004. 護衛任命
◆ サラが王宮に到着すると、ティナは馬車から降りた。
「ティナ様、ありがとうございました。また、機会があればお会いしましょう」
「こちらこそ楽しかったよ。サラ、またね」
ティナは手を振ると、自分の部屋へと戻っていった。サラはティナを見送り、支部へ戻ることにしようとしたその時、背後から殺気が向けられた。
サラは素早く振り向くと、そこには先程倒したはずの黒装束の男が立っていた。
(一体どういうこと?)
サラは驚きながらも、すぐに攻撃できるように剣を構えた。
「ティナ様を狙ったのは何故だ」
「ティナ……、あぁ、あのお姫様か……」
「何が目的?」
「……」
男は黙り込む。
「答えなさい」
サラは叫ぶ。
「……彼女を、……殺すためだ」
サラは男がそう言い終わる前に剣を抜き男に向かって走り出す。
「風よ、刃となり切り裂け」
風の刃が男を襲う。風魔法の詠唱――、サラの得意魔法だった。
「ちっ……」
男は舌打ちをしながら、横に飛ぶ。風の刃が男の腕を切り落とす。
「ぐっ……」
男は苦痛の声を上げながら、サラに襲い掛かる。サラは後ろに飛び退くと、男との間合いを開ける。
(腕を切り落とされても平然としてる)
「はあっ!」
サラは剣を構えて、再び間合いを詰める。今度は下から切り上げる。しかし、その攻撃を難なくかわすと、サラの首元を狙ってナイフを突き立てる。
「くっ……」
サラは咄嵯に体を捻る。ナイフはサラの肩を掠める。サラはそのまま回転して足を払う。
「うおっ……」
男の態勢が崩れる。その隙を逃さず、サラは剣を横薙ぎにする。攻撃を受けようと思った男のナイフが弾け飛んだ。
「終わりです」
サラはそう呟くと、そのまま剣を振り抜いた。
「……」
だが、そこには何もなかった。男の姿も、先程のナイフさえも。サラの頬に汗が流れる。
「幻術……?」
サラは警戒を解くことなく周囲を見渡す。だが、どこにも人影はなかった。
◆ サラが去った後、そこに一人の男が立っていた。
「風魔法使い、そして、第二王女か面白い……」
男は地面に落ちているナイフを拾うと、それを眺める。そして、ニヤリと笑みを浮かべると、その場を立ち去っていった。
◆ サラが王宮を後にしてから数日後のこと。サラは依頼を終えたパーティの事後処理を行なっていた。事務処理ももう慣れたものだ。
「これで全部かな……」
サラは書類の確認を終える。
「サラさん、ちょっといいですか?」
受付嬢がサラを呼ぶ。
「はい、なんでしょうか?」
サラは首を傾げながら尋ねる。
「支部長が呼んでいますよ」
「分かりました。今から向かいます」
サラは荷物を持って、支部長室へと向かった。扉をノックする。
「失礼します」
サラは中に入る。中には、支部長の他にもう一人の人物がいた。
「サラさん、急に呼び出してすまなかったね」
「いえ、大丈夫ですよ」
「えっと、そちらの方は……?」
サラは恐る恐る尋ねる。
「こちらは今回の依頼主である、アルフォンス公爵家令嬢のアリシア様だ」
「初めまして、サラ・ステラです」
サラは深々と頭を下げる。
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」
アリシアが優しく微笑む。サラはその笑顔を見て、思わず見惚れてしまう。
「それで、私に何か御用でしょうか?」
サラは慌てて我に帰る。
「はい、実はサラさんにお願いがありまして」
「私でできることなら、何でも協力いたします」
サラは力強く答える。
「ありがとうございます。それでは本題に入りたいと思います」
「はい」
「サラさんにお願いしたいことは、この国の王女殿下の護衛です」
「護衛……、ですか?」
サラは困惑した表情で聞き返す。
「そうです。この国で最近不穏な動きがあるとの情報が入ってきています。そこで、サラさんの実力を見込んでお願いしたいのです」
「他にも優秀な冒険者はいるはずですが、なぜギルド支部にいる私なのでしょうか?」
サラは疑問を口にする。適任なら他にもいる。
というか、王族の護衛は王国騎士団の責務のはずなのだが……。
「それはあなたが一番適任だからです」
「私が……?」
サラは戸惑った表情を見せる。
「はい。サラさんはAランクの冒険者であり、王国騎士の称号を放棄していますね」
「そんなこともありましたね……」
サラは苦笑いしながら言う。
「サラさんのお兄様は、第一王女専属の騎士を務めていらっしゃいましたが、お亡くなりになったと聞いております」
「はい……」
サラは俯く。
「申し訳ありません……。辛いことを思い出させてしまって……」
「いえ、気にしないでください」
サラは顔を上げると、笑顔を見せた。「それで話を戻しますが、サラさんが適任というのは、そういうことも含めての判断です」とアリシアは言った。
「……」
サラは黙り込む。
「サラさんは、他の方々とは違い、どこか自分の意思を尊重されているように感じました。その意思は今の王国にとって必要不可欠なものだと私は思っています」
「……」
「それに、サラさんはお強い。サラさんがいれば心強く思います」
「……」
「どうか、引き受けていただけないでしょうか?」
「……分かりました。謹んで拝命致します」
サラは決意に満ちた瞳で言った。なぜか、自分の中で引き受けるという選択肢以外浮かんでこなかった。なぜだか、分からないけどティナの護衛なら引き受けてもいいと思ったのだ。
「ありがとうございます!」
「護衛の対象は第二王女ティナ様です。詳細はこちらの資料に記載されていますので、お暇な時に目を通しておいてください」
「承知しました」
サラは資料を受け取ると、部屋を後にした。
◆ サラが出て行った後、支部長はアリシアに向かって話しかける。
「よろしかったのですか?こんな話を聞いてしまって……」
「構いません。むしろ好都合です」
「どういうことでしょう?」
「おそらく、サラさんなら私の目的を果たしてくれるでしょうし。ただ当然、サラさんを引き抜いてしまったのでギルド支部としては痛いと思いますが……」
「そこは問題ありません。信頼できる部下に任せます」
「ご迷惑をお掛けしてすみません」
「いえいえ、とんでもありません」
二人は談笑を交わしながら、今後のギルドの在り方について話し合いを始めた。王国は刻一刻と魔物に支配されつつある現状からほとんどの王族が目を逸らしている。