人はサラが良いって指名したんだ。サラならきっと私のことを楽しませてくれるし、守ってくれるって思ったの」
「私はそんなに大層なものではありませんよ」
サラが苦笑いしながら言うと、ティナは首を振る。
「そんなことはないよ。サラは自分のことを低く評価しすぎだよ」
「ありがとうございます」
「それじゃあさ、そろそろ戻ろうか。今日も魔物狩りに行きたいんだよね」
「お父様に叱られますよ?」
「大丈夫。バレないようにこっそり抜け出せば問題ないから」
◆ 数日後、サラはティナの勢いに負け、魔物狩りに来ていた。場所は森の奥地であり、サラ達は低ランクの魔物を探し求めていた。
「サラ、あそこらへんにだと思う」
「なんで分かるんですか?」
「昔からさ、魔物がいる場所がだいたい分かるんだよね」
ティナが指差す方向を見ると、ゴブリンが群れをなしていた。言った通り、ゴブリンは数匹の群れを作って森を彷徨っていた。
「よし、行っちゃうよ」
ティナは走り出そうとするが、サラは止める。いくらティナが強いとはいえ戦闘させるわけにはいかないと思った。彼女が欲しいのは魔石である。
「ちょっと待ってください」
「どうしたの?」
「戦うなら魔法攻撃でお願いします」
「えー、剣振り回して倒した方が……」
「御召し物が汚れますし、そうしたらお父様にバレますよ?」
「うん、分かった」
ティナは渋々と引き下がる。その隙に――、サラは風の魔法詠唱を始める。
「風よ、敵を撃て」
サラの放った魔法は一直線に進み、魔物の集団に命中しする。
「ギャッ!!」
魔物の悲鳴とともに、地面に倒れ伏す。ティナ様も続く様に水の魔法詠唱を始める。
「水よ、槍となり貫け」
ティナの手から放たれたのは無数の水の針だった。その一つ一つが魔物を貫き、絶命させる。サラはその光景を見て唖然とした。
「さすがですね」
「まあまあかな。もっと強い敵と戦いたいな」
「それは許可できません」
「ケチ」
ティナは唇を尖らせて不服そうに呟く。魔法をみて唖然としたのは人生で二度目である。一度目は兄さんの魔法を初めて見た時だ。
「サラさん、何か来る」
ティナが警戒を促すと、茂みの中からオーガが現れた。
「グオオオオッ!!!」
「これは……」
サラはすぐに剣を取った。目の前にいるのはCランクの魔物である。
「下がっていてください」
「ううん、一緒に戦おう」
ティナは腰に差したレイピアを抜き取ると構えた。近距離での戦闘はオーガの得意分野だ。近づくのは危険だ。
サラは遠距離からの魔法攻撃で隙を作り、怯んだ隙に魔剣でオーガの首を狙うことに決めた。
「グルル……」
オーガは二人を睨むと、雄叫びを上げた。すると、周囲の木々から他のオーガ達が姿を現した。全部で六体だ。
「囲まれた……」
「ティナ様、私が五体を受け持ちます。残りの正面一体は任せてもいいですか?」
「分かった」
ティナはレイピアを構える。サラは風の魔法詠唱を始めた。
「風よ、刃となり切り裂け」
サラの手元から竜巻が巻き起こると、五体のオーガの腕を切断する。
「グオオォ……」
腕を失ったオーガは苦痛の声を上げる。森の中に逃げ込もうとするオーガの群れをサラは風の魔法で拘束して接近する。
「これで終わりです」
サラは風を纏いながらオーガの首を立て続けに切り落とす。魔物は心臓を止めない限り、無尽蔵に襲い掛かってくる。どんな生物も心臓を止めれば死ぬ。
「風よ、我が手に集いて力となれ」
そして、風の力で加速させた一撃は、最後のオーガの心臓を正確に突き刺した。
「ふぅ……」
サラは息をつくと、ティナの方を見た。そこには驚くべき光景が広がっていた。
「はああああっ!!!」
ティナの身体から大量の魔力が溢れ出すと、レイピアが輝き始める。次の瞬間、凄まじい速さの連撃が繰り出され、瞬く間にオーガが呻き声をあげ倒れた。
「ふうっ、終わったね」
ティナは何事もなかったかのようにサラの元へ駆け寄ると、笑顔を向けた。
「この辺にもオーガが進出してきているとなると、少し危険かもしれませんね」
サラは冷静に分析する。オーガは群れを成して行動する特徴がある。
今回、サラが討伐した五体は上位種ではなく、通常の個体であった。しかし、それでも単体の力はCランクに相当する。上位種がいるならBランク相当が森に潜んでいてもおかしくはない。
この場所も昔は平和だったのに……。
「今日はこの辺りにして帰りましょう。ギルドにはオーガの目撃及び討伐報告をしておきますので」
「分かった」
二人は来た道を戻ることにした。
帰り道は魔物との遭遇を避け、王宮にたどり着くことができた。
門番の兵士は二人が無事戻ってきたことに、安堵した表情を浮かべる。メイドの案内により自室に戻ると、ティナは大きなため息をついた。
「疲れましたか?」
「うーん、大丈夫だよ。それよりお腹空いたなぁ」
ティナの言葉を聞き、サラは苦笑する。
「すぐに夕食の準備をしてきます」
「ありがとう!」